80歳に向けて・「新風来記」・・・今これから

風来居士、そのうち80歳、再出発です。

今さら、人生

2015年11月26日 07時14分47秒 | 考える
私の人生は、本当にこれで良かったのだろうか?

私はよく自分に問いかけることがある。 
しかし、考えてみると、この問いは、あまり意味がない。

過去を振り返って見せても、
過去が変わるはずもない。
 

そう、過ぎ去ったことは、今さら 取り返しがつかない。

だからと言って、一秒先の事でさえ、何一つ分からない。

私は本当は何をしたかったのか?
これからの人生、どう生きていけばいいのか? 

過去は、未来に連動してこそ意味を持つ。

私には妻がいない。

愛し合った女性も、残念ながらいない。
憧れた女性が、いなかったわけではないが、
ただ、それだけで終わってしまった。  

言い換えると、幸いなことに、不幸にした相手もいない・・・かな?
その代わり・・・と言うか、幸せにした妻も、女性もいない。


これって、幸せなことなのだろうか?
それとも・・・?

人は誰でも、自分の相手にとって、
常に良かれと思って行動する。
できれば、常に相手から感謝されたいと思っている。


しかし、自分の行動、行為に対して、相手が、何も言わなければ、
こちらは、何も理解することは出来ない。

これは、お互いの不幸だろう。 

確かに、他人の評価など、良かろうと悪かろうと、
それ自体で、何も変わることはない。

悪いところが良くなりはしないし、
良いものが悪くなることもない。

老人が少年になることはないし、
子供が親になる (入れ替わる) こともない。

もちろん、子供は、年を経て、親になり、
さらに老いて、老人となる。 
しかし、これは、全然別次元の話だ。

ふと、思う。

ニッチでもいい、専門家になる。
さらには、それを、武器にして、成長していく。

いちいち、つじつま合わせをしようと、
ジタバタする必要もない。

いずれ、どこかで、つじつまが合うか
でなければ、
それは、つじつまの合わない話 だということなのだろう。
 

私の中心におくべきもの。
それは、常に、私自身が自分の生き方を決める。

これだ!!

そう、他ならぬ自身の人生にあっては、
自分は、端役ではなく、
れっきとした「主人公」でなければならない。
 

気持ちだけでも・・・。
・・・などと、注釈をつけて、一息つく。
   ムム~~・・・!!  

 で・・・、

↓↓


みっともなく
死ぬかもしれないけれど、
その姿を見せることも、
後に残る者たちが考える一つの材料に
なるんじゃないでしょうか。
与えることのできない人などいないのです。 
   曽野綾子先生(作家)