中日新聞より転載
キンちゃんとタロウの海(4)ー4年目の被災地から
愛犬タロウとともに、再び漁に出るようになったキンちゃんこと佐々木公哉さん(58)=岩手県田野畑村=は、やがて悪夢に苦しむようになった。震災直後、津波で流されたタロウを探し回る中で見た村の光景が、眠りの中で鮮明によみがえるのだ。
最もひどかったのは、三陸鉄道の島越駅近くにあった実家の周辺。住宅街は土台が残るだけ。通った小学校の二階建て校舎も、全壊した。駅前の広場もがれきに埋まり、回収されていない遺体があちこちにあった。家具にはさまれて息絶えていた女性は、幼なじみだった。
強烈な心的外傷後ストレス障害(PTSD)。「漁が順調だったら、乗り越えられたと思う。でも、この状態だから…」とキンちゃんは言う。
震災後の三年で震度1以上の余震が1万回を越え、海底の泥を巻き上げる。長期間沈んでいた布団の綿が水中を漂い、網に張り付く。かご網をつなぐロープが、がれきにひっかかって切れることもある。タコ、サケ、イカ、サンマ…とすべての魚種が不漁で、魚市場は閑散としている。漁船の備品や魚網などが、あちこちで盗まれるようになった。
恵みの海も、人の心も変わってしまった。漁船の改造に使った千八百万円の借金を返すめども立たない。
時間の経過とともに、被災地の報道が減り、原発再稼働、二〇二〇年東京五輪、集団的自衛権と、キンちゃんにとって納得できないニュースが続くことも胸を締め付けた。
キンちゃんは若いころ、勤めていた村役場の人間関係に悩み、アルコール依存症になった。治療を受けて十九年間断酒を続け、安定した日々を送ってきたが、それも途切れた。「スリップ」と呼ばれる現象だ。
入院して抗酒剤を服用し、PTSDに向き合うカウンセリングを受け、再び断酒。それを、この二年で三度繰り返した。
でも「隠すことが大敵」という信念を持っている。
「震災直後から、私のように心の問題を抱える人はたくさんいたけど、精神科に偏見があって、かかろうとしない。それではこじらせてしまう」
ブログで入院を報告すれば、全国の仲間から励ましの声が寄せられる。そして、退院すれば相棒のタロウが全身で喜びを表現して、迎えてくれる。一人じゃないことが、揺れる心を支えている。(続く)