「よぉ!天然パーマ!」
塾にて雪と顔を合わせるや否や、亮はニヤニヤしながらそう言った。
雪は足早に彼の前を通り過ぎるが、亮は楽しくて仕方がないようだ。
「おっ?!今日も太くて良い髪だなぁ~?オレが無知なばかりに天然パーマとは知らず‥。
二日酔いは大丈夫か~?」
授業が始まるからと言ってそそくさとその場を後にする雪の後ろで、亮が腹を抱えて笑っている。
雪は振り返りはしなかったが、バカウケしている姿が容易に想像出来るほどの笑い声であった‥。
教室に着いてからも、雪の気分は最悪だった。
もうこのまま塾を辞めてしまおうかしらんと頭を抱える。
ガヤガヤと学生たちの談笑の声が響く教室を、雪はふと見回してみた。
その中に近藤みゆきの姿は無い。
みゆきは度々遅刻をするのだが、すると隣の席にも座れず話をすることも出来ない。
雪は彼女と徐々に疎遠になっていくような気がしていた。
遅れるなら連絡くれればいいのに‥。みゆきちゃんにとって私はその程度の仲なのかな。
所詮、塾でだけの友達なのかな‥
残念、とも寂しい、ともつかない気持ちが、雪の心の中に浮遊していた。
ざわついている教室内にそれは浮かんで、授業が始まってもそれは心の片隅に揺蕩い続けた。
一方亮は休憩室にて、講師たちのお茶を淹れていた(ティーバッグを入れているだけだが‥)
頭の中はこれからの計画についてだった。少し難しい顔で思案する。
月末だし、そろそろ辞めるって話してみっか‥。
とりあえずの計画としては、都心からは外れるが暮らすには利便性の良い地域に移動するか、
それか最初からもう都内を出て地方へ高飛びするか‥。亮はまだ決めかねていた。
そんな彼の頭の中などつゆ知らず、後ろで呑気に談笑していた男子学生の一人が亮に話しかけた。
「てかトーマスってかなりモテるっしょ?違う?」
その質問に、まんざらでもない様子の亮が答える。
「まぁ、昔からモテなくはねーな」
亮の返答に男子学生達はケラケラと笑いながら、トーマスについて会話を続けた。
「ガタイもいいし、喧嘩とかも強いんじゃない?」
「腕筋パネー!ふっ飛ばされそ」
「結構やんちゃしてきたっしょ?」
そんな彼らの軽い調子の会話に、亮は低いトーンで答えた。拳をバキバキと鳴らす。
「おうよ。まぁお遊び程度だけどな‥」
クククク、と笑う亮は不気味で恐ろしい‥。
その不敵な後ろ姿に、男子学生達は幾分ビビって口を噤んだ。
どこに行っても注目の的だぜと、得意げな亮が星を飛ばす‥。
授業合間の休憩時間がそろそろ終わろうとしているが、雪はトイレに急いだ。
すると女子学生二人がブツブツ文句を言いながら、トイレから出てくる所に出くわした。
「あのトイレ入ってる子全然出て来ないんだけど!泣くなら別のとこ行けっての!ムカつくわぁ」
女の子二人はプリプリと怒って行ってしまった。
雪が恐る恐るトイレに近づくと、確かに誰かがすすり泣いている声が聴こえる。
このまま無視して去ろうかとも考えたが、やはり良心の咎があった。
ノックをしようとドアの前まで行った時、中から聞き覚えのある声がした。
「入ってますぅ‥」
近藤みゆきの声である。
雪は慌てて「泣いてるの?どうかした?」と声を掛けるが、みゆきは出て来ない。
しゃくり上げながらの、小さな声がドアの向こうから聞こえる。
「あたし、しんどいよ‥。あんたもそうでしょ?分かるでしょ?この気持ち‥」
雪は最初どういうことか分からなかったので、頭に疑問符を浮かべるだけで返答しなかった。
するとみゆきは小さな声で、弱くなった心の内を吐露し始めた。
「悪口言われても大丈夫だって、へっちゃらだって思って強がって来たけど、やっぱしんどいよ‥。
あたしが何したって誰と付き合ったって、他人に何の関係があるっていうのよ‥」
また誰かから悪口を言われたのだろう、とみゆきの話から雪は推測してみるが、
どういう言葉を掛けて良いものか分からなかった。
雪が何と言おうか考えていると、「こんなこと話したって‥」と声がしたかと思うといきなりドアが開いた。
そして出て来たのは泣きすぎでマスカラが落ち、顔面黒くなってしまった彼女だった。
みゆきは顔を掌で拭い、しゃくり上げながらこう言った。
「嫌な気分にさせちゃってごめんね。あたしだけが大変なわけじゃないのに」
雪はみゆきの顔を見ながら、優しくこう返した。
「ううん、私は別に大丈夫だよ。辛いことも話してくれて構わないし」
雪の言葉を聞いて、みゆきはふと眉を寄せ、やがてこう聞いた。
「大丈夫なの‥?」
みゆきから見た雪は、まるで何も気にしていないようだった。
雪はみゆきに「みゆきちゃんこそ大丈夫?顔洗ってから一緒に行こう」と彼女を促す。
しかし彼女は首を横に振ると、一人トイレから出て行った。
「ううん、あたし今日はもう帰るね。一人でいたいの‥」
走り去っていくみゆきの後ろ姿を見ながら、雪はどこか呆気に取られた気分だった。
?? 行っちゃった‥
何か怒らせたことを言ってしまっただろうか、と自らの発言を反芻してみるが、よく分からなかった。
雪は洗い場で手を洗いながら、ぼんやりと鏡を見て考える。
やっぱり傷つかないわけないよね‥。どうしてみんな聞こえよがしに悪口言うんだろう。
本心でも心の中にしまっておくべきでしょ
鏡の中の自分の顔は、どこか困ったような表情をしている。
みゆきを傷つける人々も問題だが、それだけに原因があるわけではないことに気づいているからだった。
でもみゆきちゃんもなぁ‥。泣くくらいなら塾だけでも普通の服着てくればいいのに。私でさえ目のやり場に困ることあるし‥。
そう思ったところで、雪はハッと我に返った。
私すごいヒドイこと考えてる‥
雪は肩をすくめた後、鏡をじっと見つめてみた。
どう食い止めても止まらない、人の心と時の流れを感じながら。
それでも、夏休みも塾ももう終わりだ‥
そう考えてみると、普段の生活もどこか貴重な日々に思えてくる。
翌日事務所にて仕事をしながら、雪は色々振り返っていた。
もう事務所でのアルバイトも終わりだ。
今年は課外活動とかカフェでのバイトをしなくても、比較的涼しいところに座りながら、
余裕を持って仕事に取り組めた
雪は例年の夏休みの自分に思いを馳せた。
炎天下を走り回ったり肉体労働をしたり、やる気のない生徒の家庭教師をしたり‥。
今年とは比べ物にならないくらい大変な夏が、いくつもあった。
とにかく先輩のおかげだ‥
ゴタゴタも色々とあったが、結果論から言えばそういうことだった。
ただやはり気になることは残っていて、雪は横目で遠藤の方を窺った。
あれ以来パッタリと、遠藤からの嫌がらせは止んだ。いつも苛ついているようなその雰囲気も変わった。
心の中にわだかまりを残しつつ、夏は終わっていく。
空には相変らず太陽が煌めき、痛いほどの日差しがジリジリと照りつけてくるけれど、
息苦しいほどの蒸し暑さは少しずつ柔らかくなっていく。
夏休みも、もう本当にあと残り僅かだ
カレンダーの残り日数もあと少し。
けじめつけなくちゃな‥
雪は晩夏にそう思いを巡らせた。
仕事が終わったら、彼との約束が待っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<季節の終わり>でした。
みゆきちゃんマスカラどれだけつけてるの‥(^^;)以前聡美も泣いた時黒い涙になってましたが、
韓国ではこれがスタンダードですか?!日本のマンガではこういう描写はないような‥文化でしょうか‥?
そして少しずつみゆきと雪の間に溝が出来始めましたね。こういう少しずつ動いていく不和を描くの、作者さん本当うまいなぁ‥と溜息出ちゃいます。
さて次回は‥<伝える>です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!
塾にて雪と顔を合わせるや否や、亮はニヤニヤしながらそう言った。
雪は足早に彼の前を通り過ぎるが、亮は楽しくて仕方がないようだ。
「おっ?!今日も太くて良い髪だなぁ~?オレが無知なばかりに天然パーマとは知らず‥。
二日酔いは大丈夫か~?」
授業が始まるからと言ってそそくさとその場を後にする雪の後ろで、亮が腹を抱えて笑っている。
雪は振り返りはしなかったが、バカウケしている姿が容易に想像出来るほどの笑い声であった‥。
教室に着いてからも、雪の気分は最悪だった。
もうこのまま塾を辞めてしまおうかしらんと頭を抱える。
ガヤガヤと学生たちの談笑の声が響く教室を、雪はふと見回してみた。
その中に近藤みゆきの姿は無い。
みゆきは度々遅刻をするのだが、すると隣の席にも座れず話をすることも出来ない。
雪は彼女と徐々に疎遠になっていくような気がしていた。
遅れるなら連絡くれればいいのに‥。みゆきちゃんにとって私はその程度の仲なのかな。
所詮、塾でだけの友達なのかな‥
残念、とも寂しい、ともつかない気持ちが、雪の心の中に浮遊していた。
ざわついている教室内にそれは浮かんで、授業が始まってもそれは心の片隅に揺蕩い続けた。
一方亮は休憩室にて、講師たちのお茶を淹れていた(ティーバッグを入れているだけだが‥)
頭の中はこれからの計画についてだった。少し難しい顔で思案する。
月末だし、そろそろ辞めるって話してみっか‥。
とりあえずの計画としては、都心からは外れるが暮らすには利便性の良い地域に移動するか、
それか最初からもう都内を出て地方へ高飛びするか‥。亮はまだ決めかねていた。
そんな彼の頭の中などつゆ知らず、後ろで呑気に談笑していた男子学生の一人が亮に話しかけた。
「てかトーマスってかなりモテるっしょ?違う?」
その質問に、まんざらでもない様子の亮が答える。
「まぁ、昔からモテなくはねーな」
亮の返答に男子学生達はケラケラと笑いながら、トーマスについて会話を続けた。
「ガタイもいいし、喧嘩とかも強いんじゃない?」
「腕筋パネー!ふっ飛ばされそ」
「結構やんちゃしてきたっしょ?」
そんな彼らの軽い調子の会話に、亮は低いトーンで答えた。拳をバキバキと鳴らす。
「おうよ。まぁお遊び程度だけどな‥」
クククク、と笑う亮は不気味で恐ろしい‥。
その不敵な後ろ姿に、男子学生達は幾分ビビって口を噤んだ。
どこに行っても注目の的だぜと、得意げな亮が星を飛ばす‥。
授業合間の休憩時間がそろそろ終わろうとしているが、雪はトイレに急いだ。
すると女子学生二人がブツブツ文句を言いながら、トイレから出てくる所に出くわした。
「あのトイレ入ってる子全然出て来ないんだけど!泣くなら別のとこ行けっての!ムカつくわぁ」
女の子二人はプリプリと怒って行ってしまった。
雪が恐る恐るトイレに近づくと、確かに誰かがすすり泣いている声が聴こえる。
このまま無視して去ろうかとも考えたが、やはり良心の咎があった。
ノックをしようとドアの前まで行った時、中から聞き覚えのある声がした。
「入ってますぅ‥」
近藤みゆきの声である。
雪は慌てて「泣いてるの?どうかした?」と声を掛けるが、みゆきは出て来ない。
しゃくり上げながらの、小さな声がドアの向こうから聞こえる。
「あたし、しんどいよ‥。あんたもそうでしょ?分かるでしょ?この気持ち‥」
雪は最初どういうことか分からなかったので、頭に疑問符を浮かべるだけで返答しなかった。
するとみゆきは小さな声で、弱くなった心の内を吐露し始めた。
「悪口言われても大丈夫だって、へっちゃらだって思って強がって来たけど、やっぱしんどいよ‥。
あたしが何したって誰と付き合ったって、他人に何の関係があるっていうのよ‥」
また誰かから悪口を言われたのだろう、とみゆきの話から雪は推測してみるが、
どういう言葉を掛けて良いものか分からなかった。
雪が何と言おうか考えていると、「こんなこと話したって‥」と声がしたかと思うといきなりドアが開いた。
そして出て来たのは泣きすぎでマスカラが落ち、顔面黒くなってしまった彼女だった。
みゆきは顔を掌で拭い、しゃくり上げながらこう言った。
「嫌な気分にさせちゃってごめんね。あたしだけが大変なわけじゃないのに」
雪はみゆきの顔を見ながら、優しくこう返した。
「ううん、私は別に大丈夫だよ。辛いことも話してくれて構わないし」
雪の言葉を聞いて、みゆきはふと眉を寄せ、やがてこう聞いた。
「大丈夫なの‥?」
みゆきから見た雪は、まるで何も気にしていないようだった。
雪はみゆきに「みゆきちゃんこそ大丈夫?顔洗ってから一緒に行こう」と彼女を促す。
しかし彼女は首を横に振ると、一人トイレから出て行った。
「ううん、あたし今日はもう帰るね。一人でいたいの‥」
走り去っていくみゆきの後ろ姿を見ながら、雪はどこか呆気に取られた気分だった。
?? 行っちゃった‥
何か怒らせたことを言ってしまっただろうか、と自らの発言を反芻してみるが、よく分からなかった。
雪は洗い場で手を洗いながら、ぼんやりと鏡を見て考える。
やっぱり傷つかないわけないよね‥。どうしてみんな聞こえよがしに悪口言うんだろう。
本心でも心の中にしまっておくべきでしょ
鏡の中の自分の顔は、どこか困ったような表情をしている。
みゆきを傷つける人々も問題だが、それだけに原因があるわけではないことに気づいているからだった。
でもみゆきちゃんもなぁ‥。泣くくらいなら塾だけでも普通の服着てくればいいのに。私でさえ目のやり場に困ることあるし‥。
そう思ったところで、雪はハッと我に返った。
私すごいヒドイこと考えてる‥
雪は肩をすくめた後、鏡をじっと見つめてみた。
どう食い止めても止まらない、人の心と時の流れを感じながら。
それでも、夏休みも塾ももう終わりだ‥
そう考えてみると、普段の生活もどこか貴重な日々に思えてくる。
翌日事務所にて仕事をしながら、雪は色々振り返っていた。
もう事務所でのアルバイトも終わりだ。
今年は課外活動とかカフェでのバイトをしなくても、比較的涼しいところに座りながら、
余裕を持って仕事に取り組めた
雪は例年の夏休みの自分に思いを馳せた。
炎天下を走り回ったり肉体労働をしたり、やる気のない生徒の家庭教師をしたり‥。
今年とは比べ物にならないくらい大変な夏が、いくつもあった。
とにかく先輩のおかげだ‥
ゴタゴタも色々とあったが、結果論から言えばそういうことだった。
ただやはり気になることは残っていて、雪は横目で遠藤の方を窺った。
あれ以来パッタリと、遠藤からの嫌がらせは止んだ。いつも苛ついているようなその雰囲気も変わった。
心の中にわだかまりを残しつつ、夏は終わっていく。
空には相変らず太陽が煌めき、痛いほどの日差しがジリジリと照りつけてくるけれど、
息苦しいほどの蒸し暑さは少しずつ柔らかくなっていく。
夏休みも、もう本当にあと残り僅かだ
カレンダーの残り日数もあと少し。
けじめつけなくちゃな‥
雪は晩夏にそう思いを巡らせた。
仕事が終わったら、彼との約束が待っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<季節の終わり>でした。
みゆきちゃんマスカラどれだけつけてるの‥(^^;)以前聡美も泣いた時黒い涙になってましたが、
韓国ではこれがスタンダードですか?!日本のマンガではこういう描写はないような‥文化でしょうか‥?
そして少しずつみゆきと雪の間に溝が出来始めましたね。こういう少しずつ動いていく不和を描くの、作者さん本当うまいなぁ‥と溜息出ちゃいます。
さて次回は‥<伝える>です。
人気ブログランキングに参加しました
人気ブログランキングへ
引き続きキャラ人気投票も行っています~!
講師陣うらやましい。
前から思ってましたが、ピアノ弾きのくせにしょっちゅう殴りあいのケンカしてたなんてとんでもないやつだ!
大事なコンクールの前に指を怪我でもしたらどーすんだ!w
んーでもそんな彼だからこそ、どこか危うくて刹那的で、人の心をとらえるプレイができたのでしょうかね~。リアル亮プレイ、聴いてみたいものだ…。
関係ないけど雪ちゃんがカテキョーしてた生徒、亮みたい。
きっと頼めば亮がティーバッグでお茶淹れてくれますよ!