寒気のおかげで燻煙室内の温度は20度を下回り、理想的な冷燻温度を保つことができた。発煙室と燻煙室とを繋ぐ蛇腹状のアルミダクトは、煙の温度を予想以上に下げた。その日の夜5時間ほど燻煙し、翌日も10時間燻煙した。その間、燻製という食品加工法の成り立ちについて考えてみた。
燻製には、煙の温度によって、冷燻(15℃~20℃の煙で1日から数日)、温燻(30℃~80℃で3時間から6時間)、熱燻(40℃~90℃で30分)の3つの燻煙法があり、これを食材に応じて使い分けている。
この3つのタイプを、原初の段階から人間が使い分けていたとは考えられない。保存性の観点から言えば、冷燻→温燻→熱燻の順に低下するのだから、保存が全てであった初期の段階では、他の方法を併用する必然性がない。3つの方法は、肉食の歴史的変化に伴って普及してきたものと考えてよいだろう。
人類が燻煙の効果を知るに至ったのは旧石器時代といわれている。その時代の、日常の暖房や調理のための炉火の煙が、結果として食材に燻製の諸効果をもたらす。それは当然冷燻の形であったろうと想像される。
洞窟を住居としていたその時代、炉火から発した煙が洞窟内の天井の岩肌を伝い漂ううちに冷却され、その煙は天井から吊された保存用の食肉類(既に人類は塩を利用したり、魚や肉を乾燥させて保存する方法を知っていた)を燻す。煙がかかった肉や魚の保存性が増し、しかも味も好くなることを知るのは、ごく自然のなりゆきであった。
最も原始的な燻製法が冷燻であるとするなら、温燻は時代がずっと下って食糧事情が良くなり、食肉加工の技術が確立されてからのものと考えてよさそうだ。ハムやベーコン、ソーセージに活用され、滅菌とか製造効率(燻煙時間の短縮)を意識して試され確立した方法と見ることができる。
更に温度が高い熱燻となると、これはもう保存性を高めるよりも、加熱と香り付けをいちどきに行うひとつの調理技法であって、それは料理をつくる仕事が専門職業として確立し、より味わいの深い料理が求められる過程で試みられたものだろう・・・・・。
ところでこの原初の燻製法である冷燻法、現代の我々には意外に困難が伴う。まず第1に、燻煙を長時間にわたって続ける必要がある。時には延べ数10時間に及ぶこともある。次に、低温の煙で材料を燻すには、発煙室と燻煙室を分離してその中間で煙の温度を下げる必要があり、温燻よりも装置が大がかりになる。
旧石器の時代のように、常時炉から煙が出ている状態こそ冷燻に相応しい。かの時代は、ある意味住居そのものが燻煙室であったのだ。
このように冷燻は、他のタイプより制約が多い。一般の趣味の燻製づくりでは、温燻や熱燻の方が生活に適っている。それでも、年に一度ぐらいは、旧石器時代(本当のところは分からないが)の味覚を偲んで、冷燻品をつくり続けたい。
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