「志」の英語教育

英語教育実践について日々の雑感を語ります。

小学校英語に思う

2009-08-26 17:30:46 | その他
先週末は都内某所で行われた英語教育関係者のとある会合に参加した。参加者の勤務校は小学校から大学までの多岐に渡り、非常に有意義な時間が過ごせた。

その中でも特によかったのは小学校英語教育に携われる方からの実践報告が聞けたことだ。この件については、これまで関わりが薄かったので自分なりの見方や意見をはっきりと表明することを避けていたのだ。

結論から言えば、行政側の見切り発車+他人任せ。口は出すが金は出さないという最悪の状況であるようだ。現場の先生方の戸惑い具合が実によく伝わってきた。

しかしながら、それでもLife goes onというわけで、現場では真摯で前向きな試行錯誤がなされている。そのような流れの中で大まかに二つの方向性.が見えてきた。

一つは、「英語活動」に意義や意味を付加することにより動機付けを高めること。例えば、英語を用いて「ホットケーキを焼いてみる」のではなく「ナンを焼いてみる」など。今までに体験したことがないことを英語で行うから、英語を使うことに意味が生まれるのだ。

どれだけ工夫してもフォニックスやパターンプラクティスを繰り返すだけでは子供は飽きてしまう。陳腐な言い方だが、英語「を」学ぶのではなく英語「で」学ぶことにより、英語を学ばせようというわけだ。

この方法のネックは指導者に大きな負担を強いること。この方向の指導を1年分もスクラッチビルドで作り上げるのは英語に堪能な指導者でも至難の業だろう。

もう一つは、国語教育、社会科教育の延長としての小学校英語。最近よく言われる「ことばへの気づき」を柱にした手法である。

例えば、外来語を児童に集めさせ、それらがもともとはどこの国の言葉か調べさせる。英語に由来する外来語であれば、オリジナルの英語と発音や意味の違いを比べ、その差に注目させる。例えば、スマートとsmart、カンニングとcunningなどだ。

この手法では指導に日本語が(も)使われる。指導者に過度の負担を強要しない現実的なものだといえるだろう。もっとも、文科省側からすれば望ましくはないのだろうが。

いずれにしても絶対に忘れてはならないことは、小学校英語には英語嫌いを増やし、学力格差を広げるリスクが付きまとうということである。無理に知識を付けさせようとすれば必ず逆効果になってしまうだろう。

時を同じくして、お隣の埼玉では上記2手法のおそらく中心に居られる菅、大津両先生の激突フォーラムがあった模様。このお二方、実は仲良しだという噂を耳にしたりすると複雑な思いである。

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発音問題とフォニックス(筆記による発音問題は受験生の発音改善につながるか)

2009-08-13 17:22:58 | テスト
ご存知の通り、「語」の発音問題は平成19年に久々に復活し今春まで続いている。その年の問題の中でこの(程度の)問題の正解率が1割に満たなかったのである。

1) abroad 2) approach 3) coast 4) throat

oa の発音(とその例外)は発音とつづりの規則の中でも最も重要で覚えやすいものの一つだ。今年の受験生であればおそらく半分以上は正解できたはずだ。平成19年にこの問題の正解率が低かったのは、受験生が全く発音問題の対策をしていなかったからだ。

これ以降、発音問題は「出る」のが前提になり、全国の高校では再びつづりと発音の関係についてしっかり対策がされるようになり、発音(問題)に対する受験生の意識も上がったのだ。

めでたし、めでたし。  ・・・という結論で本当によいのだろうかという話である。

ここで見落とされがちなのは、「特別な対策を施さなければ、abroadのoaと他のoaの音の違いに日本人学習者が気づくことはない」という事実だ。

受験生の中で、「正しく発音された」abroadを一度も聞いたことがない者はほとんどいないだろう。しかも、それを聞いた際にabroadはabroadとして認識されたはずなのである。それでもなお、abroadのoaが長母音であることに「気づくことができない」のだ。

つまり、abroadとcoastのoaの発音が違うのだという知識があることと、それぞれの語の正しい発音が分かること(聞き分けられること、さらに自分で正しく発音し分けること)とは全く別なのである。

この種の問題で行っているのは、はっきりと明示的に示されない限り区別が容易でない「音の差」を、「知識」によって擬似的に区別させているにすぎない。それが今のペーパーによる発音問題の正体であり、そこから音声指導に関するいくつかの重要なことが透けて見えてくるような気がするのである。

まずはもちろん、つづりと発音の規則の知識について指導するだけでは直接的に発音の改善につながるとは考えにくいこと。

それから、ある言語を母語とする話者が、ある外国語で使われる音を判別する際に、その難易度は「音」によって差があり一様ではないこと。(abroadのような例は実はかなり難しいのではないか? そもそも、abroadやbroadのoaのような例外をきちんと発音し分けることがコミュニケーション力の向上にどれだけ寄与するのか)

そして、単純につづりと音の規則を演繹的に教えることには問題がありそうなこと。(例えば、今回の問題を使うなら、abroad、approach、coast、throatを含む自然な文を聞かせて、その中でoaの発音がどう違うかに注意を向けさせるような指導でなければ、実用的な音声指導にはならないのではないか)

約10年前にテキサスで、韓国人の大学院生による研究発表を聞いたことがある。非常に流暢な英語であったが、observeの発音が明らかにobjerveになっていた。しかし、彼女の発表を理解するのに全く不都合はなかったし、ましてやその事実によって発表の内容が低く評価されてしまうことはありそうにない。

それでも毒まんじゅうを食わされるようなはめになってしまうなら、発音以前の問題を疑ってみる方がコミュニケーション能力のあり方からすれば正しいのではないだろうか。


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夏読書(1)?

2009-08-07 05:21:50 | 読書
私の専門書の読み方は甘い。ざっと流し読みしつつ、面白そうなところが見つかれば深く読むというスタイルをとっている。たいていの人が新聞を読むときに使う方法である。

当然のことながら、興味が涌くのは手持ちのコマとの関わりが基本になるので、一度目を通した書物も、二度、三度と読み返せば、自分の成長・変化に応じた新たな発見に結びつくこともある。

というわけで、夏休みの間に何冊かの専門書を眺めている。今回は、「英語の感覚・日本語の感覚」という基礎的な認知言語学に関する本からいくつか雑感を拾い上げてみる。

まず最初に上位語・下位語に関する専門用語の話。このブログでも「意味の上下関係」に関しては何度か触れている。
http://blog.goo.ne.jp/zenconundrum/e/b71a855aa942b3b3373d5cfe434ce5eb

この記事のタイトルは「スーパー・サブとプロトタイプ」、上位語を意味するsuper-ordinateと下位語を意味する(はずの)sub-ordinateを意識したものである。(ちなみにprototypeはそのカテゴリーの典型のこと。たとえば鳥であれば、コマドリはprototype度が高いだろうが、ペンギンやダチョウはかなりそれから離れている)

実は以前、この用語に対して当時の指導主事先生から指摘を受けたことがある。曰く、sub-ordinateが下位語の意味で使われるのは聞いたことがないと。何年か前に悉皆研修で県立広島大の馬本勉先生のワークショップに参加したときのことである。

門田先生・野呂先生の「英語リーディングの認知メカニズム」の中ではsub-ordinateが使われているので気にせず使い続けてきたが、池上先生はhyponymという言葉を使われている。また、上下関係の包摂性にもhyponomyという用語を用いられている。おそらく人によって、どちらの言葉が使われるか分かれるのだろうが、この辺のところは原書にあたる力のない私には分からないのだ。

次に、言葉の意味の変化について。たとえばdeerが昔は動物全般を指す言葉であったということは比較的よく知られていると思う。(そういえば竹岡先生も言及された)この語のように、時間と共に意味が変化する例はよくある。その変化パターンとして、一般化と特殊化、向上と堕落があげられている。

これらにはもちろん納得がいくのだが、個人的に面白いなと思うのは意味が真逆になるケースが多々見られること。日本語で言えば「すごい」などがその典型だろう。英語で言えばterrific とterrible、awesomeとawfulの例などがあげられるか。

困るのは、意味の変化が進行中で両極端の意味が共存している場合。有名なのは受験生必須のapparently。マイケル・ジャクソンがBADを歌ったときに、あれはcoolの意味だという説明もよく聞きました。自分の経験からいえばperuse。ネイティブ・スピーカーの夫婦が正しいのはどちらの意味か議論していたのが面白かった。このような意味の混乱はoverstatement、understatementといった修辞法から発生するのだろうか。

最後に、これまたよく目にするなぞなぞを本の中に見つけたのでそれを引いて締めにします。
A man and his young son were apprehended in a robbery. The father was shot during the struggle and the son, in handcuffs, was rushed to the police station. As the police pulled the struggling boy into the station, the mayor, who had been called to the scene, looked up and said, 'My God, it's my son!'.

How can this be possible?

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県進学希望者支援セミナー

2009-08-06 12:25:02 | 研修
一昨日は県の企画で、県内公立校の2年生を対象にした進学セミナーへ生徒を引率。内容は大学の先生による高校生向け講演と地元予備校による英・数・国の特別講座。私は、京都大学経済学部の八木紀一郎先生のご講演とそれにつづく高校教員との意見交換会、地元予備校の平山先生による英語の特別講座に参加。

意見交換会には理系の生徒に向けて講演をされた東京大学工学部の金子成彦先生もご参加で、東西の両横綱大学の雰囲気を知ることができた。ただ、お二人の先生方のレジュメを見て気になったのが、どちらの大学も国際化を謳い英語で授業を行う方向性について言及されていること。

お二方とも「日本語が亡びるとき」については当然ご存知だと思うので、この視点に関してご意見を伺ってみたかったが、今回は英語の教員として参加したわけでもなく時間の制約もあったので自重。しかしながら、津波の勢いとスピードは岸にいる我々が予想するより遙かに深刻なのかもしれない。

午後の英語特別講座は、展開にやや強引な面はあるものの、短時間にインパクトのある纏まった話をしなければいけないという制約の中で、とてもテンポ良く楽しいご講義であった。参加した生徒の反応もよかった。

面白いなと思ったのは、リスニングの勉強の仕方。「聴きながら読む」という活動に疑義を唱えられ、「聴いて理解できる教材」を「丸暗記してから」聴き込む学習法を勧められた。これについて、もっと深いお話が聞きたかったというのは参加した英語担当者全員の思いではないだろうか。

朝早くから夕方までの内容の濃いセミナーで参加した生徒は疲労困憊かと思いきや、結構元気いっぱいで大したものでした。


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7月の間に

2009-08-06 00:43:41 | その他
あったことを思いつくままに・・・。

テンプル大学のDistinguished Lecturer シリーズに参加。講師及び内容は以下のようなもの。

Rose Senior (University of Western Australia): Class-centered Teaching: A Framework for Understanding the Nature of Effective Language Teaching

teacher-centeredでもlearner-centeredでもない、class-centeredという教室内の対人関係力学を考えたアプローチである。英語教育に留まらず、あらゆる教育活動に当てはまるだろうと思われる授業経営論。優れた教員には教育技術的側面よりも、人間的側面に多くの共通した資質があることに気づかされる。

福岡でのテンプル大学TESOL講座は、これ以降消えてしまったようで残念な限り。今後、めぼしい講師のワークショップに参加するには大阪まで脚を伸ばす必要がありそうだ。

同時に、巷で話題の靜氏、金谷氏の本をやっと入手。衝動買いで、「英語教師のための発問テクニック」という本を購入。http://thistle.est.co.jp/tsk/detail.asp?sku=21092

それぞれに目は通したが、現時点で深くコメントするのは避ける。ただ、レッドブックじゃなかった靜本のp.26真ん中あたりは、愉快であった。全国にどれだけいるか見当もつかないこの本の読者の方々と、この愉しさが共有できないのがとても残念。

それから、7月の半ばには学校開放のどさくさに紛れて研究授業。ライティングの授業で、4コマ漫画を使った表現活動、和文英訳課題に対する誤答分析を活用したフィードバック、インテークのための各種活動の3本立て。今回は普段通りの一連の授業の流れを一時間にまとめてお示ししたのみで特に工夫はなし。

インテーク向けの活動は、一斉音読、スピード音読、Read & Look up、対面リピート、それからFlip & Write もどきのRead & Write など。こういった活動は、リーディング教材よりも基本文の定着にこそ活用すべきだというのが授業の趣旨だが、授業を見られた方々の目にはどう映ったのでしょうね。

さて、話が前後するが1本目の4コマ漫画を利用した表現活動は鳥取の福島卓也先生に教えて頂いたもの。3年生に与える課題としてはどうかという見方もあろうが、個人の力によって、どのようにでも料理できるのがいいところだ。この実践の記録用に安価なビデオカメラなども買ってしまったのだ。
http://www.sanyo-dsc.com/products/lineup/dmx_cg10/index.html


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悪い癖

2009-08-04 05:34:58 | その他
悪い癖がでて、また1ヶ月以上の放置になってしまった。
ネタがないわけではなかったが、何となく気が引けていたのだ。
8月に入り、もう一度仕切り直しのつもりでコンピュータに向かいたい。
というわけで、明日からはまた内容のある記事を書きます。

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