星色のマドンナ

   スピリチュアル・神社。
   HP 『未来惑星○地球の風』も、どうぞよろしく💞

さよなら、サンちゃん。

2015-10-19 19:10:11 | 

18年共に暮らしたサンちゃんが猫の国に還りました。

人間の歳にすると100歳近いということです。

大好きなパパにナデナデされながら、ふう~といってしまった。

10月10日 昼の 0:44分。

私の好きな数字が並んでいます。最後の最後まで家族の自慢のサンちゃんでした!!めずらしく家族全員が揃っている日でしたから、お別れ会もして、夕方、お骨になって帰って来たのでお庭の桜の側に埋めました。いつもサンが日向ぼっこしていたお気に入りの場所です。

 

余談ながら、初めてサンに会ったチャネラーの友人が、あ!!宇宙猫だ!!と。猫は霊的な動物といわれますが、ウチュウ的ですね~。親バカですが・・・ 

 

さよなら、サンちゃん!! 一緒にいてくれて、ありがとう

 

 

7日が過ぎたので、昨日は明治神宮に参拝しました。

大磯の六所神社で告げられたテーマが終了した事もあって、ご挨拶に伺ったのです。

参道をゆっくり歩いていると、巨木の根本がふわーっと光っている様に見えたのです。

ほんとに小さな、小さな妖精ちゃんでした!! あいさつをすると、ぴょ~んと飛んで、肩に乗ったのですよ~~

本殿に近づくと、風に乗って杜に飛んで行った。全身が半透明で、なんかモジャモジャした草色の糸くずのようなもので覆われて、、、かわいい。トンボの羽根のようなのがチラッと見え気がするのですが・・・

もしかしたら、ノームという存在かもしれません。

 

外国の観光客も多く、また結婚式等で華やいだ明治神宮で、昨日はもう一つ不思議な体験をしました。

賑わっている参道から音が消えたのです。かげろうのように人が動いている姿は見えていましたが・・・

空間があきらかに膨張したようになり、あわい金色の光が広がっていたのです。人々の頭上に、手を伸ばせが届く高さに、異質の世界が重なっていた!!

その光の空間に動きがあるのですが、見えそうで見えない、、、周波数が違うのでしょうね。

 

・・・あの小さなノームが見せた世界だったのでしょうか

 

 


あるがままで。

2015-10-01 19:04:31 | スピリチュアル

昨夜ブログを書いていて、アイヌの長老様にお礼を言っていないと気づいた。早速瞑想して感謝を申し上げると、直ぐにお出で下さいました。

なんとも言えない居心地の良い、懐かしい空間でお会いしたのですが、途中でここはハートの中だとわかったのです。

いつものハートの聖なる空間とは違っていて、淡いサーモンピンクのやわらかい石のような正方形が重なった床を、サラサラと歩いて来られました。

言葉は無かったのですが、愛をいっぱい受け取りました。 子どものような、天真爛漫という言葉がぴったりな感じでした

お会いするだけで100冊分の本より多くの物を受け取っているのだと思います。けれども、まだスイッチの切り替えも下手なもので、、、、宿題がたまる一方ですね~~

 

 

さて、ひと言だけ聴こえて来た「無為」ですが、ああこれだと、ぴったりきたのが「老子」の教えでした。

 

NHKのテキスト 抜粋で拝借しました。

 

「道」と並んで重要な老子思想、「無為自然」。東京大学名誉教授の蜂屋邦夫(はちや・くにお)氏は、万物が「道」に順(したが)って生きていくのに基本となるスタンス(立ち位置、ありよう)が「無為自然」です、と解説する。

 

*  *  *

 

「無為自然」は、人間にとって「どう生きるべきか」の指標となるものです。

 

「自然」は「自(おの)ずから然(しか)り」、他からの影響を一切受けることなく、大昔からそれ自体がそのようであるさまを意味しています。「無為」はというと「なんら作為をしないこと」という意味になります。つまり「無為自然」は「なんら作為をせず、あるがままの状態」をいいます。

 

『老子』の中には、「無為」という言葉が頻繁に登場します。「無為」と「道」の関係を第三十七章で見てみましょう。

 

道(みち)は常(つね)に無為にして、而(しか)も為(な)さざる無し。

 

(道はいつでも何事も為さないでいて、しかもすべてのことを為している。)


 どうもありがとうございます。

いまいえるのは、いい歳でもあるし、あせらず、ゆっくり、心においていこうかと・・・

 

  

網走湖も美しいです!

北海道は森と湖の国ですね~。帯広の然別湖にも寄りたかったけれど、おそらく、ついでに寄る場所ではないのでしょうね。

湖好きの私にとって、然別湖、摩周湖は聖地中の聖地です