[翻訳] これはパイプではない NO.4<o:p></o:p>
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残りの49%の虚構はどこへ隠れたのか。いや、虚構は隠れていなかった。むしろ51%の人生が49%の虚構にそれとなく背負われ、100%の完璧な嘘の人生として誕生してしまった。虚構は隠れも死んでもいなかった。虚構は変身しただけだ。ある日、実在世界に恐ろしい怪物として現れた。イミジの人生は今や小説の中の女主人公の人生として簡単に規定されてしまったのだ。もうすでにこの不滅の誤解とその下に隠れている真実をどうしたらいいのだろうか。<o:p></o:p>
その間、発表されていたイミジの小説は手軽に不倫小説と分類されてもいた。昔もしばしば小説の中の女主人公とイミジを混同する読者もいた。疑惑に満ちた目でイミジの人生に慇懃な好奇心を持っている知人に会う場合もあった。しかしイミジは頓着しなかった。それは、小説はどこまでも虚構だから。<o:p></o:p>
最初にこの長編を始めたのは死んだ妹のためだった。「馬車の上に載せられて行く悲しい目の子牛」のような妹の情景が彼女の人生に絶えずついて回った。馬車に載せられて行く子牛は、なすすべもなくされる運命だ。なぜそうなるのか子牛はわからない。君に誰が子牛になれと言ったのか。なぜ君は自由に飛べる燕のような翼を持てなかったのか・・・それはかえって悲しい運命に関する話だった。<o:p></o:p>
しかし小説の前に押された、この「自伝小説」というスタンプは少し悔しい。そのスタンプは49%の小説的な虚構が作家の人生と誤解される烙印になってしまった。その上広告は力が強い。広告の力を知るイミジは最近不安だ。広告はとんでもないことに女主人公の愛情行脚にだけ焦点を合わせる。それも作家イミジの性に対する大胆性をうんぬんかんぬんと言いながらほのめかす。<o:p></o:p>
その時電話のベルが鳴る。<o:p></o:p>
「ミジかい? 家にいたんだね。」<o:p></o:p>
母だ。電話線の向こうから母の声は少し和らいでいる。<o:p></o:p>
「お母さん、変わりない?」<o:p></o:p>
「それで・・・本を出してる? とにかく広告も出して、そうしたら本もたくさん売らなきゃ。」<o:p></o:p>
彼女は母に本が出た小説を言わなかった。しかし、新聞記事や広告を母が見ることはできなかったのだろう。イミジは急に心が重くなる。昔も本が出ても母に知らせなかった。しかし母は書店に行って本を買ってきて読んでいた様子だった。初めて本が出た時、ある日いきなり母は「あんたがあんなに苦しんで生きてきたことを読むと、私は本当に情けなくなった。」短い話をしただけだった。しかし、その言葉がかえってイミジの心をイライラさせ動揺させた。おかあさん、あれは小説だってば。しかしイミジは口をつぐんだ。<o:p></o:p>
「今度の小説のこと・・・あんた、本当に記憶力がすばらしいよ。うちの娘は本当にしっかりしているね。どうやってあの昔のことをはっきりと記憶しているの? 死んだミソンが一度あのように・・・おかげで涙、鼻水が全部しょっぱかった。ところで、なぜあんな嘘をついたの?<o:p></o:p>
訂正してほしいことが少しあったんだよ。私が、何をそんなに叩いて・・・私が少し我慢しても小説がよく売れて、あんたが成功すれば全く構わない。ところでお父さんのことよ。お金も稼げず浮気だけする軽薄な奴のように描かれたと口を尖らせた。年を取ればちっぽけな独楽になるか・・・友達にも傷つけられて最近新たに始めた事業上の交際にも支障があると・・・」<o:p></o:p>
「お母さん、あれは小説よ。あそこに出ている人はお父さんとお母さんじゃない。」イミジは急に胸が息苦しくなり声を張り上げる。<o:p></o:p>
「なぜ全部うちの家族の罪だけが出るの。で、あんたの話だし広告も派手にしないの。ところでお父さんのことだよ。すねてどうしたというのかね。うちの中の話を掃きなさいというなら、そのまま書かなければ、画家がしっかり裸身のことを描くのと同じだよ。話は道理にかなう話だよ。うちの家はそんな粗暴な家じゃないじゃないか。」<o:p></o:p>
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題名 : 分身
作者 : 東野圭吾
出版年月 : 1993年(平成5年)9月
出版社 : 集英社(集英社文庫)
定価 : 695円(税別)
あらすじ
:
北海道育ちの大学生氏家鞠子と一歳年上の東京育ちの小林双葉はそれぞれ出生に秘密を抱えていた。
鞠子は両親が本当の両親なのかと疑いを抱き、特に母に愛されていないと悩んでいた。さらに中学生の時に母が一家心中を図り、鞠子と大学教授の父を残して焼死するという悲劇に見舞われた。若き日の父と顔をマジックで塗りつぶされた女性が一緒に写っている写真を母の持ち物から見つけ、その写真の女性こそ母の死の鍵を握るのではないか、そう思った鞠子は母親が死の直前に訪れた東京にやってきた。
双葉は看護婦の母親と二人暮らしだった。父親が誰かは知らず、出生に関して秘密があると思っていた。双葉が母親の反対を押し切って、バンドの仲間とテレビ局のオーディション番組に出たことでパンドラの箱が開いた。
鞠子は父の母校帝都大学で父が語ることのない過去を知る。ハイキングサークル、山歩会に参加していたことと、そこで愛する女性に出会ったこと。さらに母が最後に訪ねたのは山歩会の友人だったこと。そこで母はその女性の写真をすべて手に入れて処分したこと。また、父が旭川の北斗医科大学に帝都大学の久能教授と一緒に移り、発生工学の先駆的な研究をしていたこと。
そしてテレビに出演していた小林双葉と瓜二つだといろいろな人から言われ、小林双葉の存在を知る。
一方、双葉は母が轢き逃げされて亡くなってしまう。母のことを知りたいと言う思いから、北斗医科大学の藤村教授の招待で旭川に向かう。旭川で藤村教授は双葉の実父が母の上司だった久能教授だと語る。DNA鑑定のために双葉の体を検査させてほしいと言い、双葉も承諾する。しかし、食中毒の寿司をお土産にもらったことから、双葉は旭川から逃げ出す。
鞠子は父が愛した女性、高城晶子の写真を手に入れる。そこには鞠子が写っていた。
そっくりな三人。高城晶子と、氏家鞠子、小林双葉。この三人をつなぐ輪は高城晶子の冷凍保存された核移植胚だった。それをもとに二人の代理母の胎内で育てられ生まれたクローン人間、氏家鞠子と小林双葉。禁断の研究のただ二つの成功例。
自分のクローンの存在を知り拒否反応を示す高城晶子、人間クローンの成功を更なる研究の実験材料として利用しようとする藤村教授たち。娘の幸福のために葛藤する氏家鞠子の父。
二人のクローン人間は真実を知った時にどうするのだろうか。
感想
:
クローンという言葉の響きに拒絶感を持つのは普通の感情だ。動物でさえクローン動物というといかがわしく偽物くさい感じが付きまとう。まして人間である。人間の手で生命を創り出すというのには抵抗がある。生命を作り出すのは神の領分である。
しかし、二人のクローン人間は生命を得た瞬間から一個の人間である。著者はそう言っているような気がする。冷凍保存されていた核移植胚を胎内で大事に育てた代理母の愛がある。そして生まれてから大事に育ててくれた両親の愛がある。独立した人格を持った人間なのに、単なる実験材料としてしか存在意義を認めない科学者たちの傲慢さと、純情可憐な二人が対照的である。もし、クローンが一人だったら真実の重さに絶望したかもしれないが、二人だったので双子の姉妹として生きてゆける。
近未来に起こることが想定される事態だが、我々と同じ人間として見る視点がなければ、クローン人間は創るべきではないだろう。そういう意味でこの小説はクローン人間という可能性に一石を投じた作品と言える。
わがまま評価(5点満点)
面白さ ☆☆☆☆☆
爽やかさ ☆☆☆
読みやすさ ☆☆☆☆
人物造型 ☆☆☆☆
知識教育 ☆☆☆
荒唐無稽 ☆☆