中日新聞より転載
キンちゃんとタロウの海(5)ー4年目の被災地から
漁師のキンちゃんこと佐々木公哉さん(58)は=岩手県田野畑村=は6月、1週間の旅をした。
最初の目的地は甲府市。復興支援ライブに招かれ、被災地の現状を講演した。主催したのは、キンちゃんから古い漁網の提供を受け、ミサンガを作って被災地支援に役立てている女性グループ。長野や東京でも、活動が続いている。
次は東京。国会議員たちに三陸の漁師の窮状を訴え「低利の融資制度を新設してほしい」と要望した。東京の仲間たちが橋渡しをした。
そして、神奈川県横須賀市の佐島漁港を訪れ、観光客でにぎわう朝市を見学した。三陸では、漁師たちが競争をして魚を捕り合うが、結果的に安く買いたたかれてしまっている。生き残りには、付加価値づくりが欠かせないと再認識させられた。若い漁師たちの笑顔から「力をもらった」。
震災前に比べ、大きな違いは「陸上での人間関係」が豊かになったこと。気持ちの浮き沈みは続くが「視野が広がって、少しは成長できたかも」。
愛犬タロウは昨年10月、震災後初めて、リードをひきちぎって脱走した。家族全員で探し回っても、役場や警察に届けても行方が分からない。「山でクマに襲われたのかも」と、眠れぬ日が続いたが、四日後に見つかった。
12キロ離れた隣村の山小屋前で、飼われている雌犬に求愛していた。飼い主が追い払うと山へ逃げ込むが、すぐに戻ってくる。郵便配達員から「佐々木さん宅のタロウでは」と聞いた先方から連絡があった。
老境にさしかかった犬とは思えぬやんちゃぶり。キンちゃんはあきれつつも「このパワーで、津波を乗り越えたんだなー」と思う。
キンちゃんの座右の銘は「照るも曇るも自分次第」2010年の正月に亡くなった母りよさんの口癖だった。どんなにつらい状況でも、前を向くことが大切だと、天国から励まされている気持ちになる。そして、いつも天真らんまんなタロウに、青空のイメージを重ねる。
気分が沈むと、キンちゃんはタロウを抱きかかえ「これからどうするべ」と語り掛ける。
タロウは何も応えず、じっとしている。その顔を見ているだけで、キンちゃんは心が落ち着く。=おわり
(この連載は、安藤明夫が担当しました)