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ビリリ、と電流のような痛みが走った。
雪はお腹を押さえながら、押し寄せるその痛みに悶絶する。
うえっ?!なんでまたお腹が‥?!今朝トイレ行ったのに‥!
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ズグン、ズグンと内臓に響くような痛みが、段々と強くなって行く。
雪は脂汗を浮かべながら、呻き声を漏らさぬよう必死に耐えていた。
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ここで醜態を晒すわけにはいかない。
雪はお腹を押さえながら、一生懸命自分に言い聞かせた。
ダメ!凛としてここに座ってなくちゃ‥!凛として‥!
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これは言わば戦いなのだ。
無視には無視を、と決めた青田淳との。
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深く息を吐きながら、痛みを冷静に分析する。
一旦外出る?いや‥この感じはすぐ治まりそうだけど‥
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小刻みに震えながらも、雪はひたすら痛みと格闘した。
椅子六つ分隔てた席に座る彼は、相変わらず本のページを捲っている。
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気づかれたくない。出来るだけ凛として座っていたい。
雪は青い顔をしながらも、一言も漏らさず痛みに耐える。
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深呼吸。
痛みを遠くに逃すイメージで。
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パラッ、とまたページが捲られる。
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時間は刻々と過ぎて行った。
雪は手で腹部を押さえながら、背凭れに深く凭れ掛かる。
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徐々に徐々に、痛みが引いて行く。
遠くから、喧騒が近づいて来る気配がする。
ん‥
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あーもう‥痛みよ、どこかへ行ってくれよ‥。
あ‥でもそろそろ良くなりそうな気が‥
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そして潮が引くように、やがて痛みは去って行った。
ふぅ、と深く息をつく。
もう大丈夫かな‥
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腹痛が去った安堵に浸り、その時雪は目を閉じていた。
だから全く気が付かなかったのだ。
彼の手が、あと少しで自分の肩に触れる所にあることなど。
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自分のすぐ傍に人の気配を感じた雪は、目を見開いて顔を上げた。
弾かれるように、身体が飛ぶ。
「ひいいぃぃぃぃっ!!!」
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ガタァァン!
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イヤホンが外れ、椅子が傾き、大きな音を立てて雪は転んだ。
仰向けに引っくり返りながら、ただあんぐりと口を開ける。
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一体何が起こったのか。
倒れても尚、雪には今の状況が掴めなかった。
気がつけば、仰向けに寝っ転がっている。視線の先には真っ白な天井がある。
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雪は両肘を地面に付きながら、真っ青になって身を起こした。
「ナッ?!ナッ?!なっ‥?!?!」
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視線の先に居る青田淳は、そんな雪の姿を前にして目を見開いていた。
触れてもいないのに、椅子から転げ落ちた彼女。
まるで恐ろしいものにでも遭遇したかのような、その過剰な反応‥。
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雪は未だ動揺を隠せないままだ。
「なっ‥なにっ‥」
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立ち上がるのも忘れ、そのままの姿勢で雪は聞いた。
彼女を見下ろしながら、淳が口を開く。
「あ‥」
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しかし、淳のその言葉の先を聞くことは出来なかった。
次の瞬間教室のドアが開き、経営学科の学生達がワイワイと中に入って来たのだ。
「こんにちはー」
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そして皆一様に、床に倒れている雪を見て声を上げた。
「ええっ?!」
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その意味不明な構図に、皆ビックリである。
聡美と太一がすかさず駆け寄り、学科生達はヒソヒソと話し出す。
「赤山先輩?」「大丈夫ですか?」「何だぁ?何かあったん?」
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未だ放心状態の雪を、聡美と太一が抱き上げて起こした。二人共目を丸くしている。
「雪?!どうしたの?!何かあった?!」「え?あ‥」「大丈夫デスか?!」
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青田淳は、雪に代わって先程の状況を説明し始めた。
「あ‥もしかして眩しいのかと思って、ブラインドを閉めようか聞こうとしたんだ。
突然話し掛けたから、驚かせちゃったみたいだね」
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雪は顔を上げられぬまま、目線だけ上に上げて彼を見た。
聡美が淳の説明を聞き、思わずププッと笑う。
「なによ雪!驚いただけ?
イヤホンしてたから気付かなかったんじゃないのぉ?」
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淳の説明や聡美の反応で幾分雰囲気は和らいだが、
雪は依然として固まったままだ。淳はそんな雪に近付き、彼女の手を取った。
「大丈夫?いきなり話し掛けてごめんな」
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彼が触れた箇所が、まるで金縛りにあったかのように固くなる。
雪は強張った表情のまま、目の前の淳に視線を送った。
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その言葉は、その気遣いは、虚飾か、それとも真実か。
彼の瞳の中に答えを探そうとしても、一向に見えてこなかった。
雪は目を見開きながら、探るような視線を彼に送る。
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やがて雪は彼から顔を背け、掴まれていた腕をぞんざいに払った。
小さく「あ、はい」と言ってはいるものの、先輩に対する態度には不相応だ。
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そんな雪を見て、太一は淳に「大丈夫みたいスよ」と言い、
聡美は、雪と淳を交互に見ながら彼女をフォローする。
「この子ってば気まずくってこんな反応なんですよ!
も~!恥ずかしがっちゃってぇ!」
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淳はその時、振り払われた手をじっと見つめていた。
しかし雪はそんな彼の反応には気が付かず、両手で顔を覆いながら苛立ちを募らせる。
どうしていきなり心配するフリなんかすんのよ!
アンタいつから私のことなんて気遣うようになったっての?!また私だけ空回って‥くっ‥!
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靄が掛かっていく雪の心情とは関係なしに、教室の雰囲気はガヤガヤと騒がしくなり始めた。
雪の元を離れる前に、もう一度淳は謝罪の言葉を口にする。
「本当にごめんな?
後でまた痛くなったら、絶対言ってね?」
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彼の言う”痛くなったら”の中に、腹痛が含まれているか否かは分からない。
胸の中に、苦々しい気持ちが広がって行く。
雪は彼と視線を合わせられぬまま、気まずい表情を浮かべて立ち尽くした。
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周りでは皆がブラインドを開けたり椅子を集めたりと、既に話し合いの準備に取り掛かっていた。
先程の雪と淳のことになど、誰も気に留めていない。
そして雪はバツの悪い気持ちを抱えたまま、学祭準備の話し合いが始まったのだった。
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<雪と淳>転倒 でした。
さすがお化け淳‥。気配の無い動きをさせたら右に出る者なしですね‥(^^;)
しかしこの回は色々な疑問が浮かびます。
例えば‥
淳が雪に話し掛けに行ったのは、皆が教室に入るタイミングを見計らってのものなのか?
転倒した雪に何と声を掛けるつもりだったのか?
「眩しいと思って‥」云々は、腹痛に苦しんでいるのに気づいていたけれど、
皆にそれを言っては雪が傷つくと思って嘘をついたのか?
‥これは雪ちゃんでなくても考えこんでしまいそう
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学祭準備、まだまだ続きます。
次回は<雪と淳 手引き>です。
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でもですよ、皆に見られるタイミングで話し掛けなければ、二人きりの教室でどうしてそんなに離れて座ってるんだって誰かから突っ込みが入るかもしれませんよ。
皆が教室に近づいて来る気配を淳が感じないわけないですし、それを見越して話しかけようとしたんだとしたら‥とも考えられなくもないですよ‥?(長い)
でも私としてはCitTさんに同意です。(どっちやねん)
どんぐりさん
おお‥生粋の淳派‥!
雪が倒れた後の淳の表情、本当にびっくりしてましたもんね。
あれは本心だと思います。
雪に敵意を持っている時の淳だったら、あの口角を歪めた笑みをしていたでしょうしね‥
それにしてもこういう雪ちゃんの態度って、先輩を意識してますっていう心境が丸見えだと思うんですが・・・。
雪ちゃんが先輩にモーションかけていると、かつて和美が思ったのも、もっともだと思う・・・。
うーん、それは違うと思います。
そもそも雪ちゃんに話しかけるとこ
皆に見せる必要がありません。
ペン拾いの時から雪ちゃんへの態度が
攻撃から好意に移ってるんじゃないでしょうか。