詩歌探究社 蓮 (SHIIKATANKYUSYA HASU)

詩歌探究社「蓮」は短歌を中心とした文学を探究してゆきます。

白鳥の沼の物語

2020-06-06 15:33:16 | 千駄記


蒸し暑い曇り日もまもなく16時になろうとしています。

今朝は沼の脇にクルマを停めて明るくなるのを待って
と、思っていたらすっかり明けてしまった。
カッパが潜んでいそうな沼に何を狙うでもなく
撮影機材をセットして試写をする。
だーれもいない沼のほとり。風はたまに吹く程度で
背中が熱くなるほど日が差してくる。

カモが一羽泳いでいる。
なんとなくファインダー越しにそれを見ていると
飛んだのでシャッターを切る。



おはようございまーすと声がする。
あ、おはようございっすと応えながらふり向くと
首からソニーのα6600をぶら下げている。レンズは70-350ズーム。
機材がすぐにわかったのはちょっと前までそれを持っていたから。



何を撮っているんですか?
ほとんどなにも・・
でも何か待っているんでしょう?
うん。カッパ。
と答えると・・・びっくりされたあと、笑いをもらった。

ここは冬になると白鳥がたくさん来るんですよ
と、その人はこの沼の物語を話してくれた。

50年ほど前、2羽の白鳥がこの沼にやってきた。
近所のおばあさんが餌をやるようになって桜の花が
そろそろ咲こうかという頃、2羽の白鳥は沼の空を
何周か回ったあと北へ帰っていった。
野生動物にエサを与えてはいけないなんて言うマナーが
言われ出したのはそのずっと後のことだ。
次の冬は3羽、その次の年は5羽、その次の冬は10羽・・
と、毎年、飛来数が増えてゆく。
あそこに親切なおばあさんがいるからって噂が広まって
白鳥は子供を連れてやってくるようになったのだろう。
この冬は実に175羽がこの小さな沼にやってきたという。

じゃあ、白鳥の頃はにぎわうんでしょう?と訊くと
うん、大砲レンズがずらっと並んで壮観ですよと言う。
そうかあ。
と応えてからしばらく沼を眺めていた。
たまに大きな魚が水面を跳ねる。
そのたんびにその人は「カッパかな」と笑っていた。

対岸から何やら飛んでくる。



ホシゴイ。そ、ゴイサギのこどもだ。

そろそろ仕舞うわと言って機材を片付けてエンジンをかける。
クルマの窓から手を振ると
じゃ、白鳥の頃にまた!と彼女は大きく手を振った。


おしまい。