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シギルマッササウルスの反撃(序)



スピノサウルス、よかったですね。会場では「カッコイイ!」と叫ぶ子供もいた。なるほど、初めて見るスピノサウルス像がこれなら、そうなるのかもしれない。

ときにこれは、本当にスピノサウルスだろうか。「何を言い出すんだ、最新研究でここまでわかった!と書いてあるではないか」と思う人はそれでよいが。よく知らない人は、すばらしい復元頭骨のCGモデルがくるくると回転するのを見て、今回の研究でスピノサウルスのイメージはすっかり確定した、と思うかもしれない。
 ポール・セレノやダル・サッソの名でScienceに掲載されれば誰もが信じるだろうし、学界でもそれだけの価値があると評価されているわけである。一般向けのナショナルジオグラフィックの特集記事やDVDは世界中に普及しており、一世を風靡しているようにみえる。しかしこのIbrahim et al. (2014) の研究は、全体としてかなり問題があると、他の一部の研究者から受け止められているらしい。この「一部の」というのが難しくて、古生物学研究者でも獣脚類が専門でない人は論文を信じるしかない。他のスピノサウルス類の研究者がどうみているのか、は結構重要である。図録には全く書かれていないようであるが、いろいろある。(もちろん、余計な混乱を避けるために一つの仮説だけを説明するのは適切なことである。)

アマチュア恐竜ファンとしてはどうしても、足の長さ、つまり四足歩行という復元姿勢に注目してしまう。これが信頼できるのかどうか、ということである。しかし他のスピノサウルス類の研究者は、復元姿勢とは別に、Ibrahim et al. (2014)の結論に問題があると考えている。Ibrahim et al. (2014) は、過去に記載されたスピノサウルス・マロッカヌスもシギルマッササウルス・ブレヴィコリスも、さらにStromer の“Spinosaurus B” も、スピノサウルス・エジプティアクスだといっている。つまりエジプトからモロッコに至る北アフリカ一帯に生息したのは、スピノサウルス・エジプティアクス一種だけであると結論した。これが、他のスピノサウルス類の研究者にとっては聞き捨てならないようだ。Ibrahim et al. (2014) は詳細な形態学的根拠を示さずに、同一種と結論しているという。さらにIbrahim et al. (2014)がスピノサウルス・エジプティアクスのネオタイプとして指定した部分骨格にも多くの疑問があり、他の多くのスピノサウルス類の研究者は、これをネオタイプとすることに反対している。

最近の研究で、モロッコのケムケムには2種類以上のスピノサウルス類が存在したことが、ますます明らかになってきた。少し前にもモロッコ産の「スピノサウルスの歯」の中には複数の形態型があるといわれていた。その後McFeeters et al. (2013) は、シギルマッササウルスの標本の再検討により、これがやはり有効な種であると結論した。Evers et al. (2015) は脊椎骨の研究から、さらにHendrickx et al. (2016) は方形骨の研究から、モロッコには2種類以上のスピノサウルス類が生息していたと結論している。よって、別々に発見された分離した骨を合成して、全身復元骨格を作ってしまうこと自体が、問題があることになる。複数のスピノサウルス類の間で、前肢と後肢の比率など全身のプロポーションが異なる可能性もある。仮にどの種類も同じ体型で四足歩行だったとしても、複数の種類の骨が混じっているのでは、方法論的に無理がある。正しい復元とはいえなくなるだろう。

Ibrahim et al. (2014) は基本的に米国のSereno、イタリアのDal Sasso、モロッコの同盟軍で完璧にみえるが、Evers et al. (2015) はドイツ、イギリス、カナダ、フランスの連合軍で、Hendrickx et al. (2016) のポルトガル、フランスも加勢している。Evers et al. (2015) の研究には、ドイツのRauhutやバリオニクスのAngela Milner、イクチオヴェナトルのRonan Allainなどそうそうたる専門家が名を連ねている。いままさに激しい論争となっている状況にみえる。専門の研究者同士が火花を散らしている様子を、外野から実況中継しているようだが、アマチュアとしては事の成り行きが大変楽しみである。

Evers et al. (2015) の論文は、非常に面白く、多くの事を考えさせられる良い論文であるが、難しい上に長い(101ページもある)。多くの標本が出てくるが、標本番号を覚えていられない。また話が入り組んでおり、Stromerのホロタイプ、“Spinosaurus B”、 Ibrahim et al. (2014)のネオタイプ、そしてシギルマッササウルスを比較して論じているので、素人には容易ではない。しかし本来シギルマッササウルスとは頸椎のことなので、これを押さえないといけないだろう。

つづく
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