旧丸山変電所(国指定重要文化財)
信越本線横川駅からアプトの道を起点から約 2キロ歩くと旧丸山変電所です。
旧丸山変電所は明治45年に建設 2棟の建物からなり、右側の建物が蓄電池室、左側の建物が機械室です。 建物としては、工場建築に近い、同じ煉瓦造りで東京駅のような華やかさはないが・・・建物の正面の出入口・側面には控えめながら装飾が施され、落ち着いた格調の高い建築です。煉瓦造り建築の最盛期である事が、今に伝える残り少ない遺産です。
建物の機械室では、回転変流器と変圧器があり発電所から送られてきた交流電気を直流電流に変えて、蓄電池室内では、列車が上り勾配にかかる時に必要な電力を補う為に蓄電池 312個が並び蓄電池を機関車へ送電していました。
機械室の建物
機械室内・・・発電所から送られてきた交流電気を直流電流に
アプト式 軌道 中央部のラックレール
建物は蓄電池室です。
蓄電池室・・・列車が上り勾配にかかる時に必要な電力を補う為に蓄電池 312個が並び蓄電池を機関車へ送電していました。
充電中は、室内に水素と有害物の硫酸雲霧が大量発生する為、窓・引き戸など通風に適するように工夫されいます。
写真から
写真から
側面の装飾 イギリス式の煉瓦積み
丸山変電所は明治45年(1912年) 碓氷線 [碓氷線とは、信越本線の横川~軽井沢間の通称]を走る機関車の電化に伴い作られたものです。信越本線は日本の近代化を担う重要な鉄道です。碓氷線は日本で唯一アプト式で、日本一の急勾配で碓氷峠(66,7%)を超えていましたが、遅い速度・低い輸送力・トンネル内での煙などの問題に悩まされていました。これらの問題を解決する為に日本で最初に電化されました。丸山変電所の役割は、変電所から電気を機関車に供給する事でした。昭和 38年(1963年)新線開通に伴い丸山変電所はその役割を終えました。その後、丸山変電所は、日本の近代化に貢献した鉄道施設の様子をよく示すものとしての価値が認めれ、平成6年(1994年)12月27日に国の重要文化財に指定されました。平成14年(2002年)7月に修復工事か完了。
旧丸山変電所
所在地 群馬県安中市松井田町横川
交通アクセス
(1)横川駅から徒歩で30分(車乗り入れ不可)
(2)峠の湯から徒歩で20分(車乗り入れ不可)
(3)碓氷峠トロッコ列車 「とうげのゆ駅」からすぐ