道々の枝折

好奇心の趣くままに、見たこと・聞いたこと・思ったこと・為たこと、そして考えたこと・・・

謙遜文化

2023年06月12日 | 人文考察
日本の社会には、暗黙の裡に謙遜を強いる文化が潜在しているように思う。身分序列に喧しい社会を千年に亘って守り抜いてきた遺風だろうか?
世界に誇り得る言語文化と胸を張る人もいるが、私は若い時から、丁寧語・尊敬語は兎も角、謙譲語は本心から出たものでない、まわりくどく胡散臭い煩わしいものと感じて来た。自らを卑下して相対的に相手への尊敬を表す物言いは、どう考えても自発的なものとは思われず、不自然さを感じてしまうからだった。
「謙譲の美徳」などという言葉は日本だけで通用するもの。謙譲は徳でなく方便であって、国際的(欧米中心の)には到底理解されないものだろう。

人は生まれながらに謙遜ではない。もしかすると、人というものは増上慢に生まれついているもので、それが躾や教育を受け教養を積むことにより、高慢を抑えるように進歩するのではないか?

要するに謙遜文化は、謙遜する側の一般庶民から自発的に生まれたものでなく、階層社会の上層からの不断の厳しい強制(言語統制)があったが故に社会に定着したものと私は見ている。民衆の側から、あの煩わしい謙譲語が自発的に発生したとは到底考えられない。統治機構から厳しく教え込まれたものだろう。

人間が本来保有してもいない徳性を天賦のものと教え込み、身分序列の明認を常に上下に意識させるよう求める言語文化は、 並外れて権威主義的な統治機構が、統治を円滑にする意図の下に創り上げたものとしか思われない。

これがために、現代でも私たちは謙譲語を遣って発言しないと反感を買い反発を招くことが多い。日本社会の公の場では、謙って発言していれば、概ね歓迎される。少なくとも反感は招かない。
したがってスピーチの局面では、皆が謙譲語を競い、謙る擬態が幅を利かせている。大勢を前にした時には、権力者と雖も聴衆に謙遜を示さないと、好評を得られない。

数は力、無名の一般大衆でも数が多ければ力を持つ。為政者と雖もただの個人として民衆に対すれば数の上では劣位に在る。優位になれば、大衆は常の自分たちと同様相手に謙遜することを求めるだろう。権力者と雖もその情念には逆らえない。
国政や地方の選挙の時の候補者たちの弁舌を聴けば、それがどのようなものか,手にとるように分かる。
真率なメッセージと言うより、聴衆に阿るウケ狙いの話法が、選挙期間中に飛び交うのは、このような事情によるものと理解している。

敬語とは、社会における個人関係の優位と劣位を、当事者間で明確に意識するための機能を持つ。他の国々にも敬語は存在するだろうが、この国ほど敬語の語彙が豊富でその遣い方に煩い、つまり拘泥する国民はいないのではないか?

私は社会に出て初めて「僭越ながら」とか「僭越でございますが」と言う言葉を耳にして、その常套句の多用にどれほどウンザリさせられたかわからない。先ずそれを言わないと、スピーチが始まらないのである。定まり文句として無意識に遣っている人も多いだろう。
スピーチを指名されて一体何が、何処が、僭越なのか?発言者本人は本当に心からそう思っているのか?洵に意味不明の、いやらしい謙遜のポーズをとるフレーズだった。私は意識して成る可く遣わないことにしていたが・・・

また、私は老年になるまで「タメ口」という日本語を知らなかった。それを知って、若い年齢層の人たちが敬語に驚くほど神経質なことに愕いた。序列意識に神経質なのである。義務教育の初等教育過程(中学校)が、敬語墨守の牙城になっているのではないかと推察した。
ALTまで動員して英語教育を施している最中の中学の時に、敬語を厳格に教え込む矛盾が、タメ口を否定的に受け止める風潮を若い層にもたらしたのではないかと推測している。私の中高時代には、上級下級の生徒間で敬語はうるさくなかった。「戦後は終わった」と、まちかねていたように戦前人が声高に叫び出した東京オリンピック後に、日本は敬語にやかましい社会に回帰し始めたのではないか?旧弊回帰は社会の発展には寄与しない。

日本人は歴史的にいつの時代から、対人関係において、人を見上げるか見下すかの、どちらかを強く意識するようになったのだろう。他人を意識するのに、その人となりや才能でなく、単純に目上・目下に弁別することが先になる。その素早さ正確さは愕くばかりである。

日本人の事大主義的な性向は、柳田国男の指摘が正鵠を射ていると思う。
私たちの祖先が稲を携えて列島に到来するはるか以前の、アジア大陸の何処かで暮らしていた時代に身につけた「癖のようなもの」が、今日でも私たちの意思や行動を支配しているのかも知れない。
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