題名 : 分身
作者 : 東野圭吾
出版年月 : 1993年(平成5年)9月
出版社 : 集英社(集英社文庫)
定価 : 695円(税別)
あらすじ:
北海道育ちの大学生氏家鞠子と一歳年上の東京育ちの小林双葉はそれぞれ出生に秘密を抱えていた。
鞠子は両親が本当の両親なのかと疑いを抱き、特に母に愛されていないと悩んでいた。さらに中学生の時に母が一家心中を図り、鞠子と大学教授の父を残して焼死するという悲劇に見舞われた。若き日の父と顔をマジックで塗りつぶされた女性が一緒に写っている写真を母の持ち物から見つけ、その写真の女性こそ母の死の鍵を握るのではないか、そう思った鞠子は母親が死の直前に訪れた東京にやってきた。
双葉は看護婦の母親と二人暮らしだった。父親が誰かは知らず、出生に関して秘密があると思っていた。双葉が母親の反対を押し切って、バンドの仲間とテレビ局のオーディション番組に出たことでパンドラの箱が開いた。
鞠子は父の母校帝都大学で父が語ることのない過去を知る。ハイキングサークル、山歩会に参加していたことと、そこで愛する女性に出会ったこと。さらに母が最後に訪ねたのは山歩会の友人だったこと。そこで母はその女性の写真をすべて手に入れて処分したこと。また、父が旭川の北斗医科大学に帝都大学の久能教授と一緒に移り、発生工学の先駆的な研究をしていたこと。
そしてテレビに出演していた小林双葉と瓜二つだといろいろな人から言われ、小林双葉の存在を知る。
一方、双葉は母が轢き逃げされて亡くなってしまう。母のことを知りたいと言う思いから、北斗医科大学の藤村教授の招待で旭川に向かう。旭川で藤村教授は双葉の実父が母の上司だった久能教授だと語る。DNA鑑定のために双葉の体を検査させてほしいと言い、双葉も承諾する。しかし、食中毒の寿司をお土産にもらったことから、双葉は旭川から逃げ出す。
鞠子は父が愛した女性、高城晶子の写真を手に入れる。そこには鞠子が写っていた。
そっくりな三人。高城晶子と、氏家鞠子、小林双葉。この三人をつなぐ輪は高城晶子の冷凍保存された核移植胚だった。それをもとに二人の代理母の胎内で育てられ生まれたクローン人間、氏家鞠子と小林双葉。禁断の研究のただ二つの成功例。
自分のクローンの存在を知り拒否反応を示す高城晶子、人間クローンの成功を更なる研究の実験材料として利用しようとする藤村教授たち。娘の幸福のために葛藤する氏家鞠子の父。
二人のクローン人間は真実を知った時にどうするのだろうか。
感想:
クローンという言葉の響きに拒絶感を持つのは普通の感情だ。動物でさえクローン動物というといかがわしく偽物くさい感じが付きまとう。まして人間である。人間の手で生命を創り出すというのには抵抗がある。生命を作り出すのは神の領分である。
しかし、二人のクローン人間は生命を得た瞬間から一個の人間である。著者はそう言っているような気がする。冷凍保存されていた核移植胚を胎内で大事に育てた代理母の愛がある。そして生まれてから大事に育ててくれた両親の愛がある。独立した人格を持った人間なのに、単なる実験材料としてしか存在意義を認めない科学者たちの傲慢さと、純情可憐な二人が対照的である。もし、クローンが一人だったら真実の重さに絶望したかもしれないが、二人だったので双子の姉妹として生きてゆける。
近未来に起こることが想定される事態だが、我々と同じ人間として見る視点がなければ、クローン人間は創るべきではないだろう。そういう意味でこの小説はクローン人間という可能性に一石を投じた作品と言える。
わがまま評価(5点満点)
面白さ ☆☆☆☆☆
爽やかさ ☆☆☆
読みやすさ ☆☆☆☆
人物造型 ☆☆☆☆
知識教育 ☆☆☆
荒唐無稽 ☆☆