(「街道を行く」 司馬遼太郎) 2009.11.29
今日からNHKで、これから3年にわたるドラマ「坂の上の雲」
の放送がスタートしました。
正直、楽しみにしているテレビドラマのひとつです。
司馬遼太郎(先生)は、子供時代この葛城市の母親の実家に
里子として預けられたというのは、地元ではかなり知られていて、
その家は、日本最初の聖徳太子が行き来した街道(竹之内街道)
沿いにあり、それが、先々エッセイ「街道を行く」を書く契機に
なったと聞いたことがあります。
昨年秋、東大阪の司馬遼太郎記念館に行きましたが、その
とてつもなく膨大な書籍・資料の量に驚かされたものでした。
坂本龍馬って今なら、ほとんど誰もが知っていますが、もし
司馬遼太郎が歴史にうずもれていた彼に光を当てていなかったら、
今皆が持つ「坂本龍馬」のイメージは存在していないはずです。
「竜馬が行く」とあえて龍を竜の字に変え使ったのは、
「司馬遼太郎が解釈する坂本龍馬」の気持ちの表れだったのかも
しれません。
幕末~明治にスポットを当てていることが多い司馬遼太郎の歴史小説、
今は失われて、新鮮かつダイナミックに思える明治の息吹(エネルギー)を
存分に味わいたいと思います。
司馬遼太郎も松本清張も私にとっては、とても思いもよらないところに
光を当て、導きを感じる一隅を照らす「照一隅(ショウイチグウ)」の輝きを
持った巨星なんです。
朝から酒の箱に書いてあった「照一隅」が、気になっている今日の私
なのでありました。
(寅)
今日からNHKで、これから3年にわたるドラマ「坂の上の雲」
の放送がスタートしました。
正直、楽しみにしているテレビドラマのひとつです。
司馬遼太郎(先生)は、子供時代この葛城市の母親の実家に
里子として預けられたというのは、地元ではかなり知られていて、
その家は、日本最初の聖徳太子が行き来した街道(竹之内街道)
沿いにあり、それが、先々エッセイ「街道を行く」を書く契機に
なったと聞いたことがあります。
昨年秋、東大阪の司馬遼太郎記念館に行きましたが、その
とてつもなく膨大な書籍・資料の量に驚かされたものでした。
坂本龍馬って今なら、ほとんど誰もが知っていますが、もし
司馬遼太郎が歴史にうずもれていた彼に光を当てていなかったら、
今皆が持つ「坂本龍馬」のイメージは存在していないはずです。
「竜馬が行く」とあえて龍を竜の字に変え使ったのは、
「司馬遼太郎が解釈する坂本龍馬」の気持ちの表れだったのかも
しれません。
幕末~明治にスポットを当てていることが多い司馬遼太郎の歴史小説、
今は失われて、新鮮かつダイナミックに思える明治の息吹(エネルギー)を
存分に味わいたいと思います。
司馬遼太郎も松本清張も私にとっては、とても思いもよらないところに
光を当て、導きを感じる一隅を照らす「照一隅(ショウイチグウ)」の輝きを
持った巨星なんです。
朝から酒の箱に書いてあった「照一隅」が、気になっている今日の私
なのでありました。
(寅)