タカ長の山ときどきタカ見

「タカ長のタカの渡り観察」の別室です。八十路の坂を登りながら更新してゆくつもりです。

先生の教え

2023-05-14 08:31:21 | 日々雑感
「大所高所に立ってものを考えよ」

小学校の同級生のお父さんで、母校の校長をされたこともある先生から何度も言われた言葉です。母校でその先生から直接指導を受ける機会はありませんでしたが、先生と顔を会わせる機会がある度に言われていたその言葉はタカ長の杖言葉になっています。

    

いま問題のコロナ騒ぎを見ていると、大所高所からものを考えることの大切さを思います。どいつもこいつもアホばかり、と悪口を言っても仕方ないので、タカ長の考えていることの骨子だけ書いてみます。タカ長は医師ではありませんから間違いもあるはずですから、以下はタカ長の単なる独断です。

コロナに限りませんが、私たちの体はそれぞれの人が持っている「免疫系」と「治癒系」で守られています。

私たちの生活の場面で「医療」のお世話になることがありますが、それはあくまで脇役です。主役は「免疫系」であり「治癒系」です。

    

その大きな命のシステムから見ると、コロナ対策としてのマスク着用などは枝葉末節のことだとタカ長には思えるのです。それなのに世の中はご存知の通りの状況になっています。

「基礎疾患がある人はマスクをするように」と言うようなことを専門家が言います。しかし、タカ長の考えは違います。

「基礎疾患があるからマスクを外し、キレイな空気を腹いっぱい吸う」ことを考えます。マスクを着用して気分が爽快になる人がいるのかどうか知りませんが、タカ長にはマスク生活は不快です。不快なことをすれば自己免疫力は落ちます。

それより外に出て、キレイな空気を吸って、気分が爽快になることを考えます。

    

つまり、新型コロナに限りませんが、人は自己免疫力で病気と戦うのが基本と言うか、それしか武器がありません。医療はあくまで補助、医療が治してくれるわけではありません。

拙宅の向かいには外科医がお住まいです。その先生が「自己治癒力を目覚めさせる土肥メソッド」と言う本を出版されています。そこには次のような記述があります。

医師は、自分が「病気を治す・治した」と思い込み、それが表に出るような方もたまに見かけます。でも本来、医師は体調不良を訴える患者さんの検査や診断をし、病気とわかれば薬物療法や手術、あるいは放射線治療で対処し、必要なら心のケアも行って、患者さんの治癒の手助けをするのが仕事です。(中略)

そして令和になっても、治療後に、治癒させる(癒し治す)主役は、やはり患者さんご自身の自己治癒力なのです。医師は治療を行いますが、治癒させるのではありません。医師はそれを再確認することが大切ですし、患者さんもその点をしっかり自覚していただきたいのです。


    

藪患者ほど目先の数字に一喜一憂したり、医療を妄信したりするのでは、とタカ長には思えるのです。そのくせ自己治癒力を信用しない。

タカ長が指導された「大所高所」というのは、山にたとえたら富士山のような高い山ではありません。そこらにある里山、あるいは山頂に公園のあるような市街地の山、その程度の山でも、頂から見下ろせば見える風景が一変する。そのようなことを指導されていたのだと思います。

藪患者と言うのは藪医者と言う言葉から思いついたタカ長の造語です。

     

今日は裏山でタカの渡りを見るつもりでした。しかし、天気がハッキリしないのでお休みにしました。明日は予定があるので行けませんが、もう一度くらいは渡りを見に行くつもりです。

と言うことで、今日は10日に撮ったものを紹介します。よく見るとやっぱりピンボケ写真ですね。 

    

    

      


コメント
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