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仏像鑑賞と札所巡りと受け売りの仏教を少し

築地本願寺、法話2014.4.4 お参りの意味

2014-04-04 23:12:08 | 仏教
今日は、法話をパスしようかと考えていた。

会社帰りに、とある所要を終えた。
雨はふっていなかったのに、そのとき、少し強めの雨。
雨宿りして雨が通り過ぎるのを待つという選択もあったが、
ふと、近くのバス停からバスに乗って、
法話に行こうと思った。
・・・
雨が降っていなかったら、今日は法話は聞いていなかった。
これも、ご縁というもの。




東京のほうの住職。

今さら聞けない・・・というお題。

善導大師は、経は教なり、また鏡なり。
(韻をふんで、ラップのようでもある。)

お経は、仏陀の教え。お経は、
その教えを写し出してくれる鏡のようなもの。

仏陀の第一弟子、阿南そんじゃを中心に、
仏陀の解釈・教えを、まとめ上げたもの、お経。
それは、議事録のようなもの。

仏陀が生まれた後、一週間ほどで母が亡くなった。
生まれたら死ぬ。出会った人とも別れる。
そんな運命。

仏教の意味は2つ。
1つ目は、仏陀の教えという意味。

2つ目の意味に入る前に、
少し関連話・・・。

ペットロスということばがある。
ペットを失うこと。

この住職のお寺では、ペットの葬式、
納骨にもかかわっている。
ペットの骨を自分の墓の中にいっしょにいれたい。
でも、後々、後の子孫が、何だこれと、いうことになる。

このお寺では、お墓の隣に、
ペットの納骨もできるようにしているとか。

ペットの葬式で、泣くのは男のほうらしい。

ペットと死に別れて、3年ほどたって、飼い主によって、
スタンスが変わってくるらしい。
もう死別のつらい思いをしたくないという人は、
もうペットを飼わない。
一方では、再びペットを飼いはじめる人もいる。

人間が死んだらどうなる?

仏教のもうひとつの意味。
それは、死んだら仏になるということ。

(少し話しがそれて、・・・)
私のお墓の前で泣かないでください。
そこに私はいません。という数年前にはやった歌。
この歌で、お墓参りが減ったとか(?)


3世代家族のある門徒さん。お寺の近くで、
よくお寺へお参りもしていた。
おばあちゃんの具合が悪く入院して、
おばあちゃんの姿が見えなくなった。
そんなとき、この門徒さんから連絡。
ああ、おばあちゃんがなくなったんだと思ったが、
実は、おばあちゃんの息子さんが
亡くなったということだった。

葬式の花いれのタイミングで、
病院から、おばあちゃんが付き添われてきた。
おばあちゃんは、息子さんに、話しかけた。
”あみださんにつかえて、私たちを見守ってね”

亡くなった人は、仏様になって浄土へ行き、
あみだ様とともに生きる。


お参りの意味について、
この住職は、師に聞いたことがあるという。

朝起きたときに、身だしなみを整えるために、
鏡をみるね。では、自分の心を整えるために、
どうする?
お参りによって、自分の心を整える。
お参りは、心の身だしなみを整える鏡




話の内容によっては、
眠くなってしまうのは当然だが、・・・。
この住職の話の抑揚がここちよかったし、
声のボリュームもやや大きめで、
今日はまったく、眠気を感じなかった。

今日は、この住職、この法話、
そして、雨に感謝したい。








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