Soopllofeiv の日常

管理人soop視点の奇妙な現状

soopllofeivの現状

2019-11-09 23:52:07 | Weblog
部屋は薄暗く紺色の薄いカーテンが掛かっている・・
キンモクセイとバニラの混じった香りがする
部屋のとても柔らかい皮のソファーに寝ていると
自分の体の中を頭から足の方へゆっくりと砂が流れている様な感覚になる
耳は聴こえづらくなり
とてもしずかなやすらぎと
うすい深夜の月を眺めるような幸せな気分が訪れる

       ブログを書く行為はプラモデルを組み立てるのに似ている

初めは小さくて簡単なものから始めた
すこし好評だったので
それよりは大きいものを作った
それを繰り返した
気晴らしで
大きなものは少し作ったが
それらはいびつで後から見たら
スカスカだった
でも修正せずその場に捨て置いた

本当に初めの方は違ったが
実は制作するのには重大な理由があった
ある大きなドラブルに対する啓発活動として
小さな僕の出来る唯一の手段だと思っていた
でもそれについてはあまり詰めて追及せず
モノを書く愉しさを忘れないように心がけて
続けていった

やはり時間は流れてゆく
僕が思っていた心配していた事や
実際起きてしまった事柄が
時間とともに風化してゆく
なんとか当初の大きなトラブルは
被害は出たが乗り切った

その後
いまは何故辞めずに続けて制作しているのか問われると
自分で目的ははっきりしているから書いていると
いえるが実際のところ目標はない

でも
今の僕は晴れ晴れしい気分でいる
そして家に帰ると
あの部屋にいるような感覚を
握りしめることができる
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ff11

2019-11-09 21:52:50 | Weblog

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イヌ

2019-11-09 20:25:11 | Weblog
僕は古代魚の飼育から始まって
様々な動植物を飼育してきた
そんな僕のところに
不思議な巡りあわせで犬がやってきた

名前:モック
犬種:アメリカンコッカースパニエル(ブラウン)
年齢:多分7さい
性別:オス

この子は沖縄の里親から京都にケージに入れられ送られてきた
里親は沖縄のペットショップ店主で
この子は
こどものときは店で出していたが
かるい股関節の異常があったのと時々かむ癖があり
仕方なく店のバックヤードで飼育していたそうだ

沖縄なのになぜ京都か?というのは
僕の知り合いが当時沖縄にはまっており
頻繁に沖縄を訪れていた
知り合いは何かの偶然でペットショップの店主と仲良くなり
その知り合いが「生き物ならなんでもこなす男がいる」
みたいなことを店主に言い
それで僕にこの子飼育の依頼が来たのだった

様々な生物と暮らしてきたが
僕は哺乳類は経験したことがなかった

シカシ当時の僕は管理している個体が少なく
植物では多肉植物が二鉢程度だったので
あえてチャレンジするつもりで
了承した

この子の値段は京都へ送る運送費込みで2万だった
そしてこの子は我が家にやってきた
紺色の手提げケージを開けてやると毛を全部バリカンでかられて
ひろひょろの大きなチワワが出てきた
店主「マルガリータですよw」
言っていた意味がこの時にわかった

まずは名前は
一応考えていたのでそれに・・
名前はモック
由来は昔モモという名前のムハンフトイモリの"モ"
それと子供のころ学校で卵採集して
飼育していたアヒルの"クック"
の名前を合わせて"モック"とした

モックは初め部屋の中をウロウロした
見ているとなにか自分のスペースをどれだけ広げられるか確認しているようだった
その後結局落ち着くのか送られてきたケージに戻った
僕はあらかじめ最低限必要なものをネットで調べ準備はしていた
その後の毎日は
うんち・おしっこの家での場所を教えたり
散歩させるとき無駄に走らないことを覚えさせたりを
あきらめずに繰り返し訓練し
なんとか最低限度の躾は覚えてくれた

しかしかむ癖は治らなかった
僕は2回噛まれた
中型犬なので噛まれるとかなりひどい怪我になり、
犬の持つ細菌からの感染症が危険なためすぐに病院に行かないといけない
かむ癖を直すにはそれ専門の施設に入れないといけないが
それにまわす分の資金は持ってなかった

モックの毛はすぐに伸び本来の"アメコ"の姿へと戻っていった
僕はぼさぼさで可愛そうなのでペットショップで散髪してもらった
僕「この雑誌みたいにしてください」
僕はペットショップで出されている生体をみて時間を待つ
そしてモックは帰ってきた
店員「どうです綺麗でしょう?まるでモップみたい!」

モックはまるで別の高級犬にみえる・・
僕はこれならショーに出せるのではと思ったし
コンナ綺麗な犬の飼い主なんだと自信がついた

モックは
モック自体はどんな犬かというと
歩いたり走ることが大好きな犬でいつも外に出たがった
あと物をかじるのが大好きでおやつの骨ガムは切らさなかった
あと全然僕のいうことはきかない
でもちょっとバカっぽくて鈍くさい
自分が愛することが出来る存在だった

モックとの生活は続く
仕事から帰れば必ず待っていてくれる
哺乳類特有のあの安らぎの感覚・・
これなら面倒がらずにもっと早く犬を飼っていればよかったかもしれない
そう感じていた

しかしその日はやってきた
僕は親友と口論になり、半ば喧嘩状態で帰宅する
その後コンビニに行き
度数の高い酒をしこたま買い込み
すごく飲んだ
モックは吠えていた
僕はイライラしてモックを抱え込み3階のベランダの外へ出して
また飲んだ
そして気が付けば次の日になっていた

僕は仕事に行く準備をして車に乗り込もうとした
その時 目の前にモックが倒れていた
動かそうとするが動かない
体は硬く固まっていた・・
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2019-11-09 19:38:30 | Weblog
古代中国の諺に
「衣食足りて礼節を識る」という言葉がある
人は何がともあれ食を満たさねば始まらないし空腹がみたされてこそ
衣服に気を遣うようになり、
それでようやく人は他者への気づかいなどを考える余裕ができるという意味だ

しかし現代では衣服・食事プラス住居が必要だろう
だが日本人はどうも「どうせ3千万くらいが限度だし」とか
「雨露がしのげる場所でいい」とか
「必要最低限の活動範囲で」というミニマムな風潮が
つい最近までの常識で住居への関心は諦めムードで低いままだったといえる

 とはいえ快適な住空間は自分はもちろん家族がいる人は家族の健康にも
そして精神面にも有効であるという考えが持たれているのは否めない
"礼節を知る"
ということは衣服・食事なおかつ住居に満たされた境遇に身を置くことで礼節を持ち
それが自分にも周囲の人達にも善い影響を与えることを知るといえるかもしれない
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acid

2019-11-09 16:28:11 | Weblog

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I want you to appraise

2019-11-09 15:44:39 | Weblog
上記の画像のモノは
実際に現在我が家で保管しているもので
数年前オークションサイトで偶然見つけて
なにか不思議な感じがしたので
落札した
出していた人(入札者)によると
18万円の価値があると載せていたが
多分当人はそれぐらい払って購入したのだろう
でも僕は確か¥18000位で手に入れたと思う

手に入れたソレはチベットで用いられる
天珠とよばれるものだった・・
基本天珠は縁起物のアクセサリーの類みたいなのだが
この天珠は特殊で全長21cmある
かなり規格外の大きさでとてもアクセサリには出来ない
来た時一緒に台座がついていたので
数年飾っていたが
この天珠に幾らの価値があるか調べてみたところ
天珠にはいろんな材質・色・文様があり
本物はかなりの高額で取引されていた
勿論本物よりも贋作のほうが多く存在しており
かなり鑑定が難しいので前の持ち主は手放したと思われた・・
そのうえこの天珠の文様は調べてみたが見当たらず
かなり僕的には混乱している
本物なら、かなりすごいものだと思う
でも贋作なら何百円かタダの存在
一応現在では正確に鑑定できる人に会えるまで保管している


概要
チベットに於いてはジーもしくはズィと発音し世界的にはジービーズとして通用する。中国を中心に東洋の一部地域ではジービーズとは直接的な繋がりのない造語である天珠と呼ばれることもあるが、現在のチベットと中国との関係を踏まえ、また植民地時代の地名が各国のオリジナルの地名に戻されている世界の時勢に習い、チベットで古来より呼ばれ続けてきたジーという名称がチベットの人々が築いた文化を尊重する上でも望ましい姿であると言えるだろう。
現状では起源は紀元前5世紀前後と推定され、出土品が現在のアフガニスタン北部からパキスタン北部に集中している。また、ジービーズ誕生以前から存在するナトロン等で加工されたエッチドカーネリアンはジービーズの技術的基礎を築く上で大きな影響を与え、さらに、欧州を含めユーラシアで広く護符等として流通したルックミはジーの思考の源になったともいえる要素を有していると言われる。
ジービーズには様々な文様が存在するが、この文様がどういう意味を成すのかは現在の考古学上明確な判断は全くできていない。つまり文様云々を誇張し、客観的根拠もなくその文様がそれぞれ意味を成すような発言は過剰であり、過去の歴史を事実と共に検証し、伝えていくことが何より重要である

産地
紀元前後から続くオリジナルのジービーズは西はアラビア半島から東はマレー半島にまで出土品が確認されており、当時ユーラシア大陸の広範囲に渡り流通していた護符であるといわれる。
よくチベットで誕生などと言われることが中国や日本など一部で言われているが現在の考古学では確固たる事実は認められず、古代チベットの文化水準やその他周辺地域の文化発展状況を鑑みれば、原状ではチベットでの生産は懐疑的と言わざるを得ず、ローマやエジプト等の古代ビーズの発生を参考にしてみてもやはり古代に生産された一部がチベットにも渡ったというのが定説である

見極め
台湾や中国の天珠製造メーカーが植え付けた価値観のひとつに、ジービーズへのアプローチがある。中国などの土産物屋でよく聞かれるのは「老天珠(ジービーズ)はもう手に入らない、もしくは非常に高額、またはコレクターが手放さない」などと言った文言である。
これは事実とは全く異なるわけだが、コピーを扱う業者にとっては最もあってほしくない手に入る本物の存在から眼を遠ざける為、商魂たくましい台湾、中国などの製造メーカーが半世紀をかけ浸透させた姿である。 また、先に述べたようにジーの文様に対し、過剰な意味や文句をつける業者はそもそもジービーズ、もしくは古代史を全く理解しておらず、そうしたことも見極めに於いて十分考慮すべき点であろう。 多くの天珠販売業者はチベットの人々が命を懸け守ってきた文化と歴史を自ら検証することなく、事実を捻じ曲げ、販売している点が多々見られる。 ジービーズがなぜチベットでのみ生き続けることができ、チベットでのみ伝承されてきたのか。それを知るには古から現在に至るまでのチベット文化そのものを見つめることが重要であり、チベット文化を知らずしてジービーズを語ることはできない。チベット文化を知らず、単なる石の延長線上でジービーズを見ている業者には注意が必要であろう。 大切な事は、古代から続くジーに対し、現在語られていることだけではなく、歴史的な検証をしっかりと示し客観的事実に基づき語ることである。大金が動くが故、現在、中国のみならずチベットにおいてもジーに対しては偽りが語られることも多く、それを鵜呑みにして販売している業者が多く、購入者は十分な注意が必要と言える。
本物の見極めに於いてはプロでも難解と言わざるを得ないほど、コピーが巧妙となってきており、 ブラッドスポットや風化紋の存在が認められれば良しという次元にはない。 こうしたことから現在では一部の専門家を除き、ほぼ見極めができていない状況と言わざるを得ない。
ちなみに、ジーには本物の中にも出土品と伝世品があり、1990年代まではその両者が区別なく流通していたが、現在ではその違いも語られるようになり、広く愛好家では浸透してきている。

 本物と偽物
本来、古物や美術品に於いて真贋の基準が異なることはあってはならず、各人もしくは機関により評価が異なるなどという事はあり得ない。1900年代中ごろ台湾でチベットに伝わるジーを模倣し制作がはじまり流通したことがきっかけとなり、こうした論争が起こることがある。
ちなみに瑪瑙であれば本物でガラスや樹脂、セラミックなら偽物などという文言が中国などを中心に見られるようだが、それはチベットのジーを模倣した天珠製造メーカーが半世紀をかけて浸透させた価値観であり根拠はない。
世界の研究者はどうみているかと言う点でいえば、 例えば多くの古代史研究をする学者が資料としても参考にする古代ビーズの専門書には古代からの本物に並び、19世紀のガラス製、20世紀後半の樹脂製、陶器製を並列して載せ、ガラス、樹脂、陶器のいずれも「コピー」との記載がある。 また別に、ここ数十年で大量に出回ってきた台湾、中国製の瑪瑙の天珠に対して、偽物と明確に記載もある。 さらにヨーロッパの博物館には同じくチベットで100年を経過した19世紀のガラス製を「イミテーション」、模造品・偽物として記載している
それを専門とした世界中の研究者が公に向けた発言から、本物と偽物の定義はそれに準ずるものとなる。しかしこうした事実を無視し、偽りの情報を流し続ける業者が後を絶たない。

                               wikipediaより抜粋
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