知人が亡くなった。末期の癌で余命一年と語っていたが、4か月で逝ってしまった。二十数年来の付き合いでした。出会いの始めの頃は、随分と偏見独断の強い人と思ってました。会話するにも主張がきつく辟易する場面もありましたが、交流は「なぜか」続いてました。
亡くなってからその「なぜか」がわかりました。彼は、自分にを表現するに素直だったんです。世の付き合いというものは、イロイロ利害があり、これを言っちゃマズイだろうとか、ここはお追従を言っとくべきだとかの忖度が知らず働いてしまいます。そんな屈託は彼には全くなかった。よくいわれることだが、宗教と政治のハナシはするな・・とかいわれますが、彼は政治についても何のわだかりもなく語ることがありました。そして互いに自分の意見をはっきり物申したり批判したりするような間柄になった。
亡くなる五日前の電話で・・・それが最後の会話となったんですが・・「なんでこうなっちゃたんだろうか?」と、うめきのような問いかけがありました。まさか数日後に逝ってしまうとは思っていなかったので「それは生まれてきたからだろう・・」と、青息吐息の彼に言い切ってしまったことが後味悪く残っている。しかし、今生の別れとなった言葉は「お念仏申しなさい」でした。信心はないといっていた彼に念仏を勧めました。縁つきちからなく亡くなっていく彼に、これが自分のできる最も良き言葉だったと思いたい。