落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(45) 北へ行こう①

2019-10-21 17:25:34 | 現代小説
 北へふたり旅(45) 




 妻の夢は宿の浴衣を着て温泉街を、カラコロと2人で歩くこと。
妻の気持ちはよくわかる。
居酒屋で20年。
日帰りのドライブは有ったが、泊りの旅はいちどもない。


 「北へ行くか?」


 朝。とつぜんの提案に、妻の目がまるくなる。

 「北?。もしかして北海道?」

 「行きたいだろ君。泊りの旅に」

 6月は茄子収穫の真っ最中。
忙しさは、7月の後半までつづく。
旅を考えるどころか猛暑の中の作業に、毎日、悪戦苦闘している。


 「いいわですねぇ。あこがれの北海道」


 「8月後半に行こう。
 お盆休みは混むから、最後の週、2泊か3泊で」


 「飛行機は駄目。あたし、高い所は苦手ですから」


 「だいじょうぶ。北海道新幹線が函館まで走っている」


 「その先は?」


 「札幌までの特急がある。4時間ほどかかるらしいが」


 「いいわね。夢みたい」


 「夢じゃない。
 今日、仕事がおわったら旅行代理店へ行こう。
 旅の相談をするために」


 茄子は前年の11月から準備がはじまる。
11月。種苗会社から接ぎ木されたナス苗が運ばれてくる。
5センチほどのか細い苗だ。
折らないよう神経を使いながら、育成用ポットへ移植していく。


 人さし指でポットに穴をあける。
バレットから苗を取り出す。穴へ差し込み、周囲の土を根元へ寄せる。
この作業をくりかえし8000本の苗を、育苗ハウス内へならべていく。


 1ヶ月ほどでナス苗は、20㌢ほどの株に成長する。
一番花がふくらみはじめている。
1月の半ば。ナス苗をビニールハウスへ定植していく。
中腰での作業が続く。
この作業が、茄子に関わる仕事のなかでいちばんきつい。

 腰が悲鳴を上げる。太腿の裏、ハムストリングスはパンパンだ。
数日後ゴルフへ行ったが全身が筋肉痛で、自分のスイングがまったくできなかった。



 ここから茄子が実をつけるまで、さらに2ヶ月がかかる。
本格的に実をつけるのは、3月の初旬。
その間、茄子農家はまったくの無収入になる。
そのため。ホウレンソウやネギの冬野菜を、畑に準備しておく。 

 茄子はとにかく手間暇がかかる。
経費もかかるが、時間もかかる。
「お大尽が育てる野菜」と揶揄されるほどだ。


(46)へつづく