こんばんはー!!
はいはい、レッスンのことなんですけども、、、
私が、「これとこれをやりなさい」
と計画的にできる先生であれば良かったのですが、
そんな計画的な女なら、多分学校の先生になったと思います。ハイ、100% ね。
ところがさ、計画が不能なのですよ。その時その時は分かるのだがね、しくしく。
なので、「どんな風に、何を考えて、どういうことを」練習するのかを考えられる子にしたいのだよぉ。
言われたモノをただこなすだけじゃなく、レッスンの中でやったことのポイントを掴んで、自分のモノにする、っていうね。
でも、ついつい「パターン」を聞いてしまうって子の場合、
そのパターン自体は吹けるじゃん?
でも、「どう吹けるようになるか」「どんなところが大事か」ってのが、ポイントなんだけど、
きっとそれがスコトーマってやつなのか、それとも「知ってる」って脳が判断してしまって、本当に細かくは観察せずに「あー、それね」ってな感じでしか受け取れないとかね。
それが「知ってること」あるいは、「全く知らないこと過ぎて、認識不能」のモノを何とか認識できるようにする、、、、
ってことが、レッスンでは大事なんだろうなと思う。
それが、なかなか難しいぞぉー。
でも、そこが掴めれば、自分で「じゃー、この曲を使って、そのポイントを体得できるように練習しよう!」とかできるじゃん?!
と、、、思っちまうのだけれど、
でも、本当は「この教本のここを、これに気をつけてやって来なさい」と言ってやれば良いのだろうな。
ん??それも出してますよね??(笑)
もっとハッキリとポイントを示してやらねばね。
何となーく曲を吹けるように練習してきちゃうから、またレッスンの中で、そのポイントを伝えるだけで時間たんまりかかっちゃったりしてね、、、
なんかもっとサササっとできるようにしてやりたいのだけど。
「こうなってればいい」
「こう吹きたい」
ってのよりも、ついつい「これじゃダメ!」「もっと綺麗に!」「もっとちゃんと」「ここに力が入ってる!」みたいに、それはホントにダメなのか?どうなってりゃいいのか?何を練習してるのか?っていうのがすっ飛ばされて、単に、
「ダメなとこ」
と、
「もっとちゃんと」
みたいな恐ろしく漠然としていて、どうなってりゃいいのか、どうなっちりゃちゃんとしてるってことになるのか、「歌ってみて?」っていっても全く想像できない&もちろん歌ってみれない何か、を目指しても、
果たしてそれができたのか、全く評価不能。
自分で、あ!これでいいじゃん??とか、
その完成予想図との差とかを冷静に観察できないと、
単に「ダメダメ!!」と思ってやってたら、虱潰しに練習するとして、いったい何百年あれば終わるの?ってことに。
それよりも、
なりたい未来の方から、こちらに向かって梯子をかけるというか、
こうなりたい!!それならこうやってみよう!!
をやらないと、ホントにいつまでもグルグルしてしまう。
あー、それ、私も当てはまるな。もっと「こう吹くぞー!!」をわくわくクリエイティブに。
で、それができるためには何が必要かを持ってくる。
技術、音楽性、ソルフェージュ能力、、、、いろいろ総動員!!
そして、なにより目標になる音楽や音をたくさん耳が知ってること。
知らないモノは認知できないからね。
あるいは、知ってるよ、、、といって片付けない。何か大事なポイントはないか?を冷静に観察すること、
その両方がいる。
あー、それに気付かせてあげるような先生になりたいぞー!!
頑張らにゃー。それには私にも技術と知識と実力と胆力と忍耐力がいる!!
うおー!頑張ろうー!!
それではまた明日ー!
はいはい、レッスンのことなんですけども、、、
私が、「これとこれをやりなさい」
と計画的にできる先生であれば良かったのですが、
そんな計画的な女なら、多分学校の先生になったと思います。ハイ、100% ね。
ところがさ、計画が不能なのですよ。その時その時は分かるのだがね、しくしく。
なので、「どんな風に、何を考えて、どういうことを」練習するのかを考えられる子にしたいのだよぉ。
言われたモノをただこなすだけじゃなく、レッスンの中でやったことのポイントを掴んで、自分のモノにする、っていうね。
でも、ついつい「パターン」を聞いてしまうって子の場合、
そのパターン自体は吹けるじゃん?
でも、「どう吹けるようになるか」「どんなところが大事か」ってのが、ポイントなんだけど、
きっとそれがスコトーマってやつなのか、それとも「知ってる」って脳が判断してしまって、本当に細かくは観察せずに「あー、それね」ってな感じでしか受け取れないとかね。
それが「知ってること」あるいは、「全く知らないこと過ぎて、認識不能」のモノを何とか認識できるようにする、、、、
ってことが、レッスンでは大事なんだろうなと思う。
それが、なかなか難しいぞぉー。
でも、そこが掴めれば、自分で「じゃー、この曲を使って、そのポイントを体得できるように練習しよう!」とかできるじゃん?!
と、、、思っちまうのだけれど、
でも、本当は「この教本のここを、これに気をつけてやって来なさい」と言ってやれば良いのだろうな。
ん??それも出してますよね??(笑)
もっとハッキリとポイントを示してやらねばね。
何となーく曲を吹けるように練習してきちゃうから、またレッスンの中で、そのポイントを伝えるだけで時間たんまりかかっちゃったりしてね、、、
なんかもっとサササっとできるようにしてやりたいのだけど。
「こうなってればいい」
「こう吹きたい」
ってのよりも、ついつい「これじゃダメ!」「もっと綺麗に!」「もっとちゃんと」「ここに力が入ってる!」みたいに、それはホントにダメなのか?どうなってりゃいいのか?何を練習してるのか?っていうのがすっ飛ばされて、単に、
「ダメなとこ」
と、
「もっとちゃんと」
みたいな恐ろしく漠然としていて、どうなってりゃいいのか、どうなっちりゃちゃんとしてるってことになるのか、「歌ってみて?」っていっても全く想像できない&もちろん歌ってみれない何か、を目指しても、
果たしてそれができたのか、全く評価不能。
自分で、あ!これでいいじゃん??とか、
その完成予想図との差とかを冷静に観察できないと、
単に「ダメダメ!!」と思ってやってたら、虱潰しに練習するとして、いったい何百年あれば終わるの?ってことに。
それよりも、
なりたい未来の方から、こちらに向かって梯子をかけるというか、
こうなりたい!!それならこうやってみよう!!
をやらないと、ホントにいつまでもグルグルしてしまう。
あー、それ、私も当てはまるな。もっと「こう吹くぞー!!」をわくわくクリエイティブに。
で、それができるためには何が必要かを持ってくる。
技術、音楽性、ソルフェージュ能力、、、、いろいろ総動員!!
そして、なにより目標になる音楽や音をたくさん耳が知ってること。
知らないモノは認知できないからね。
あるいは、知ってるよ、、、といって片付けない。何か大事なポイントはないか?を冷静に観察すること、
その両方がいる。
あー、それに気付かせてあげるような先生になりたいぞー!!
頑張らにゃー。それには私にも技術と知識と実力と胆力と忍耐力がいる!!
うおー!頑張ろうー!!
それではまた明日ー!