ペンギンのひとりごと。

とにかく何事にも好奇心旺盛なペンギンのひとりごと。

東京マラソンを見に行った。

2017-02-27 11:07:05 | おでかけ
●日本と世界との差が気になった。

時の過ぎるのは早いもので2月ももう終わり。
あと数週間で待望の春がやってくるだろう。

そんな折、先週の青梅に引き続き東京マラソンを見に行った。

こちらのマラソンも青梅と同様、近所なのにテレビ観戦の方が良いと思って、
これまでは見に行ったことがなかった。
しかし、今回はゴールが湾岸から東京駅に変わり、
さらに近所になったので行くことにしたのだ。

コースが変わったことで坂や風の悪影響が減り、
タイムが期待できるという。

前夜、観戦場所を検討。

スタート地点、ゴール地点や浅草、銀座、折り返し地点は
駅からアクセスしやすく人混みがすごいだろう。
とすると駅からアクセスしにくく、
背景が綺麗な場所がいいのではないか、ということで、
東京タワーが見え、背景にビルがない大門メルパルクホールあたりに決定。
スタートからは33kmぐらいだろうか。

当日、観戦場所をランナーが通過する時間を予想し、
その30分前に到着できるように家を出て中央線で移動。

途中、市ヶ谷付近の車窓からは、外堀通りを埋め尽くすランナー達を見ることができた。

観戦場所に到着すると、幸い人混みはそれほどでもなかったが、
ちょうどいい撮影ポイントはすでにプロカメラマンが待機中。

ああ、やっぱり。
ま、しょうがないか。

こちらはすぐ傍の茂みに待機してランナーを待った。

しばらくすると予想時間より早く、パトカー、白バイの後に黒人二人のトップランナーがやってきた。

早い。
しかもまだだいぶ余裕がありそうだ。

その後はポツリポツリとランナーが現れるが全て黒人ランナーだ。

そして8番目ぐらいにようやく日本人ランナー、東洋大学出身の設楽くんがやってきた。(画像)

頑張れー!

50人ぐらいが通過した後はゴールに向かって歩きながら移動することにした。

観客は新橋あたりから増え始め、日比谷公園あたりはかなりの混雑、
ゴールに近い丸の内付近はさらなら混雑に加え、セキュリティー対策により、
ゴール地点には全く近づけなかった。

男子も女子もこれまでの日本国内記録を大幅に更新したようだが、
日本人選手のタイムはそれほどでもなく、
2020年までにどれだけ差が縮められるかが心配だ。

ま、こちらはまたマラソン観戦を十分楽しめたし良い休日になった。


コメント (2)
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青梅マラソンを見に行った。

2017-02-20 16:18:32 | おでかけ
●今年もまた市民マラソンの面白さを堪能。

時の過ぎるのは早いものであっという間に2月も残り10日。

プロ野球などスポーツ観戦大好きな私の、この時期のお気に入りは何と言ってもマラソンだ。
しかし数年前までは、どうせ現場はものすごい混雑だし、
せっかく良い観戦場所が確保できても、数時間待った末に、
トップの選手はものすごいスピードであっと今に通り過ぎてしまうのだし、
家でヌクヌクとテレビで観戦していた方が解説付きでよくわかっていいや、と思っていた。

しかし、一度箱根駅伝を見に行って現場の盛り上がりや興奮を体験してから、
やはり現場で見るのが一番だと思い、
昨年から実家の近所で行われる青梅マラソンの観戦を始めたのだ。

しかも青梅マラソンは、私の地元の勝手知ったる道を、
友人も含め15,000人もの市民ランナーが走る訳だが、
あちこちで太鼓やバンド演奏などのお応援が行われていたり、
道が細いため、本当に手の届くところをランナー達が走って行くところも面白い。

さあ、それでは実家からママチャリで出発しよう。

いつもウォーキングするコースを河辺駅まで進むが、北風がかなり強く、
最近はロードバイクにも全く乗っていないので筋力も衰えているためかなかなか進まない。
6.5kmを30分かかってようやく到着。
河辺駅東口駅前の西友にチャリを停めると、市民ランナーがあちこちでウォームアップをしていた。

西口のスタート地点に向かう手もあったが、
相当な混雑だと思ったので、青梅線で青梅まで先回りすることにした。

青梅駅前の青梅街道にはそれほどの混雑はなく、どこでも観戦できそうだったので、
スタートから2km弱の赤塚不二夫会館あたりで小休止。
トップランナーを待つことにした。

しばらくすると白バイの先導とともにトップランナー達がすごいスピードでやってきた。
今回の目玉である箱根駅伝の山の神、青山学院出身の神野選手も含まれている。
彼は実業団へ行ってからパッとしないようだけどどうだろう。

頑張れー!

トップ集団があっという間に通り過ぎた後は、
もう少し先の方まで歩いて行ってみることにした。

歩いている横をパラリパラリと集団が追い越して行く。

市民ランナーの大集団が道幅いっぱいに追い越して行く横を歩いて行くと、
スタートから3kmの看板が見えた。
4kmの看板ではかなり後方のランナー達が走っていて、すでに歩く人も出てきた。

おーい!まだ4kmだぞー!

5kmの看板手前で最後尾のランナーが通過。
後ろを白バイが今にも止まりそうなスピードで走って行く。

じゃ、このあたりで折り返しのトップランナーを待とうか。

しばらくすると3名のランナーがやってきた。
黒人二人と、もう一人は山の神、神野君だ。
神野君はちょっと苦しそう。(画像)

頑張れー!

そこから戻りスタート地点まで歩くと、
沿道にはお好み焼きやたこ焼き焼きの出店がびっしりでまるでお祭りのよう。
フィニッシュ地点にはランナー達が続々とゴールしていて、どの顔も晴れ晴れとしていた。
友人を見つけることはできなかったが無事完走できたようだ。

また来年も楽しみだな。







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高幡不動尊で厄払い&クルマのお祓い。

2017-02-12 23:10:13 | おでかけ
●まだまだ凄い人出。

時の過ぎるのは早いもので、あっという間に2月も半ばになろうとしている。

初詣はすでに近所の神社数カ所に出かけたが、
毎年行く、母親との初詣がまだだった。
これまでは十数年、はるばる千葉の成田山まで出かけていたのだが、
もう母親はもちろん、こちらも歳になってきてクルマに乗る機会も少なくなり、
成田山までの往復は非常にくたびれるので、
今年からは近所の高幡不動尊にしようということになった。

これまで高幡不動尊ではクルマのお祓いだけをしていただいていたのだが、
今年は私の厄年でもあるので、厄払いもついでにしていただいた。

ツレと共に福生に向かい、実家から国道16号で拝島まで行き奥多摩街道に合流。
立日橋を渡ってモノレール沿いを通って無事高幡不動尊に到着。
成田山までは2時間近くかかったが、ここまでは45分。
混んでいるときは入り口の数百メートル手前から行列ができていることもあったが、
本日は1台も並んでおらずラッキー。
自動車祈祷所の真ん前に駐車することができた。

まずはクルマの祈祷から。
30分おきに行われる祈祷には、2月だというのに十数名の祈祷者がおり、
2名のお坊さまによる10分ほどの丁寧な祈祷でお札をいただいた。

次に厄払い。

こちらは正門を入って正面にある不動堂の中で行われた。
1時間おきに行われる護摩修行で実際に護摩をお願いしている人は数十名かと思われるが、
そんなに広くない堂内には護摩修行を見物したい人も含め百名以上。
4名のお坊さまによる20分以上の丁寧な祈祷が行われた後、
一人ずつ、ご本尊の不動明王さまにお祈り、
さらに高齢のお坊さまの説教と至れり尽くせり。
その後別室でお札をいただいた。

お坊さまが、不動堂の後ろにある奥殿には重要文化財などが展示されているので、
是非ご覧になってくださいとのことなので、三百円を払って入場し、観覧。
平安時代からの仏像、書物、絵画や新撰組関係の書物などを堪能した。

帰りに食事をしようと名物の高幡そばに向かったが長い行列のため断念。
近所の千寿庵という店でそばをいただいた。
価格は安く味もまあまあだった。

成田山は全国区で建物も敷地も段違いの規模だが、
高幡不動尊も歴史は古く、
何より祈祷者が少人数でお坊さまとの距離が近く丁寧なところが気に入った。


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横浜中華街へ春節パレードを見に行った。(その3)

2017-02-05 22:21:50 | 横浜
●翌日はワールドポーターズなどあちこちお散歩

翌朝の朝食は3階の特設会場でビュッフェ。

8時半頃が混雑のピークということだったので、
私たちは頑張って早起きして7時の開始とともに会場に入った。

先客は8名ほどで、壁際にずらりと並べられた料理を選んだ。
クロワッサン、デニッシュ、サラダ、ウインナーにシュウマイ、小籠包、
オムレツはシェフに焼いていただき、牛乳、アップルジュースもね。

ふぅー、お腹いっぱい。美味しかったねえ。
なんだかこちらの方がいつものレストランより落ち着けるみたい。

休憩後9時半にチェックアウト。
山下公園をお散歩して赤レンガ倉庫方面へ。
まだ早かったせいか公園内に人はまばらだったがランナーが多かった。

海外移住資料館では企画展示「ハワイの日系人のまつり -お正月とボンダンス-」を拝見。
私たちがハワイに行った際必ず立ち寄るニジヤマーケットやマルカイスーパーのちらしもあった。

ワールドポーターズでは初めて屋上に上がってみたら、ゴーカート場とパターゴルフがあった。
ハワイアンタウンは店も品揃えも以前より増えた模様。
手前側のフードコートもハワイっぽくなって良い感じ。

せっかくだからとお隣の遊園地コスモワールドで久々に観覧車に乗車。
あいにくの曇り空だったが、やはり高いところは気持ちいいね。

そしてまたワールドポーターズに戻ってハワイアンタウンのレストランで昼食。
ロコモコプレートをいただいたが、ハワイのどこかの店にそっくりの味でおいしくなかったのが残念。

という訳で、春節ほかさまざまな横浜を楽しんだプチ旅行でした。



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横浜中華街へ春節パレードを見に行った。(その2)

2017-02-05 20:26:31 | 横浜
●これまでにない大混雑

休憩後は夕食を食べる店の下見も兼ねて、
16時開始のパレードより一時間ほど早く部屋を出た。

パレードの出発地点は、ローズホテル正面の通りの突き当たりにある山下町公園なので、
そちら方向へ進んでみたら、翠鳳本店という店に安価でおいしそうなコースがあったのでとりあえず候補に。
他の店も探してみようとパレードのコースである関帝廟通りに入った途端、
そこはすでに満員電車並みの人出となっていて、歩道は身動きができない状態。

うわあ!すごいね!
今までこんな混んでたことなかったよねえ。
店を探すのは諦めてパレードを見る場所を探さなくちゃ。

人を掻き分けながら進むと、ある店の前に二人分の空間を発見。
もうここでいいや。ここで待ってよう。

やがてパンパンパンという爆竹の炸裂する音とともにパレードが開始された。

まずは皇帝の衣装を身にまとった人々が通過、
さらに舞踊グループ、アクロバットをする人、獅子舞、龍、
チャイナ服を着た一般参加の人々などを小一時間楽しむことができた。

パレードが街を一周する間、私たちは媽祖廟で厄払い(¥1000)をしてもらった。
それは入り口の神輿をくぐり抜けた後、線香を5箇所に収めて祈り、
お札のような紙を火にくべると、厄払い、金運財運アップになるというもの。
今度宝くじでも買ってみようかな。

夕食は結局、候補にした店はやめ、
威勢のいいおじさんが呼び込みをしていた広東料理の天外天という店で、
¥2100のコースを注文。あ、青島ビールもね。

前菜、酢豚、麻婆豆腐、小籠包、スープ、チャーハンなど、どれも美味しく量も適当で大満足。
レジ横に元巨人の長嶋さんの写真が飾ってあったので関係を聞いたら、
なんとなんと、店の看板の天外天という文字は長嶋さんが書いたのだという。
びっくりした。

(その3に続く)



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横浜中華街へ春節パレードを見に行った。(その1)

2017-02-05 19:46:32 | 横浜
●西武池袋線で中華街へ

2月4日の穏やかな土曜日、私たちは久々に横浜中華街の春節パレードを見に行った。

交通手段は、まず自宅近くのバス停から西武池袋線保谷駅へ、
保谷駅からは各停で石神井公園へ行って、
石神井公園から元町中華街行きへ乗り換えた。

飯能発の電車は石神井公園ではほぼ満席で座れなかったが、
目論見通り次の練馬でかなりの人が降りたため、
私たちは座ることができた。
あとは一時間ほどウトウトしていれば横浜に着けるのだ。

横浜を過ぎたらみなとみらいで下車し、各停に乗り換え日本大通で下車。
あらかじめ調べてあった産業貿易センター地下の梅の木という蕎麦屋でランチ。
夕食は中華だからお昼はあっさりね。
でも味はちょっとイマイチだったかなあ。

食事の後は山下公園をお散歩。

公園内では大道芸が行われていたりしてかなりの人出。
中国人をはじめとした外国人も多かった。

その後はこの日の宿である中華街のローズホテルにチェックイン。
いつも朝食をいただくロビー左手のレストランは改装中とかで、
次の日の朝食は3階の特設会場になるという。
しかもほぼ満室ということで8時半頃のピーク時は外した方が良いとのこと。

部屋は4階で、パーシャル中華街ビュー。
ま、安いプランだからしょうがないね。

じゃ、パレードまでちょっと休憩。

(その2に続く)

※画像は氷川丸。カモメがみんな同じ方向を向いて鎖に留まっていた。




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高校時代のバンド仲間が亡くなった。

2017-02-02 22:34:55 | ふと思ったこと。
時の過ぎるのは早いものであっという間に2月になってしまった。

昨日ウォーキングをしていると、携帯に見知らぬ番号から電話があった。
出てみると女性の声で、
「Kさん(私)ですか?、Yが亡くなりました。彼のお友達に知らせたくて
彼の携帯に残っていた番号にかけてみたのです。」

Yは高校の同級生で、一緒にバンドを組んでいたベーシストだった。
自宅も近所だったため良く行き来をしていた。
卒業後は疎遠だったが、15年ほど前から始めた、
ごく親しかった同級生たちとの新年会で再開して以来、
ほぼ年に一度は会うようになった。
しかし10年ほど前、彼は肝硬変になり、酒が飲めなくなった。
そして肝硬変は肝臓ガンへと進行していた。

ほんの一週間前に、彼に恒例の新年会の連絡をした時、
弱々しい声で「無理だな。」と言うので、
もう少し暖かくなれば具合も良くなるだろうから会おうよ。と言うと、
「そうだな」と。
それが最後の会話だった。

電話の女性は彼と同居している人で、
それとなく彼から聞いていたが、話すのは昨日の電話が初めてだった。

「えっ?亡くなったんですか?
ほんの一週間前会話をしたばかりだったんです。」

彼女は涙声になり、
「ええ、存じています。暖かくなったら会おうと言うのを聞きました。
その後、急に容体が悪化して入院し、一昨々日亡くなったんです。」

今朝、彼は火葬された。
穏やかな表情だった。

現場で彼女に会い、彼の様子を聞いた。
「無くなる前、彼に、何かやり残したことはないの?と聞いたら、
いやあ、やりたいことはすべてやったなあ。と答えたのです。」と、
涙を流しながら答えてくれた。

ヤツの人生は短く、ベーシストらしく派手ではなかったけれど、
幸せだったんだなあと思った。

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