読書感想138 春の夢
〈著者〉 宮本輝
〈著者略歴〉
1947年に神戸市で生まれる。「泥の河」で1977年に太宰治賞、「蛍川」で1978年に芥川賞、「優駿」で1987年に吉川英治文学賞受賞。
〈出版年〉
1982年1月号から1984年6月号まで「文学界」に連載。単行本として1984年12月に文芸春秋から発行。
〈感想〉
大学4年生の1年間の出来事が描かれている。父が亡くなり、父の経営していた会社が不渡り手形を出して倒産。そのうちの1枚が悪質な金融業者の手に渡り、期日までに金を支払わないと腕を切り落とすという脅迫を受けた母と哲之は、夜逃げ同然に逃げ出す。母は割烹料理屋の賄いとして住み込みで働くことになり、哲之はアパートを借りて、ホテルでアルバイトを始める。やくざが大学で哲之を待ち伏せしている恐れもあるために、大学にも行かない。人目を避けて暮らす日々。多額の負債を背負った哲之には恋人の陽子との将来も思い描くことができない。初めてアパートに来た日に電気のつかない暗い中で、トカゲを釘で柱に打ち付けてしまう。哲之は打ち付けられたまま生き続けているトカゲを飼育し始める。
宮本輝の小説を始めて読んで、哲之の一人称で語られて行く世界にぐっと引きずり込まれて、とても面白かったが、これは違うなと感じる箇所もあった。富豪の妾として生きてきた老婦人の死顔を見て、老婦人の評価を主人公が逆転させる場面だ。死顔はその人と病気の関係が色濃く反映されている。その人間の生涯の評価は別の場面を設定したほうが説得力がある。心理的にドラマチックなエピソードを組み合わせるのが小説の妙味だが、なかなか難しいと思った。