★趣味の韓国語サークルで取り上げた小説を翻訳したものです。営利目的はありません★
著者 : キム・エラン
本文:
2日が過ぎた。チャンソンは異常な気配に目覚めた。とろんとした目で探ってみると、エバンが自分の頬を舐めていた。2つの足をチャンソンの胸元にあげて、まるで別れの挨拶でもするように、チャンソンの顔に自分の頭をこすりつけていた。エバンがしっぽを揺らして腹を見せる時と少し違う感じだった。チャンソンは奇妙なことに涙が出そうだった。最近眠り続けているだけなのに、突然どこにそんな力が出たのか。あるいは奇跡的に状態が少しよくなったのだろうか。このように少しずつ良くなったなら、以前に再び戻って行けないだろうか。胸の中で無駄な希望がコップに入った水のように大きく波打った。エバンはこれ以上動く力がないのか、チャンソンの脇に頭を深々と埋めた。チャンソンが暗闇の中で眠っているかを問う口ぶりで、「そうか、そうか」と囁いた。
次の日、明るくなるや否やチャンソンは急いで市内へ行った。今日最初に直接病院に立ち寄って安楽死同意書を書いて予約までしてくるつもりだった。そうすれば、これ以上動揺せずに、お金を崩して使うことも食い止めることができると思った。動物病院に到着する前に、チャンソンは大型文具店の前を通り過ぎて歩みを止めた。まだらに色々な種類の携帯電話ケースがぶら下がっているショーケースに「トニンメカド」のキャラクターが描かれた商品を発見したからだった。何気なく値段を調べてみると、3万4千ウォンもした。その瞬間、チャンソンの頭の中に以前なかった疑いが生じた。ひょっとすると、安楽死に対して自分が初めから間違っていたのではないかという。エバンの死を手伝うことよりもエバンが生きている間、少しでも意味ある時間を送ることが「僕たち2人にとって」良いことではないかと思った。
うちへ戻るチャンソンの表情は心配で一杯だった。いつの間にかチャンソンの手には6万7千ウォンしか残っていなかった。すべてのことが正しく必要な過程のように思われたが奇妙だった。チャンソンは重い足取りで、今日に限って特別に長く続いているような畔道を堂々と大手を振って歩いた。手の中に残ったお金が、9万いくらかで11万いくらかだった時と違っていたが、6万7千ウォンは10万ウォンからあまりに遠く見えた。再び10万ウォンを補おうとすれば、チラシ2千枚を配らなければならなかった。しかし、2万枚だと、意欲がわかなかった。チャンソンは何故か家にまっすぐに入って行く勇気が出ず、休憩所に立ち寄った。そして藤の木のベンチに座って新たに買ったスマートフォンケースを弄りまわしながら、時間をつぶした。チャンソンは夕方になって立ち上がった。そして休憩所食品コーナーに立ち寄ってエバンにやるさつま揚げを買った。
「もう一つ買って僕も食べようか?」
油の臭いを嗅ぐとひもじさが押し寄せてきたけれど我慢した。チャンソンは本能的にこんな時に小さい禁欲と犠牲を耐え忍べば、気分が良くなるはずだと言うことがわかった。チャンソンはさつま揚げが入った黒いビニール袋を持ってとぼとぼ30分歩いて家に着いた。すべての灯が消えて家の中がいつもよりさらに暗く見えた。チャンソンが門を開けて庭に入ってわざと大声を出した。
「エバン!お兄ちゃんがおやつを買ってきた。こっちにおいで。お前が好きなさつま揚げだよ。」
チャンソンが履物を脱いで板の間に上がった。
「エバン!これをちょっと見て。ここまで来る間僕もものすごく食べたかったけど、お前にやろうとぐっと我慢した。我慢するのにどんなに苦労したのかわからないかい?」
エバンが喜んだ姿を想像しながらチャンソンが小さい部屋の戸をぱあっと開けた。しかしそこにエバンはいなかった。
「エバン!」
チャンソンが声を高めた。家の周りが今更のようにひやっとして暗く静かだった。チャンソンは自分がいつも生活をしていた世界に違和感を感じた。
「エバン!お前どこにいるの?」
湿気一杯の夕方の野原にチャンソンの声がかすかにこだました。
「前もよく見えないはずなのに、足も痛い奴がどこへ行ったのだろう?」
エバンに何かあったのではないだろうか不安だった。こんなことをすると思ったら、ひもででもくくっておけば良かったと。エバンの体が弱くなったのであまりに油断したようだった。
「遠くは行けなかっただろう。」
チャンソンが携帯電話の懐中電灯機能を点けたまま、一歩一歩捜索範囲を広げた。エバンは小さい犬だから足元を良く探さなければならなかった。
「エバン!いたずらをするなよ。」
たんぼに座り込んでその場で泣きたい気持ちを抑えながらチャンソンが歩みを速めた。ひとまずエバンを探すことが優先だった。
チャンソンが遠くに灯がともる高速道路休憩所を眺めた。自分もなぜここまで行ったのかわからなかった。ひょっとしたらその時間に行ける所がそこしかなく、そうしたのかわからなかった。あるいはぞくっと怖気づいて祖母に会いたかったのかも。チャンソンが息を整えて最大限理性的に状況を判断しようと努めた。もしエバンが自分の力でどこかへ行ったのなら、前に一度でも行った所だろうと思った。そして、そこはチャンソンも知っている可能性が高かった。チャンソンはエバンが今思ったより近い所にいるかもしれないと期待した。それもとても近くに。チャンソンはひとまずフードコーナーに立ち寄って祖母にひょっとしたらエバンがここに来なかったかと尋ねる計画だった。しかし、ガソリンスタンドの前を通り過ぎる時、不意に不吉な感じに包まれてしまった。瞬間的に顔に血が集まって呼吸が苦しくなった。そこのガソリンスタンドのゴミ箱の横に目に馴染んだ袋が一つ見えたからだ。中に何かが入っているのか袋の下がでこぼこ膨らんで一部はひもで固くくくられていた。
「いや。そんなはずがない。」
チャンソンがどきどきしながら、その前を見えないふりをして通り過ぎた。袋の下から真っ赤な血が徐々に漏れ出ていた。チャンソンは前に同じものを見たことがあった。高速道路の路肩に倒れた仲間を何故か野犬の群れが見守っていた姿だった。父が運転席でヘッドライトを何回も点滅させても、死んだ仲間を囲んだままこちらをにらんでいた野犬たちの顔が浮かんだ。
「でも、うちの犬は捨て犬ではないから・・・・」
チャンソンが食堂の方へ体をねじった。しかし、その時何名かの先輩がざわざわ話す声が聞こえた。胸の片側にガソリンスタンドのロゴが印刷されたチョッキを着た先輩達だった。
「畜生、違うんだよ。」
「えっ、まさか?」
「本当だってば。その犬がわざと飛び込んだみたいだったんだ。車が通り過ぎるのを待っていたというように。」
チャンソンはかなり長い間その袋の前で立っていた。何回も「ひもをほどこうか?」という衝動が起こったけれど、そうしなかった。今、袋の下へ前よりもたくさんの血が漏れていた。触ればまだ温かいような血だった。ほどなくチャンソンが体を転じて歩み始めた。袋に入った物が何かとうとう確認せず、その時まで右手にぎゅっと握っていた携帯電話を持ったままそこを離れた。
周囲は一層暗くなった。チャンソンがこちこちに強張って固い体を引きずって、高速道路の横の舗装されていない道に出て歩いた。何台も車がうるさい警笛を鳴らしながらチャンソンの横をピュッと通り過ぎて行った。チャンソンがうつむいて自分の掌を見下ろした。携帯電話の懐中電灯機能を長く使いすぎたせいで、機器から熱が出た。掌にたまった汗を見ると、ふとエバンに始めて会った日が浮かんだ。掌の上にきらめいていた氷と柔らかく冷たいようで生ぬるくくすぐったかった何かかが。しかし、今は再び触ることのできない何かが胸を締め付けた。しかし、その時それを何と呼ばなければならないかわからず、チャンソンは暗闇の中で路肩をひたすら歩いた。大型貨物トラック数台がうるさい警笛を鳴らしながらチャンソンの横を荒々しく通り過ぎて行った。頭の中で、だしぬけに「許し」という言葉が浮かんだけれど口の外に出さなかった。チャンソンが立っている所が道ではない非常に危険な状況でもあるように、どこからかがちゃがちゃひびが入った音が聞こえてきた。
ー おわり ー