ささかのブログ

雑多な思考整理のためにブログを活用中。
自分が生きやすくなればいいと思うけれど、教祖になるつもりはない。

Formula 1

2020-10-04 13:31:47 | Office
私の伯父は、ホンダ初期F1でエンジニアとして世界中で参戦した。

私が学生時代の1990年代、池袋にあったトヨタのアムラックスで、モックアップF1エンジンのシリンダ内部を指先でなぞり、
「これは所詮モックアップだ」
と言ったシーンを鮮明に覚えている。

人の指先はミクロン単位の変化を認識できる。
シリンダ内を指先で触ってザラザラするようでは、モータースポーツで使われるエンジンとしては使えない。

一瞬でわかる現場現物現実原理原則の体現だった。


ホンダが第二期F1から撤退して、まだトヨタがF1参戦する前だった。

「なぜF1をやらなくなったのか?」
を訊くと、
「採算が合わないんだ」

予算だけではない。

本田宗一郎は開発をやりたかったが、株主から見ると、莫大な費用を投入する割に、直接の収益をもたらさない研究開発費は株主配当に直接つながらない無駄な投資と映る。

だったら生産能力を増やして販売収益を上げろと考えるのが、短期的経済優先主義者の考え方だから。

それに対して藤沢武夫は、利益の数%を研究開発費用とする完全独立の研究子会社を設立することを発案したとされている。

本田技研工業本社に対して図面を提供することによって、その対価を受け取るというシステム。

これには株主の追求を防ぐ以外に、研究開発は一切利益をもたらさない(生産活動を伴わない)ため、出費しか存在しない。

税制上でも損失しか存在しない点で有利だし、完全に財務を分割することにより株主追求を避けられる。


しかし、負の側面も存在する。


生産技術、営業各所からの要望は、すべて開発部隊に要求される。

生産を開始している製品の設計変更などは工場としてはたまらない。

しかし本田宗一郎はそれを行わなければ、商品の質も魅力も上がらないとしていた。

工場・営業と開発部隊の自主独立性を高めることも、本田技研を分割する大きなメリットでもあった。

しかしそれも本田宗一郎という、生産技術も行うオールマイティーがトップにいるうちは良かった。

現場を知らない、理論だけの人間をぶん殴るぐらいは当たり前だった。

安全がなければ生産できない。

製品や製造段階で人が死ねば、企業経営すら立ち行かなくなる。

それを実際に生きていく中で痛みとともに知っていたからこそ、現場現物現実を見ない独りよがりな開発を叱責し続けた。

しかし、それを体現する人がいない上に、地理的にも完全に生産現場から離れてしまい、時も流れる。

まさに現場を知らない独りよがりな製品開発や、管理職が跋扈する組織となってしまう。


今の八郷社長は、ブレーキ屋出身だ。

強大な出力を持ったエンジンはそれだけでは成立しない。

それをしっかりと地面に伝えて駆動するシャーシと、その運動エネルギーを熱に変えて止めるためのブレーキがなければ安全な車もバイクも成立しない。

止めるべきときに止めなければ、安全は確保できない。


モータースポーツは現場現物現実を原理原則でガッチリ固めた上で、世界一を目指す究極の五ゲン主義の場になる。

そこでの技術開発の結果が製品開発にフィードバックされ、そこで育成された人材が五ゲン主義を開発に伝える。

その時において世界一の技術は、数年後にはどこでも当たり前に使われるのが当然の技術となる。

しかし本来そのための人材が全く図面も書かず書けずに、口だけの仕事で良しとなっている。


そこに経営資源を投入するより、喫緊の課題である2050年までに全てのモビリティがエンジンレスになるための、世界的排出規制に対応する必要がある。

排気ガスゼロに向けた世界的法規制の発行は、既にそのロードマップが出来上がっているのだから。

ガソリンエンジンなど内燃機関の時代は終焉に向かっているし、そのための技術開発投資にはあまり意味がない。

先を見据えれば、電動化に舵を取るのが当然の成り行きであるとも言える。


じゃあ自転車にくっつけた補助駆動エンジンから始まったホンダってどうなるの?

それは全くわからないけれど、少なくとも私はそこに魅力を感じなかったために辞めた。

端的に言えば、やめる理由はたくさんあったけれど、残る理由がなかった。

私個人の考える目標と、会社としての目標も体制も思想も合わない。

当然の帰結ではある。
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