非常事態に大統領に特別の権限を認めるのが国家非常事態宣言。
1976年に国家非常事態法が制定されてから、50近い国家非常事態宣言がおこなわれている。
ここから日本のメディアでは、トランプ大統領の今回の非常事態宣言はアメリカではとくべつ珍しいものではないとする論評が散見される。
しかし、そのような見方ではルビオ上院議員など身内の共和党からも違憲だと強い批判が出ている理由がわからないだろう。
今回の非常事態宣言は、工兵隊の建設資金(アメリカでは昔から工兵隊が運河や公共施設の建設をおこなっているが、その資金)など約67億ドル(7,400億円:1ドル=110円)を議会の承認なく、メキシコとの国境に壁を建設するために流用しようというもの。
ところで、ニューヨークタイムズによれば、これまでの非常事態宣言の大多数は、海外の紛争などをきっかけに、外国人の資産を凍結したり、輸出入を禁止するもので、今回のように議会の承認なしに予算を流用したケースは2例しかない。
ひとつはブッシュ父による湾岸戦争への支出(イラクのクウェート侵攻に対する戦争)であり、もうひとつはブッシュ子によるイラク侵攻(アフガニスタンを根拠とするアルカイダによる米国攻撃に対して、なぜかイラクへ侵攻してしまった戦争)への支出である。
しかし、このどちらも、もとからあった軍事予算を特定の戦争に向けただけのもので、今回のように議会が決定した予算をまったく違った用途に転用するものではなかった。また、どちらも、今回と異なり、議会から特別の反対は受けなかった。
アメリカでは、大統領(行政府)に予算の作成、決定の権限はなく、それは議会の専決事項となっている。
今回の非常事態宣言は、こうしたアメリカの三権分立の原則に抵触するもので、これまでの非常事態宣言とは大きく異なっているのである。
こうしたことから、裁判ではトランプ大統領はきわめて厳しい立場におかれると予想される。
ついでに触れておけば、連邦最高裁ではロバーツ長官がスイングボータ―になる可能性が高まっており、最高裁までいってもトランプ大統領の主張がすんなり通るかどうかはわからない状況になりつつある。
流用した予算を使って実際に壁の建設がおこなわれる可能性は小さいのではないかと思われる。
もちろん、そのことはトランプ大統領自身よくわかっており、今回の非常事態宣言はコアな支持者向けの一種のパーフォーマンスとしての色彩が強かったのではないかと思う(アメリカ人の52%が壁の建設に反対しているが、トランプ氏の支持者にかぎると壁への賛成が96%にもなる)。
政府閉鎖が終わってから、トランプ大統領の支持率は回復基調にあった。
この支持率にどのような変化があらわれるか注視したい。