翻訳 朴ワンソの「裸木」36<o:p></o:p>
117頁3行目~120頁2行目<o:p></o:p>
彼女が突然ひじをショーケースの上について掌で額と髪を一緒に隠してしばらく休む。彼女は度々そうした様子で休んだ。つかんだ黒い髪の間から赤い爪とダイアが見えて、それが比べようもなく美しかった。あのような見事なポーズでお金を巻き上げることを考えていたら、どんなにいいかと私はつまらないことを考えた。<o:p></o:p>
ドライバー、ペンチ、こんなものを手に握った泰秀が私の横を通り過ぎた。挨拶もウインクもなく、平静なふりを装って通り過ぎた。私もただそれだけだった。私が彼に寛大になったり優しくしたりする時間は既に過ぎたのだ。彼がちょっと憔悴して見えても、もうそれが私のためであるわけはないのだ。<o:p></o:p>
オクヒドさんが時々咳をした。先日の病気見舞いの時よりもはるかに軽いけれど、時折かなり長く咳き込むこともあった。<o:p></o:p>
「咳には大根おろしに蜂蜜を混ぜて飲めばすぐ効くけど、本物の蜂蜜を手に入れられればだ」<o:p></o:p>
チンさんが聞いていて気の毒に思ったのか、一言つぶやくと、<o:p></o:p>
「蜂蜜がどんなに高いか。葱に杏の種を入れて煮詰めて食べてみてください」<o:p></o:p>
「こら、こいつ、今どこへ行って杏の種を手に入れるんだい。俺の故郷では酢に卵を漬けて食べたんだよ」<o:p></o:p>
絵描き達が振り返って処方箋を一つずつ発表すると、黙っていた銭さんが伸びをして、<o:p></o:p>
「ちぇっ、その処方箋は変だ。医者も飢えて死ぬだろう。それでも、犬の糞に牛の糞を混ぜて食べろという声が抜けているのでありがたいよ。そうじゃないかい? オク先輩。病後の全快は、何と言ってもよく食べなければなりません。腹の中に脂が抜けたら体が弱くなり、咳も出るし、夜には冷や汗も出てくらくらして、声は腹の中から引っ張り出すし、…そうでしょう、オク先輩?」<o:p></o:p>
「ちぇっ、一匙すくって占いもするかなあ」<o:p></o:p>
「インソガ、占いはどうして占いなんだい。堂々とした脈診だ。インソガ」<o:p></o:p>
「脈診すれば処方しないといけない」<o:p></o:p>
「だからオク先輩の全快も兼ねて、俺たちも腹ペコだから脂がふわふわ浮かぶソロンタンでも食べにいこう、どうだい?<o:p></o:p>
俺たちが、例え運がなく下品な奴らを描いて糊口をしのいでいても、男の胸の情まで干上がるはずがあるものかい?」<o:p></o:p>
「そうだ」<o:p></o:p>
彼らが今日はとても善良だ。<o:p></o:p>
「私。私もついて行こうかしら?」<o:p></o:p>
私もにこにこしながら口出しした。<o:p></o:p>
「あ、本当に、そうだね、でもここをすっかり空けられないし…ミス李、パンを買ってきてあげようか? パン」<o:p></o:p>
「いいわ。お店でよく見てパンでもたくさん買ってきてください」<o:p></o:p>
彼らがどやどや集まって出て行った。その時ヤンキー達がコーラを少しずつ飲み、ハンバーガー・サンドイッチを美味しそうに食べながら通り過ぎて行った。脂がつやつやと流れるような彼らの肥満がわけもなく憎らしい。<o:p></o:p>
私は真鍮食器部のミスクに大声で言葉をかけた。<o:p></o:p>
「今年はいいことがあるようじゃない?」<o:p></o:p>
「どうして? お姉さん」<o:p></o:p>
彼女がちょこちょこ私の所に来た。<o:p></o:p>
「画家はみんなどこへ行ったの?」<o:p></o:p>
「お昼を食べに。パンを買ってくると言っていたので、あなたもお昼を食べないで」<o:p></o:p>
「そうなの、まあいいわね」<o:p></o:p>
彼女はぴったり私の横に詰めて座った。私は彼女の肩を抱いて一層私の横に引っ張って、うつむいた彼女の首すじに私の顔を重ねた。うなじの髪数本が鼻先をくすぐって、化粧品の匂いによっても濁らない純粋な人間の匂いがすがすがしく漂った。彼女は独特の体臭をもっていた。<o:p></o:p>
野の花と生まれたばかりの獣の匂いを合わせたような、少し生臭く香しい匂いを嗅いでいたら、私も知らず知らずに人恋しさが、悲しいほど切実な人恋しさが深く募ってきた。私は彼女の匂いを嗅ぎながら、編んで長く伸ばした艶のある髪を指先で愛撫した。<o:p></o:p>
「何かいいことがありそうなの?」<o:p></o:p>
彼女は掬い取るようにさっき私が言った言葉を今聞き返した。<o:p></o:p>
「ただ漠然とした予感よ」<o:p></o:p>
「新年には誰でも一回ずつそう見るみたい」<o:p></o:p>
思ったよりずっと大人らしい声を出してから、<o:p></o:p>
「米国人と正式に結婚しても娼婦なのかしら?」<o:p></o:p>
突然話題を飛躍させた。<o:p></o:p>
「私、米国人と結婚するかもしれない、お姉さん」<o:p></o:p>
私は返事の代わりに短く笑った。<o:p></o:p>
「お姉さん、本当なの」<o:p></o:p>
彼女は重大な告白でもしたい様子で、私はただ気楽に野の花の匂いのような、子犬の匂いのような彼女の体臭を吸い込みながら、温かいうなじで午後の疲労を癒したかった。<o:p></o:p>
「お姉さんも見たでしょう。私の売場に毎日来て1時間ぐらいいるPFC。結婚して一緒に行こうかな」<o:p></o:p>
「あなたもその人が好きなの?」<o:p></o:p>
「その人がいいのか、米国へ行くことがいいのか、わからない」<o:p></o:p>
「そう、そんなに米国へ行きたいの?」<o:p></o:p>
私は少し驚いた。<o:p></o:p>
「必ずしも米国でなくてもいいの。ただ、この国を離れたいの。戦争とか避難とか飢えとかにじっと耐えて。貧乏くさい様子を見ないのがいいの」<o:p></o:p>
彼女は鉛筆の先で紙切れに穴を開けて破り、また細かく破りつづけて、思いもよらないことを言った。<o:p></o:p>
「下水たまりのように汚らしい。間違いなく下水たまりだから。じめじめする」<o:p></o:p>
彼女は舌でぺろぺろ乾いた唇を湿らせ、一人でぶつぶつ言った。<o:p></o:p>
「何が?」<o:p></o:p>
私は聞くだけではよくないので、誠意もなく一言言った。<o:p></o:p>
「うちのことよ。間違いなく下水たまりよ。お姉さんは想像もできないでしょう」<o:p></o:p>
必ず腐るに違いない下水たまりのような彼女の家庭の事情は尋ねないまま、彼女の後ろで低く笑い続けた。彼女が香しいこと、下水たまりの中でも香しいこと、彼女が下水の臭いだけわかって、自分の薫香を知らないことが愉快で我慢できなかった。<o:p></o:p>
「笑うなんて、お姉さんも本当に。私、冗談を言おうとしているんじゃないのよ。少し深刻な話をしたいのに…」<o:p></o:p>
彼女は深刻な話なんかが、私にとってどんなに不得手かをまだ知らなかった。<o:p></o:p>
「国際結婚というものはどんなものかしら?」<o:p></o:p>
「え、手続きのこと?」<o:p></o:p>
「ううん。そんな形式で、どうしたらいいのかよ。実際どんなものなの? 内容のことなの」<o:p></o:p>
彼女は何故か難しい言葉を選んで使おうと言葉まで探りながら、紙を破ることだけはすばしこかった。<o:p></o:p>
上気した頬が果物の香りでも漂うように瑞々しい。<o:p></o:p>
「彼が何をしてしまったかを見ればおのずとわかるんじゃないの?」<o:p></o:p>
「お姉さんも本当に、する前にわかりたいと言う話よ。彼との未来がとても推測ができないの。米国へ行けるという可能性だけに眩惑されて、それ以外のことにはむしろ疎いから。誰かが私達の未来を空しい言葉ででも保障してくれればいいのに」<o:p></o:p>
彼女が言う〈誰か〉がまさに私のようだけれど、私はその〈誰か〉になる気持ちは少しもなかった。<o:p></o:p>
「結婚を控えて不安なことは誰でも同じよ。だから人は星回りとか、相性占いのようなものを作り出したんじゃない?」<o:p></o:p>
彼女は、私が寄りかかりやすく俯いていた首を、いきなりまっすぐに上げて、<o:p></o:p>
「そんなことじゃないのよ。そんなこととは全く違うことなの」<o:p></o:p>
と言って、彼女に相応しくなく神経質に怒鳴った。ちょうどその時、お昼を終えた絵描き達が歯をつっつきながら戻ってきた。金さんが大きなパン袋を私の前に投げると、後にいた銭さんが片目をつぶって、<o:p></o:p>
「ミス李、そのパン、俺達が選んだんだよ」<o:p></o:p>
「とにかく腹いっぱいだ。そろそろ雑種の男女のペアでも描いてみようかな?」<o:p></o:p>
私はミスクにパンを一つあげて、彼女の切実な目付きにひどく追いかけられて、探りしながら、<o:p></o:p>
「私が保障できることは…彼が保障できるわよ。あなたがその人と結婚して、子供が生まれれば間違いなく雑種になるでしょう? そうでしょう、恐らく」<o:p></o:p>
私は特別な考えもなく絵描き達の〈雑種〉という言葉をふと使ったけれど、彼女は鋭い串にでも刺されたように、ぷんぷんに怒った。<o:p></o:p>
「お姉さんもどうしてなの、そんな下品な言葉を、獣にでも言う言葉を。お姉さんも本当に」<o:p></o:p>
パンを一口で食いちぎるのを止めて、涙ぐんで自分の売場へ逃げ出すように走って行った。私は彼の方に近づいた。幕を見ているのか、その向こう側を見ているのか、傷心したような、疲労したような視線の焦点を、私は全く推測できなかった。とにかく彼は深く没頭していた。私とは無関係なことに深く深く没頭していた。<o:p></o:p>
私は用心深く彼の横に近づいてうろうろしながら、続けて軽い咳をした。彼は気づかずに岩のように淡々としていた。彼の深い没頭を私の方に向けながら。<o:p></o:p>
私は熱心に彼の周囲をうろうろしながら、彼がすぐに描き始められるように、スカーフを開いておき、画材を整頓した。それでも彼はその深い没頭から覚めなかった。彼の注意を転換させるためには、タイルの床に逆立ちでもしなければならないようだった。逆立ちをして、私の黒い頭でタイルの床を覆い、両腕で全売場を歩き回れば、すべての人が、オクヒドさんを含むすべての人が私を見るだろう。そうしようか。できないはずがあるか、そうしようか。私はそう決心しただけで、とてもそうできずに、相変わらず両足で立ったまま深いため息をついた。
ー続ー
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