天皇陛下の靖国神社御親拝を希望する会会長

日本人の歴史認識は間違っています。皇紀2675年こんなに続いた国は世界の何処を探しても日本しかありません。

HINOMARU・KIMIGAYO・YASUKUNI

2018-06-27 18:42:22 | 時事



胸に手を当てて"日の丸"を仰ぎ、"君が代"を歌う

野球やサッカーの世界大会の試合で見る光景が、
いつのまにか右傾化だと叫ばれ、日本人の誇りを歌うミュージシャンの愛国心が軍国主義を連想させるとして話題になる。

明らかにこれは歴代日本の首相や安倍首相が靖国神社に参拝する際、訴訟まで起こして反対の声をあげる一部の人間と同様の意図を持って騒ぎたてていると言って良いだろう。

日本を誇らしく思い日の丸や君が代を歌うことがそんなにいけない事なのだろうか。いや、いけない、ダメだとは決して彼等は言わない。あくまでも戦争をさせない、や戦場に行かせない等、旧日本軍の加害性をクローズアップして自分達は被害的立場から否定する。

日の丸、君が代、靖国神社であの戦争や軍国主義を想起するのは体験者であることは間違いないだろう。

しかしながら戦没者遺族は現象し、戦後生まれの団塊の世代が世代別人口のトップとなるほど体験者は減少している。

つまり、体験者でなくても戦争による影響や被害に近い世代が直接或いは間接的に戦争への憎悪を感じているのだ。

これらの一部の人間は中韓の戦争の被害的立場を反日思想に転換する者と同調して日の丸、君が代、靖国神社を憎悪し、それを手や口にする者まで右翼やネトウヨなどと揶揄する。

明らかに彼等の反応は過剰であり、大袈裟である。戦争を知らない者達が日の丸、君が代で戦争を想起できる筈がないからだ。

つまり耳にした戦争の悲惨な体験を日本の象徴と勝手にリンクさせ過剰に反応しているに過ぎないのだ。

したがって彼等が日の丸、君が代、靖国神社を使って主張したいものは別にある。それは日本が戦った日中戦争、太平洋戦争は侵略戦争であったという虚構の歴史認識なのである。


沖縄慰霊の日とは

2018-06-27 00:19:08 | 時事

当初牛島中将が自決し、組織的戦闘が終結した日であったものが、昭和49年から第二次世界大戦において多くの尊い生命、財産及び文化的遺産を失った冷厳な歴史的事実にかんがみ、これを厳粛に受けとめ、戦争による惨禍が再び起こることのないよう、人類普遍の願いである恒久の平和を希求するとともに戦没者の霊を慰めるため(条例第1条)」、6月23日を「慰霊の日」と定めている。



沖縄慰霊の日

14歳の少女の言葉を指笛で讃え、
一国の首相の言葉には野次を飛ばす。






今上陛下がまだ皇太子殿下の昭和47年の沖縄復帰後に開催された沖縄国際海洋博覧会、昭和50年7月17日に、新左翼党派・沖縄解放同盟準備会と共産主義者同盟(西田戦旗派)の各メンバー2人が、潜伏していたひめゆりの壕や白銀病院から火炎瓶やガラス瓶、スパナ、石を投げつけたテロ事件を思い出した。

復帰から3年とは言え20年の占領期間の誤差はこれが日本の象徴となろうとする方に対する感情なのかと押し黙るように自分に言い聞かせた。




しかしながら、天皇陛下に対する奉迎の提灯行列は県民の怒りなどとは別次元のものに感じる。年を重ねる毎に悲しい記憶を拭い去ってきたことであろう。

県民の戦争への記憶が薄れ、目に見える米軍基地という現実だけが唯一あの戦争を想起させる装置となっているのではないだろうか。

辺野古への基地移転も県知事が率先して阻止しようとし、慰霊の日の態度も県知事のものではなく、被害を受けた独立国の代表のようである。

毎年見られるこの一種異様な慰霊の日の雰囲気は何なのだろうか。


政府への野次とこの雰囲気は沖縄が反安倍の左翼の牙城と化していることを暗示している。

ここへきて、自民党の元首相が中国の南京大記念館を訪れたり、共産党が脱原発で協力を申し出たりとする動きが同時多発的に見られるのは、全てこの雰囲気と連動しているのだろう。

この反安倍の総体こそが戦後レジームだろう。