道々の枝折

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合理性の較差

2022年10月29日 | 人文考察
コストコの会員証の期限が過ぎていたので更新した。書類を書くとき、思いを新たにしたことがある。

日本法人だから当然日本語の申込書だが、書式は米国式、日付欄が日/月/年になっていた。
私たち日本の書式の文書日付はこれと逆の年/月/日である。単に文化の違いの瑣末なことと看過すべきではない。この日付認識の違いに、彼我の根本的な精神構造の相違、合理性の較差というものが歴然と顕れている。

私たちは日常の生活において、日単位で仕事や行事を進める。今日を起点として、時間感覚は月→年の順に遠くなる。近くから遠くへ、時間感覚にしたがって順に並べる日/月/年の日付表記は、極めて自然で合理的である。

これに対して、日付けに年を真っ先にもってくるのは、王の在位期間、紀年を念頭に置く意識が働いていて、時間感覚的に不自然で不合理である。何処から学んだのかというと、古代中国の紀年法の影響を受けた結果である。

先頭に元号を付した年号を置くのは、中国の歴代王朝の為政者の治世期重視の悪しき伝統で、強制の結果だろう。

この日付表記に顕れた合理性の違いは、凡ゆることに及んでいる。中国人の発想は、大昔から今日まで、どうしても合理性を欠いてしまうのである。
①白髪三千丈の誇大表現②面子を重んじる執着性③中華思想とそれに付随して四囲の民族を蛮族(北狄・東夷・南蛮・西戎)視する世界観など。
漢族の不合理性は古代から広く知られている。

アングロサクソン民族の不敗神話は、歴史的にゲルマン民族の中のアングル族・サクソン族(ノルマン系ゲルマン人を含む)が、合理性の上で他の同系部族または異民族に優っていたということを示唆している。

戦争というものは、合理性で優る側が最終的に勝利を収める。
ギリシャ・ローマ、スラブ、ペルシャ、トルコ、アラブ、モンゴルなどの有力民族を、合理性の上で遥かに凌駕していたから、個々の戦闘はともかく、究極的には戦争に勝ち続けたのである。その一方で、不合理に支配されていた大国は、歴史から次々と姿を消した。それが世界史の教訓である。

詰まるところ合理性の優劣は、戦略や戦術にも顕れるものである。日中戦争・太平洋戦争で、日本軍に欠けていたものも、ひと言で言えば合理性である。

その日本人と遺伝的に近く、永く師の立場にあった不合理性文化の本家本元たる中国の共産党政権の頭領が、欧米の世界支配に対抗すると大見得を切った。世界第二位の経済的優位と軍事力、ウクライナ侵攻でのロシアの凋落を目の当たりにして生まれた傲慢と自己尊大が言わせた言葉である。

そもそも一党独裁政権というものはは、政治的に合理性欠如の何よりの証明である。
中国が欧米と事を構えれば、かつての日本の轍を踏むことになるのは必至だろう。その場合の損失は日本の比ではないと思われる。

日本の敗戦も、当時の欧米人の合理性と日本人の不合理性との衝突の結果と考えるべきである。物量や科学的知識の欠如よりももっと本質的な思考構造の違いと認識して誤りではないのではないか。

その欠けていた合理性は今日彼らに追いついたか?ノーである。現在の日本の国力衰退の素因も、合理性の欠如にあった。
13年も不合理な為政をしていれば、どんな大国でも衰える。国政を委ねた私たちの問題として考えなければならない。何でそうなるの?合理性が欠けているから・・・と虚しい答えが返ってくる。自分自身の日常を省みると、万事においてそうなのだから、諦めるしかないのだろうか?せめて、その認識を忘れず自戒するしかない。

日本は、米英と何度戦おうと勝てないだろう。不合理性の総本家たる中国も勝てないだろう。
中国人は大言壮語しない方が賢明だ。世界は、大中国に欠けているものを、見抜いているのだから・・・
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