オヤジ達の白球 (81)再登板のシナリオ
10分間の守備練習が終わる。
試合前の練習ではなによりも声を出し、士気をたかめることが大切だ。
しかし。今夜にかぎり、なぜか全員が面食らっている。
北海の熊の右手は、包帯につつまれている。
そのうえ消防との試合以来まったく姿をみせなかった坂上が、とつぜんあらわれた。
負傷した熊にかわって投げると云う。
俺の指定席だとばかりに熊が、ベンチの中央へどかりと腰をおろす。
顔をふせたままの坂上は、投球練習をしていない。
気のせいなのか。照明のせいなのか、坂上の顔はひきつり、青白い。
「居酒屋チームさん。守備についてください。
そろそろゲームをはじめましょう」
千佳の澄んだ声が、グランドから響いてくる。
「監督。守備はいつも通りでいきます。
それから。おまえらも見たとおり、エースの熊がこんな有様だ。
非常事態が発生した。だが救世主がやってきた。
いろいろ言いたいことはあるだろうが、いまさらつべこべ言うんじゃねぇ。
こんやの先発は坂上だ。
手を抜くな。いつものように勝ちに行く」
寅吉が全員に活を入れる。
「おう」とこたえて、メンバーが守備位置へ散っていく。
ミットを持った慎吾が「みんな待ってます。行きましょう坂上先輩」と立ち上がる。
おう・・・と答えて坂上が、のそりとベンチから立ち上がる。
試合前の投球練習は5球。
低く構えた慎吾のミットをめがけて、坂上の練習ボールが飛んでいく。
小気味の良い音をたてて、ミットの中へ坂上の白球が消えていく。
「坂上君は土曜日のたび、慎吾君のハウスへ顔を出していたそうです。
もちろん、解体作業を手伝うためです」
となりへ座った陽子が、祐介へささやく。
「土曜日のたびに慎吾のハウスへ顔をだしていた?。坂上が?。
いったい、どういうことだ。
おれたちに会わないよう、土曜日にボランティアをしていたというのか」
「そういうことらしいです。
ついでですがボランティアのあと、投球練習もしていたそうです」
「まったく聞いてないぞ慎吾から。坂上と投球練習をしていたという情報は。
熊おまえ。もしかして、そのことを知っていたのか!」
「監督。
たしかに俺は、チームの中でいちばんの悪党顔をしている。
疑われても仕方ねぇと思っているがみんなが思うほど、そこまで性格はわるくねぇ」
「あら。変ですねぇ。
熱心にピッチングのアドバイスをした人物がいると、慎吾君から聞きましたけど?」
「人が悪いなぁアネゴも。
たったいま、とぼけたばかりじゃねぇか。
それなのにおれたちの秘密を、ぜんぶ監督にばらしちまって、どうするんだ」
「おれたちの秘密?。
さてはおまえたちは3人そろって、今夜のシナリオを準備してきたのか!」
「しかたねぇだろう。監督。
グランドでの失敗は、グランドの中でしか取り返さねぇ。
俺は、敵前逃亡するような男は大嫌いだ。
だがよ。いくら嫌いな人間でも、リベンジのチャンスまで奪うのはルールに反する。
もういちどだけマウンドへ立てる場面を作るから、しっかり練習しておけと、
坂上に発破をかけた」
「熊おまえ。みんなに言っていたことと、やってることが正反対だ。
俺にもメンバーにも内緒で、慎吾とグルになり、坂上の復帰の準備をしてきたのか。
あきれた話だ。まったくもって・・・」
「誰かが助けてやらなきゃ坂上は、永遠に水面下へ沈んだままになる。
このチームには借りがある。
町のソフトボールから永久追放になりかけていた俺を、投手・ミスターXとして
復活させてくれた借りがある。
あれはほんとにありがたかった。
今度は俺がみんなに、借りを返す番だ。
いまの俺には時間がねぇ。
せいぜい、この程度のことしかできないけどな」
と熊が自分に言い聞かせるように、最後の部分をつぶやく。
(82)へつづく
10分間の守備練習が終わる。
試合前の練習ではなによりも声を出し、士気をたかめることが大切だ。
しかし。今夜にかぎり、なぜか全員が面食らっている。
北海の熊の右手は、包帯につつまれている。
そのうえ消防との試合以来まったく姿をみせなかった坂上が、とつぜんあらわれた。
負傷した熊にかわって投げると云う。
俺の指定席だとばかりに熊が、ベンチの中央へどかりと腰をおろす。
顔をふせたままの坂上は、投球練習をしていない。
気のせいなのか。照明のせいなのか、坂上の顔はひきつり、青白い。
「居酒屋チームさん。守備についてください。
そろそろゲームをはじめましょう」
千佳の澄んだ声が、グランドから響いてくる。
「監督。守備はいつも通りでいきます。
それから。おまえらも見たとおり、エースの熊がこんな有様だ。
非常事態が発生した。だが救世主がやってきた。
いろいろ言いたいことはあるだろうが、いまさらつべこべ言うんじゃねぇ。
こんやの先発は坂上だ。
手を抜くな。いつものように勝ちに行く」
寅吉が全員に活を入れる。
「おう」とこたえて、メンバーが守備位置へ散っていく。
ミットを持った慎吾が「みんな待ってます。行きましょう坂上先輩」と立ち上がる。
おう・・・と答えて坂上が、のそりとベンチから立ち上がる。
試合前の投球練習は5球。
低く構えた慎吾のミットをめがけて、坂上の練習ボールが飛んでいく。
小気味の良い音をたてて、ミットの中へ坂上の白球が消えていく。
「坂上君は土曜日のたび、慎吾君のハウスへ顔を出していたそうです。
もちろん、解体作業を手伝うためです」
となりへ座った陽子が、祐介へささやく。
「土曜日のたびに慎吾のハウスへ顔をだしていた?。坂上が?。
いったい、どういうことだ。
おれたちに会わないよう、土曜日にボランティアをしていたというのか」
「そういうことらしいです。
ついでですがボランティアのあと、投球練習もしていたそうです」
「まったく聞いてないぞ慎吾から。坂上と投球練習をしていたという情報は。
熊おまえ。もしかして、そのことを知っていたのか!」
「監督。
たしかに俺は、チームの中でいちばんの悪党顔をしている。
疑われても仕方ねぇと思っているがみんなが思うほど、そこまで性格はわるくねぇ」
「あら。変ですねぇ。
熱心にピッチングのアドバイスをした人物がいると、慎吾君から聞きましたけど?」
「人が悪いなぁアネゴも。
たったいま、とぼけたばかりじゃねぇか。
それなのにおれたちの秘密を、ぜんぶ監督にばらしちまって、どうするんだ」
「おれたちの秘密?。
さてはおまえたちは3人そろって、今夜のシナリオを準備してきたのか!」
「しかたねぇだろう。監督。
グランドでの失敗は、グランドの中でしか取り返さねぇ。
俺は、敵前逃亡するような男は大嫌いだ。
だがよ。いくら嫌いな人間でも、リベンジのチャンスまで奪うのはルールに反する。
もういちどだけマウンドへ立てる場面を作るから、しっかり練習しておけと、
坂上に発破をかけた」
「熊おまえ。みんなに言っていたことと、やってることが正反対だ。
俺にもメンバーにも内緒で、慎吾とグルになり、坂上の復帰の準備をしてきたのか。
あきれた話だ。まったくもって・・・」
「誰かが助けてやらなきゃ坂上は、永遠に水面下へ沈んだままになる。
このチームには借りがある。
町のソフトボールから永久追放になりかけていた俺を、投手・ミスターXとして
復活させてくれた借りがある。
あれはほんとにありがたかった。
今度は俺がみんなに、借りを返す番だ。
いまの俺には時間がねぇ。
せいぜい、この程度のことしかできないけどな」
と熊が自分に言い聞かせるように、最後の部分をつぶやく。
(82)へつづく