十田撓子(とだ とうこ)さんの第一詩集『銘度利加』が刊行された。
タイトルの銘度利加(メトリカ)とは何だろうか。そんなところから接してゆく人が多いかもしれない。挟まれている栞に詩人の吉田文憲氏と同じく詩人の林浩平氏がこの詩集について触れているが、その中で林氏が文頭で「十田撓子は、幼いころ、郷里である秋田県鹿角市の大湯で、『銘度利加』を見た記憶があるという。メトリカとは、ハリストス正教会の受洗者名簿である。大湯には明治期に正教が布教され、信者もいた。隣家が信者だったので、イコンなどにも触れる機会があったそうだ。」と書いている。この一文が詩集『銘度利加』を読み進むうえでの大きな鍵となり得る。
これから味読させていただくが、郷里の歴史=時間=生きた人々などがあちらこちらに籠められた壮大な叙事詩であり、忘れられた時間へ近づこうとする十田さんの考え方や感性が目となって描かれた画とも言える。4章に分けられた18編の作品全てとは言わないが、この詩集を読み進めるには、十田さんの立ち位置や背景を作品ごとに、かつ”連”ごとに想起してゆくことが求められているような気がする。
”それまで”生きて来た不特定多数の人たちを想いながら、あるいはその人たちになり、目で、言葉で、声でその掬い取った区切られた世界を現わしている。
「パニヒダ」
それはとくべつな言葉
さきの世の人のものであり
私のものであり、次の人へと遺すもの
どうにか口から絞り出せたのは
からだの奥底から泣きたいような
赤子の不安げに呼び求める声
瞑目し、うなだれて
自分の胸の内へ向かう
大切な人にそっと語りかけるように
粗朶をかさねた炉のそばで
時おり焚き木がはぜる音のほかは
常代からの沈黙が夜の顔をしていた
天体から音が聞こえてくる
水が星座を読むように
胸の奥からふつふつと湧き出てくる
それは音のかたちを持っていた
その音を説明するために
しかし私は
言葉を使わなくてはならない
とくべつな響きを現象させる試みの
さなかに、ごく短い言葉が
繰り返し口をついて出てくる
過ぎし時をうたう
遠いちちははへの祈り
蕭蕭と降る雨にも似た
鈴の音が頭上に降り注がれる
発行日:2017年11月30日
発行所:株式会社思潮社