小さな栗の木の下で

保護犬のミニチュア・ダックスを引き取り、
小型犬との暮らしは初めて!という生活の中で、感じたことを徒然に…。

『帆翔』51号掲載詩「看取り」

2013-11-07 | 

                     

   看取り

  そこにたどり着くには
  長い階段をのぼらなければならなかった

  途方もないときが過ぎたような気がする
  一方で、一瞬のまばたきの間に
  過ぎたような気もする
  時計の針は指からこぼれ落ち
  いま、ここにある肉体さえ
  不透明に思えた

  けれど
  いくどもの深い呼吸の果てに
  震える唇が謳ったものは
  死への悼みではなく
  生を全うしたいのちの営みの
  うつくしさだった

  こころ通わせた魂は
  いつのときも寄り添いあえるから
  生きたという刻印は
  こころの中にあればいい


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2 コメント

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Unknown (村田)
2014-03-30 01:23:31
毎日、コツコツ働いて…熱めの湯に身体を伸ばす。
適量の酒はたのしみの一つだ。
たまにミニスカートにときめいて
どうせ僕の人生なんて
平凡だ!!
しかし…その平凡に生きる事の美しさは評価されない。
返信する
そんなことありませんよ (トチ母)
2014-03-30 09:23:29
若い時は「平凡なんてまっぴら」と思っていたのに、
年を重ねるにつれて、平凡に生きることって意外とむずかしくて、
大切なことなんじゃないかと思うようになりました。

おっしゃるとおり、平凡に生きることは美しいと思えるようになったんだと思います。
評価の声が届かなくても、誰かがきっと認めているだろうし、
お天道様も見ていますよ(笑)。
返信する

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