風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

アップルパイの林檎になりたい

2020年03月12日 | 「新エッセイ集2020」
花の少ないわが家のベランダで、ことしも花ニラの花が咲いた。まっ先に春を運んできてくれる花だ。いつからか住みついて、そのまま放ったらかしなのに、いつも健気に咲いてくれる。
その花びらの形から、誰かが地上の星などと呼んでいて感心したが、そんな思いで見れば、花は小さいが、大きな宇宙の末端で星のように輝いている、と感じられなくもない。

春を運んでくるのは花だ。
ゆっくりと温もりの気配もあるが、まだ寒いから熱い言葉に触れてみたくなる。
俵万智の古い歌集をひらく。

   愛してる
   愛していない花びらの
   数だけ愛があればいいのに
             (『サラダ記念日』)

まだ冬の花びらが、空から降ってくる地域もある。白くて小さくて冷たい花びら。
赤や黄色の気ままな絵の具で、白い花びらに彩色してみる。だが冬の花はすぐに溶ける。いや散ってしまう。

   散るという
   飛翔のかたち花びらは
   ふと微笑んで枝を離れる
             (『かぜのてのひら』)

寒い寒いと、重ね着をして体は重たい。ぶ厚くて不自由なこの一枚一枚のよれた服が、もっと素敵なものであったなら、などと夢想してみる。

   何層も
   あなたの愛に包まれて
   アップルパイのリンゴになろう
             (『とれたての短歌です。』)

リンゴのように丸くもなく、甘くもないので、温かく包んでくれる愛にも恵まれない。なかなかアップルパイのように美味しくもなれない。
   アップルパイのリンゴになりたい
せめて花ニラに温もりの愛があるなら、星に願いを!



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