みかづき 森絵都 著 集英社
大型書店でこの本を見かけ、本の帯に、「昭和36年。塾講師たちの熱い物語が始まる。」という文章に気を取られ購入した本でした。2017年の本屋大賞のノミネート作品でもあります。著者の小説は数冊読んだことがありますが、この小説は467ページにも及ぶ長編の小説です。昭和36年は自分が生まれた年だったという単純な発想で読んでみたくなった本でした。小学校の用務員だった大島吾郎が、用務員室で子どもたちに勉強を教えていて、その教え方はよくわかると評判でした。その中の児童の一人だった、蕗子の母親千明に誘われて、ともに学習塾を立ち上げ、後に千明と結婚し、家族となり、昭和から平成時代の塾業界を舞台に、三世代に渡って教育に身を捧げていく大島一家のお話です。最後のほうで、「教育はこどもをコントロールするためにあるんじゃない。不条理に抗う力、たやすくコントロールされない力を授けるためにあるんだ。」という言葉や「常に何かが欠けている三日月。教育も自分と同様、そのようなものであるかもしれない。欠けている自覚があればこそ、人は満ちようと研鑽を積むのかもしれない。」という言葉がとても印象に残りました。公教育を太陽とすると塾業界は月、ともに相乗効果を及ぼしながらも、教育の本質や真実を再認識できた本でした。本の帯に朝ドラでやってほしいと記載されていましたが、三世代に渡る壮大なお話なので、朝ドラ向きの小説かもしれないなあと思いました。
大型書店でこの本を見かけ、本の帯に、「昭和36年。塾講師たちの熱い物語が始まる。」という文章に気を取られ購入した本でした。2017年の本屋大賞のノミネート作品でもあります。著者の小説は数冊読んだことがありますが、この小説は467ページにも及ぶ長編の小説です。昭和36年は自分が生まれた年だったという単純な発想で読んでみたくなった本でした。小学校の用務員だった大島吾郎が、用務員室で子どもたちに勉強を教えていて、その教え方はよくわかると評判でした。その中の児童の一人だった、蕗子の母親千明に誘われて、ともに学習塾を立ち上げ、後に千明と結婚し、家族となり、昭和から平成時代の塾業界を舞台に、三世代に渡って教育に身を捧げていく大島一家のお話です。最後のほうで、「教育はこどもをコントロールするためにあるんじゃない。不条理に抗う力、たやすくコントロールされない力を授けるためにあるんだ。」という言葉や「常に何かが欠けている三日月。教育も自分と同様、そのようなものであるかもしれない。欠けている自覚があればこそ、人は満ちようと研鑽を積むのかもしれない。」という言葉がとても印象に残りました。公教育を太陽とすると塾業界は月、ともに相乗効果を及ぼしながらも、教育の本質や真実を再認識できた本でした。本の帯に朝ドラでやってほしいと記載されていましたが、三世代に渡る壮大なお話なので、朝ドラ向きの小説かもしれないなあと思いました。