毎日が山のこと

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奥武蔵の大霧山へ(2,024年2月17日)

2024-02-22 17:29:57 | 奥武蔵・秩父の山

17日の土曜日、翌週の天気が悪そうなので急遽奥武蔵の大霧山へでかけることにした。

一人で行くと仲間に文句を言われるので、ラインで「来るものは拒まず」と送ったが、案の定、予定があって行けないとの返信。

しめしめ。

当初の計画は、仲間の参加も想定して、7時台の出発にし、コースも旧定峰峠にあがって粥仁田峠から下るというものだったが、一人と決まったので6時台に出発し、白石峠から定峰峠、旧定峰峠と縦走して大霧山に向かうことにした。

 

バスの終点、白石車庫で下車し、橋の反対側にあるトイレで用を済ませたら、白石峠にむかって出発だ。

山里のロウバイがほのかに匂っていた。

 

斜面の畑をたがやしている人の姿があった。春の準備だろうか。

今日は、寒くはないのだが、空は雲におおわれている。

 

暖かい日が続いたのでウメももう五分咲きくらいになっている。

 

日陰のあちこちに残雪が残っている。でもここ数日の暖かさだ。稜線にはほとんど残っていないだろう。

長い舗装道路歩きが終わって、この写真のところから山道にはいる。

 

この峠道はなんども歩いているが、登りに使うのは初めてだ。でも荒れていなくていい道だ。

沢の底に近い斜面をゆったりと登っていく。

 

沢の底に大きなカツラの木があった。前に下りに通ったときは気が付かなかった。

 

もう少しで峠に着きそうなところに首のない石地蔵がある。そこで写真を撮っていると一人が追い越していった。

 

白石峠について少し休んでいるとさらに50歳くらいの男性があいついで登ってきた。

一人は大汗をかいている。この三人は堂平山のほうにむかうらしく、東屋で腰をおろした。

 

私は、休憩を少しで切り上げ、白石峠と定峰峠をつなぐ稜線にとりついた。

 

いきなりの長い階段だ。

 

階段を登りきると稜線にそって874mのピークに向かう道とトラバースしていく道とに分かれていた。

私は躊躇なくトラバース道に入った。

 

しばらくはところどころに固くなった残雪がたまっている。

ふとみると小さな蹄の跡がある。小鹿の足跡のようだ。

 

トラバース道はじわじわと高度を上げた後、稜線に合流して下り道となった。

下りにかかるところが今回のコースの最高点で、830mを少し越しているはずだ。

 

このあと稜線にそってアップダウンを繰り返すが、高度は次第に低くなっていく。

 

右手、谷を挟んだ向かいの山の頂上に天文台がみえた。堂平山天文台だ。

 

 

下りが多いし道はとてもいい。明るい落葉樹の林や針葉樹の植林帯が混ざり合うように続いていた。

 

葉を落とした冬姿の木々ごしに奥武蔵の山なみが見える。これで晴れていればもう少し気分がいいのだが。

 

ところどころにヒノキやスギの植林帯が現れるが、ずっと続いて薄暗くなるようなところはない。

 

ひとつコブをこしていよいよ定峰峠へのくだりとなった。立派なステンレスの手すりが設置されていた。

 

視界が開けて小川町あたりの低い山なみが見えてきた。

 

振り返るとすぐ下の林道とその奥に堂平山も見えていた。

 

定峰峠。今日は土曜日なので茶店も営業しており、バイクや自転車も数台とまって休憩していた。

そろそろおなかがすいていたのだが、そんな雰囲気のところで休憩する気にならなかったので歩き続けた。

 

旧定峰峠に向って少し歩くと伐採跡で展望のよいところがあったので木の根方に腰を下ろして昼食にした。

雲が少し取れてきて日差しがさしてきた。ありがたい。

 

昼食後、かなりくだってきて、すぐ右下に舗装の林道が近づいてきた。

そろそろ旧定峰峠かと思ったら、その後尾根はふたたび登りだした。

下の林道も近づいてこない。

地図で確認したら、最低鞍部は580mくらいだが、旧定峰峠は少し登った630mくらいにある。

 

ようやく峠が近づいたとき、尾根の変わった模様の岩があった。脇の標識には獅子岩と書いてある。

う~ん、獅子ねぇ。強いていえば大型犬のマスチフに見えないこともないか。

 

ようやく旧定峰峠に到着。先ほどの定峰峠は奥武蔵グリーンラインという車道の峠だが、こちらは昔からの峠道。

 

東秩父村から秩父の定峰集落を通って秩父盆地へと馬の背に荷物を積んで運んだ古くからの街道だ。

 

峠の岩の上には石の祠が祀られている。

さあようやく最後の目標である大霧山への登りだ。

 

大霧山の東斜面は、秩父高原牧場となっていて夏場の牛たちの避暑地だ。

視界が一気に広がる。

 

なだらかで広い尾根を登っていくと目の前に最後の山頂ピークが見えてきた。

見た目ではすごく急な登りに感じるかもしれないがそれほどのこともなく山頂に到着。

 

山頂だ。東側は木でおおわれているが北から西にかけて大展望が広がっている。

雲もすっかりとれて青空が広がっている。日頃のおこないがいいからね(エヘン)。

 

南西がわには武甲山。

 

西の奥には両神山。かなり霞んでいるので調整したので暗くなってしまった。

 

北東側には北関東の平野とその奥に栃木や日光の山が見える。

 

大霧山には、以前春の盛りに妻と孫を連れてきたことがある。

その時は、粥仁田峠の少し北のところに車をとめて尾根通しに歩いてきた。

今回は南から登ってきたので突然の大展望が印象的だった。

 

お昼の休憩では食べずに残しておいたカップラーメンを食べ、魔法瓶のお湯でコーヒーもいただいた。

 

粥仁田峠への道はとても歩きやすい。

 

粥仁田峠。細い舗装の道が越えている。

 

峠からはこの道でくだった。

といっても途中からは山道にはいるが、この道も幅が広くてとても歩きやすい。

 

山道の途中に赤い胸当てと帽子をかぶったお地蔵さんが。

 

ご覧のように幅も広くてよく整地されたいい道だ。

山道が終わってふたたび舗装の道になり、見晴らしがよくなってきた。

牧場の草の斜面の奥に笠山。

 

大霧山から北につらなる山の東斜面は斜度がゆるいので途中にたくさんの集落が点在している。

 

日当たりのいい斜面に果物などを栽培しているらしい。

 

道のわきにある墓石のそばには大きなクスノキ。

 

ノゲシも花をつけている。

山頂を出るときコースタイムを計算して2時台のバスにはまにあわないと思い、のんびり下ってきたのになんだか間に合いそうな雰囲気。

そこで最後は速足でくだった。

 

 

槻川の谷底に到着。見上げる斜面にも多くの農家が見える。

 

橋場のバス停に無事到着。バス時刻の5分前。

コースタイムよりかなり早く着いたのかと思ったら、地図の見間違いで登りのコースタイムの方を見ていたのだ。

なーんだ。コースタイムより5分早いだけだった。

 

春の季節にはとてもいい山だと思うので、4月になったらハイキング仲間を誘って来ることにしよう。

その時は、経塚のバス停から旧定峰峠にあがり、粥仁田峠から今回の道をくだってみることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 


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