ウイーンのホテルはネット環境が不十分だったために、
プラハに入りやっと更新できる。
携帯をインターネットマシンにしたので、
携帯でブログを更新することができるが、
どうも、タイプが面倒だ。
慣れればいいんだと思うが、
そもそもそれをしようと思わないので、
これでいいんだと思う。
ソウル経由でウイーンに24日の夜に入り、
男7人旅が始まった。

翌日、学会場に向かい、
レジストレーションを行い、
リストを確認した。

日本からは「大塚製薬」の関係でかなりの参加者がいたようだ。
脳卒中関係の有名な医師も見ることができた。



無事に院生3名もポスターを掲示することができた。
大きな学会なので、参加した気がないかもしれないが、
今度は小さな学会に出して、
他のプレゼンを聞くことができればと思う。
巨大な学会はさながら見本市の様相で、
近さを感じず、
500名未満の参加者で構成するごく限られた視点での学会が良い。
WSOだけでなく、WCPTにもそれを感じる。

ウイーン市内の観光や、
ハプスブルク家の繁栄を感じることができた。
マリア・テレジアの銅像を見た後に、
突然ゲーテ像が現れてきた。




ハプスブルク王朝の離宮のシェーンブルン宮殿をめぐり、
シュニッツェルなどのオーストリア料理やグーヤッシュなどのハンガリー料理を堪能し、
帰りのウイーン発のチケットがとれなかったために、
9年前の学会以来のプラハに入ってきた。
その豪勢な建物に「プラハ」は変わっていないと思いつつ、
少しきれいさや繁栄を感じた。
通貨はまだユーロではないが、EU加盟によって、
昔の東欧のイメージはまったくなくなっていた。
プラハはまた明日にでも。