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おばあさんが亡くなってからの雪は、どこか心を閉ざしてしまったように思えた。
雪の口からそのことについてはっきり聞くことは無かったが、彼女の変化を恵は感じていた。
いつも傍に居る、優しい幼馴染みのお姉ちゃん‥。
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恵は雪が大好きだった。
だからこそ、助けたかった。どこか奇妙な環境に置かれた雪に、手を差し伸べたかった。
「おばちゃん!ゆきねぇ死んじゃうよ!」
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雪の降る寒空の下、パジャマ姿の雪が追い出されたことがあった。
恵は毛布を持って行って、中に入れてもらえるよう泣きながら雪の母に懇願した。
震える小さな手で、雪のことを抱き締めながら。
「死んじゃうと思ってお弁当作って来たの」
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雪が給食代を失くして、一ヶ月昼食抜きだったこともあった。
恵は家にあるものをありあわせで持って行ったり、お弁当を作って雪の元に出向いて行った。
雪は泣いて喜んだ。こんなことは、小西家では考えられないことだった。
自分に出来ることは全てしたかった。
雨が降りそうならば傘を持って行った。夜中まで勉強をする日にはクッキーを焼いて行った。
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雪の目には天使に見えていた恵。
しかし恵自身はそうは思っていなかった。
その動機は、幼き日に心を閉ざした雪の後ろ姿が、恵の瞼の裏にこびりついていたからだ‥。
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中学生になった恵は、今日も赤山家に顔を出した。手に持っているのは、母の手料理のおすそ分けだ。
「雪ねぇ、これおかず‥」
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そう言って恵はタッパーを差し出すと、雪はそれを笑顔で受け取った。
「ありがとう。美味しそうだね。おばさんにありがとうって伝えて」
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恵が雪の伏せがちなその視線を追うと、少し瞳が充血していることに気がついた。
幾分元気が無いようにも見える。
「‥また徹夜で勉強?」
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雪は高校生になってからというもの、詰めて勉強する日が多くなった。
その成績は全校一位二位を争うほど、優れたものだった。けれど時々、今日のように疲れて見える日があった‥。
しかし雪は恵からの問いに、「徹夜ってほどじゃないよ」と言って笑顔でかぶりを振る。
恵が言葉を続けようとした矢先、またしても雪の背後からあの男が顔を出した。
「また来たのォ~??」
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もうここに住んじゃえば?と皮肉を言う蓮に、恵は青筋を立てる。
「あんたに会いに来たんじゃないから
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蓮は恵が持って来たものに目を留めながら、尚も皮肉を吐いた。
「お前ん家おかずはいっぱい作るくせに、なんでお前はそんなに小せーのよ?
もう中学生だってのにぃ」
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クククッと笑いながら、蓮は恵をバカにした。
恵は「あんたもあたしと変わんないでしょ」と言って、二人は言い合いになった。いつもの風景だ‥。
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そして騒ぎを聞いてこの場に駆け付けた母に、蓮は言った。
「母さん!あいつにもう家来んなって言ってよ!」
「このバカモノ!」
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その後蓮は母からこってりと絞られ、それを恵のせいにした。
蓮を見る恵の顔に青筋が浮かぶ‥。
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中学生になっても尚、二人は犬猿の仲であった‥。
「おいキンカン!歴史の教科書貸して!」
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大きな声で恵をキンカンと呼ぶ、蓮の声。
振り返った恵は思わず顔を顰めた。蓮とは、同じ高校に進学したのだ。
「あんたいっつも落書きするからなぁ‥」
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そう言って貸し渋る恵に、蓮は早く早くと言ってせっついた。
恵がしぶしぶ教科書を貸すと、蓮はニッコリ笑って彼女に礼を言った。
「テンキューテンキュー
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そして授業が終わり返ってきた教科書には、案の定落書きがしてあった。
国史
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恵はイラッとした。
そして今度は恵が蓮に、体育の教科書を借りる。
体育
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その落書きのなかなかの思い切りっぷりに、恵のみならず蓮もウケた。
そんな蓮と恵を見た友人は、二人付き合ってんの?とにこやかに揶揄する。
”喧嘩するほど仲が良い”
蓮と恵には、そんな言葉が良く似合った。二人は、ちょっかいを出し合ってばかりだ。
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ある時蓮が廊下を歩いていると、気配を消した恵が蓮の後ろから近付いた。
そして彼の真後ろに来た時、勢い良く膝カックンを決め大きな声で彼を呼ぶ。
「よっ!豚ヤロー!」
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恵からの突然の攻撃をまともに食らい、蓮は勢い良く膝を付いた。
ズキズキと痛むそこをさすりながら、怒りのトーンで恵に向かう。
「こっ‥この腐れキンカン‥!」 「ねぇ体操服貸してよ!」
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しかし恵は悪びれる様子もなく、蓮に体操服をねだった。
これから体育なのに忘れてしまい、今日に限って誰にも借りられなかったのだと。
「俺、男なんですけど?!
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男から借りたってサイズも合わないだろうという意味合いで蓮は突っ込んだのだが、
恵はキョトンとした顔で言い返した。
「え?あんたとあたしおんなじくらいじゃん?」
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確かに蓮は男としては華奢な方で、向かい合う二人の目線はそう変わらない。
しかし疑いようもなくそう言われ、蓮はムカッときたのだった。
「もし合わなかったらコロス
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そう言って蓮は体操服を投げつけた。
恵はそれを受け取ると、遅れちゃうと言いながらアセアセと羽織る。
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蓮はニヤニヤしながらそれを見ていた。
自分の方が大きいことを、恵はその体操服のサイズで知るだろう。それは自分の勝ちを意味する‥。
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そして恵は蓮の体操服を着た。
それは予想した以上に、彼女にはダブダブだった。
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恵は特別意識することなく、「ズボンも貸して」と続けて言った。
蓮はポカンと口を開けながら、自分の体操服を着た恵をただ呆然と見ていた。
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改めて恵が小さいこと、
いや改めて恵が”女の子”なんだということを、蓮は実感していた‥。
「何?」
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恵は何も言わずその場に佇んでいる蓮を、不思議に思った。
彼の胸中が僅かに騒ぐことなど、恵には知る由も無い。
「は‥早く行けよ!汚しやがったらコロス
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恵はいつになく攻撃的な蓮を不思議に思いながら、彼に礼を言った。
パッとした笑顔を浮かべ、蓮に手を振る。
「ありがと!」
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見慣れたはずの恵の笑顔。
けれど蓮の胸の中は、今までとは違う思いが芽生えていた。
駆けていく彼女の後ろ姿を見つめながら、蓮はどこか複雑な思いで頭を掻いた‥。
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<蓮と恵>その思い出(2)でした。
前回今回そして次回と、<蓮と恵>のカテゴリで書いてます。またご活用下さい。
この恵と蓮の話は、別の人物から見た雪の話でもあります。
雪の目から見ると、”優しい天使のような妹分”である恵。
しかし彼女がなぜ雪に対してそのような振る舞いをするようになったのか、
その理由が描かれた前回今回だったのかなと思いました。
あと漫画には書かれてないから分かりませんが、今回恵の母親が恵におかずをもたせたのは、
ひょっとしてこの時雪は給食費を失くして困ってる時‥?とか想像してました。
詳しく書いてないので記事では言及してませんが‥。
恵から聞かされて、小西家も雪のことを気にかけているのかもしれませんね。
今まで深く考えなかった恵と雪の関係性ですが、こうして記事にしてみるとまた考えさせられるものがあったのでした。
次回は<一年ぶりの再会>です。
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なんてええ子なんじゃぁ。
ますます健太のような「身の程知らず」には、こんなカワイイ子渡せんっ。許しませんよ、うあはんはっ!
体操着エピ。ええですなぁ。ムズムズしちゃいますなぁ。成長期ですなぁ。青い春ですなぁ。ふがっ
健太にはぜひとも淳から
「身の程知らずは痛い目見るぞ」と言っていただきたい!!
体操服エピはほんわかですよね~。こんな純粋なトキメキ、いいなぁ‥(遠い目)ふがっ
「人卜(サ)」にちょっと一筆加えて「ス卜(ジャ)」にすると「国史」が「おたま」に化けるという、他愛もないいたずらです。
それよりも私、「ベーコンエピ」をずっと「海老の形をしたベーコン入りのパン」だと思っていたことを、「体操服エピ」という単語を見て思い出しました。
韓国の冬空にパジャマで放り出されたら死にますって・・幼児虐待レベル。。
そして昼ごはん代事件・・これはほんとに絶食しろってことだったのでしょうかね。
単純に言ったら怒られるけれどもう一回くれたり、もしくは家にある食材でお弁当でも作ってくれるか、最悪作りなさいくらいで済んだのでは?
そんなことも雪は、親に言えない様な関係性とか信頼性の希薄さだった、ということを書いてるのでしょうかね。
そうじゃなかったら成長期の娘に酷すぎますよ。
恵もこんなに色々と優しい子だったんですね。。
そして!!鉄板のオーバーサイズ萌え!!ふがっ(興奮)
とりあえず彼女に自分の服着せたら、だぶっとするこの隙間に萌え&ときめくというマンガには鉄板の!!
そこが体操着ってとこが学園ラブ風味~ほんと遠い日の花火ですな(笑)
教科書の落書きは全世界の学生のやってることですが、
タイトル変形!これ、皆してましたよ!
ハングルは線を1,2つ加えるだけで簡単に字が変わりますからね。
国語(グゴ)→タコ(ムノ)
数学(スハク)→潜水艦(ザムスハム)
・・・何故あの頃はこんなもんがそんなに面白かったんでしょうか。
されました、されました。
さすが雪(天気)の中ではなかったんですけど。
夜の屋上でお兄ちゃんと2人でガクガク。
今は笑える思い出ですが。
というか、あのパン「ベーコンエピ」っていうんですね‥それすら知らんかった私って‥チーン
むくげさん
ふがっ!
CitTさん
あの教科書落書きはティーンズの鉄板なんですね!
なるほど~ためになります!
そしてCitTさんもパジャマで追い出された過去が‥?!これも韓国の鉄板‥?!(白目)
そして姉様のパラパラ漫画、いつかアップ待ってます(真顔)