〈また始めるんだね〉<o:p></o:p>
銭さんは、口から泡を飛ばして、我々の民族の純粋性とヤンキーの雑種論にちょっと猥談を交えて、冗長に熱を上げた。<o:p></o:p>
オクヒドさんはどうにかこうにかダイアナの肖像を終えて、いつもより長く、ぼやけた幕を垂らした窓に視線を向けたまま、両肩を代わる代わる叩いていた。<o:p></o:p>
銭さんの奇妙な愛国論がいつの間にか完全に猥褻な話に変わってしまって、その方にはるかに興味を持つ絵描き達が相づちを打ちながら、おどけたやりとりをするのにも、オクヒドさんは背を向けたまま岩のように淡々としていた。<o:p></o:p>
私はふとオクヒドさんだけは他の絵描き達と少しでも違っていればと思って期待した(彼は他の人と違う。彼は他の人と違う)。私は、まるで蜜を見つけた昆虫の鋭敏な触覚のように、私の新しい考えに強く執着した。<o:p></o:p>
「朝はすみませんでした。お茶、おごりたいんですがいいですか?」<o:p></o:p>
帰宅の途中で会った朝の電気工がとても親しく振る舞うので、弾みでいいわよと言って気軽に応じた。<o:p></o:p>
私は彼と並んで歩きながら、彼の顎の下から首の部分を注意深く調べた。何気なく昼に梯子の下から彼を見上げて経験した、あのびりっとする感じの反復を狙ったが無駄だった。<o:p></o:p>
彼は私より少し大きく男としては中ぐらいで、彼を見上げることは出来なかった。正面から見た彼の顔は抜け目なさ過ぎて月並みだった。<o:p></o:p>
喫茶店ユートピアの片隅の席についた。<o:p></o:p>
「僕は黄泰秀、ユーは?」<o:p></o:p>
「私は李炅(リキョン)。一字名でキョンアと呼びます」<o:p></o:p>
私たちは向き合ってにこっと笑って、たちまち親しい雰囲気になった。<o:p></o:p>
「あのう・・・上から見下して、何か特に目についたことがない?」<o:p></o:p>
「何だって?」<o:p></o:p>
「梯子の上のこと」<o:p></o:p>
「さあ、初めてなので足がふらふらして、下の眺めまで調べる余裕がなかったんだ。だから梯子の上で星をかけても…世間を見下そうと思っても2階も3階も高層ビルの屋上も高位の官職も同じだし…」<o:p></o:p>
「それでも梯子の上は特別じゃないの?」<o:p></o:p>
「どうして縁起でもない梯子の話を何度もするの?」<o:p></o:p>
「じゃ、なんでよりによって縁起の悪い梯子を職業に選んだの?」<o:p></o:p>
「選んだって? とんでもない。選んだんだったら選び取ったという意味じゃない? 誰でも近頃は運よく職業を選び取ることなんてできないよ。何となく手に入ったから人を押しのけて入って来たんだ」<o:p></o:p>
「いくらそうでも、梯子の上でぶるぶる揺れるのも怖がっているのに、そんなPXに人を押しのけて入ってくるとは…」<o:p></o:p>
「だから…」<o:p></o:p>
彼は困ったように頭をかいた。<o:p></o:p>
「兵役忌避?」<o:p></o:p>
私は軽蔑するように言い放った。PX労務者にどんな兵役免除の特典もあるわけがなかったけれど、軍服が着用できて通勤する時に米軍バスが利用できるので、兵役忌避者の温床だということを聞いていたからだ。<o:p></o:p>
「とんでもない。僕はこう見えても名誉除隊した傷痍勇士だよ」<o:p></o:p>
「嘘。両手足が無傷で、何が名誉除隊よ?」<o:p></o:p>
「見かけは無傷でも太腿にひどい傷痕があるんだよ。今もよくうずく」<o:p></o:p>
彼は眉をしかめて本当に痛いように片方の手で太腿を揉み始めた。<o:p></o:p>
「本当? 今も痛いの?」<o:p></o:p>
「い…いえ」<o:p></o:p>
にこっとすると、たちまち眉を元に戻して、冷たい麦茶をずるずると騒々しく飲み干したり、ウエートレスを呼んでマッチを頼みながら、目をしかめて見せるフォームが全く軽薄にしか見えず、彼の言葉がどこまで本当かさえ推し測ることができなかった。<o:p></o:p>
彼は煙草の火をつけて何回も立て続けて煙をたっぷり吸い、柔らかく吐いてから、<o:p></o:p>
「だから国のためであっても、することは十分にするよ。もうどんな体面もないし、金儲けでもしようとやたらに出歩いていて、やっと手に入れたのがPXの電気工の職だけど、何か気にかかるかい。大金が活発に出入りしているな。僕もその仲間に加わるよ。別に大きな欲はないし、38度線を越えて大変な苦労をして通っていた学校に、他の人と同じように腰を伸ばして通うことができるぐらい稼げれば十分だから。学校だからこそ大事だ。せっかく大学2年が残っていたから、戦争が終われば卒業して立派な所に就職して信頼されて、何年か後には尊敬されて、どうだい?」<o:p></o:p>
「くだらないわね」<o:p></o:p>
「そうだと思っていたけど。女にはたくさん大風呂敷をひろげなきゃならないけど、真面目なことを言ってしまったので…」<o:p></o:p>
舌打ちをしたり、伸びを大きくすると、そのまま首を後ろに反らして頭を椅子の後ろに倒した。<o:p></o:p>
頑強なあごとその下の青い髭剃りの痕と頑丈な首が目に入って来て、その新鮮な感じでどうしようもなく私はもう一度ときめいた。<o:p></o:p>
私は恥ずかしさで顔を赤らめて、そんな衝動を素早く抑え付けるように、麦茶を一気に飲み干して照れくさくなったおでこを強くこすった。<o:p></o:p>
彼はずっと平凡な顔をまっすぐにして、<o:p></o:p>
「ミス李はどう? 肖像画部の仕事、退屈じゃない?」<o:p></o:p>
「私も趣味でしているんじゃないわ。こう見えても真剣に稼いでいるの」<o:p></o:p>
「恐らくまだ学生? 高校の最上級生? じゃなければ女子大学生?」<o:p></o:p>
「そうですね…」<o:p></o:p>
実際私は大学試験に失敗して少し落胆していたが、戦争に遭ったという話が面倒で、あやふやにお茶を濁した。<o:p></o:p>