枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

行く年来る年

2008年12月31日 | Weblog
 今年も後数時間で終わりです。枇杷に始まり、枇杷で終わろうとしています。今年の目標は、自分の想いを発信するという一大イベント。

 ブログが開設できて、やっぱりうれしいです。曲がりなりにも、なんとか書いてこれて、しかも、思いがけず、コメントをもらえたのが感無量です。

 枇杷に関心をもってくださって、そこから始まっていけるのも、ブログのいいところでしょうか?我儘、気ままに更新しつつ、友人、知人に広がっていったことも、うれしかったよ。

 あきらめないで、いろんなことをしてたのもよかったなぁ。人生を丸投げしたい時もあったよ。ほんとうに四面楚歌だった一時期。千葉のRさんや、お友達にも助けてもらえて、とても感謝してます。

 いつも水を分けていただいているAさんは、なにくれと心をかけてくださった。自分にできることは、何もない。と思っていたけど、心をつなげていくことで、させてもらえることもあったよ。

 今仕事をしているけども、ここまでの路を、ほんとうに支えてくださったことは、お礼の言葉しかありません。これから、研修に行って、やっと一歩が始まるのです。

 近くに居ても、遠く離れていても、変わらぬ心で居続けることは、信じることのみですね。異性とか、同姓とかでなく、通わせあう気持ちがあることですね。みんな、ありがとう!

 サンタさんの、扱っていてくれる珈琲のお陰で、心がやさしくなっていくよ。いつもおいしいコーヒーをていねいに送ってくれてありがとう。誰かの役に立てるって、うれしいね。

 千葉のRさんは、細やかな心使いで、いろんなプレゼントをくださったよ。東京のMさんは、イタリアに無事、落ち着いたようですね。

 みんなが健康で居てくれれば、どんなにありがたいことかしら。家族が、友達が無事でいられることを、感謝しよう。枇杷で広がって、つながって、じんわりと効いていくことが、何よりですね。

 ここを書き始めて、読んでくださったみなさま。いろいろありがとう。4ヶ月ほどの間でしたが、たくさんの方が訪問してくれたことには、びっくりしています。ほんとうに感謝に耐えません。

 つまらない呟きに、根気佳くお付き合いいただきまして、ありがとうございました。心よりお礼を申します。

 庭の水仙が咲き始めています。清楚で立ち姿がきれいですね。
 佳いお年をお迎えください。
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枇杷に守られて

2008年12月30日 | Weblog
 巷では、インフルエンザが流行しているらしい。今年、何十年振りかで注射をしたのです。自宅に居るのだったらしないのですが、複数のしかもこちらが、菌を持ち込んだら、大変なことになる場所の関係で、止む無くであったが、これが効いたね!

 うがいや手洗いを必ずしつつ、勤務先から退出し、車に乗ったらアルコールで消毒。それの繰り返しをしてもいます。ノロウイルス、も怖いそうですね。くしゃみ、鼻水はたまにしますが、まあ元気です。

 昨年は、腎盂炎になって、難儀をいたしました。極度の疲労と緊張に、冬なのにクーラーをかけられたことが原因です。パソコンの熱がこもるから、という理由ですが、要は、講師の怠慢ですね。

 暖かくなると、瞼が下がって眠ってしまい、授業にならないからと変な言い訳に、犠牲となってしまったもの。セーターを着たり、下着に腹巻やら毛糸のパンツを履いて、防備しましたが、パソコンの研修に全力投球したもんですから。

 それと不味い事に、電車通学という慣れない生活に、いらぬ気力を使ったためです。ほんとにあのときゃ、死ぬかと思ったよ。これも点滴通院と、枇杷葉で治しました。

 Drがびっくりするやら、あきれるやらでしたが、5日間で治ったのよ。溺れる者は藁をも掴む、と言うけれども自分でも驚いたよ。

 人間本来が持っている治癒能力に、枇杷葉がうまく入ってきて、治す手助けをしてくれたんだよ。点滴や薬も効果がないわけではない。

 然しながら、以前は入院までしたのに治らなかった。まあ、何がよかったのか、効いたのか、免疫や抗体がどのように対応したのかはわからないけれども、枇杷葉のパワーが幾重にも体を包み込んで、穏やかではあるけど、体中を出入りしていたことだけは確かです。あれは、ほんとうに不思議な体験だったよ。

 この10日ばかり。帰宅すると枇杷の香りに包まれる。ああ、なんと心が休まっていくことだろうか。グー、スピーィって、寝ちゃってどうすんだよ。アァン?だって眠くなるんだものぉ。リラックスしすぎですね。

 ヘリオトロープの白です。青紫に比べて、匂いはさほどありません。また弱く、冬場に室内置きにしましたが、枯れてしまったよ。

 けぶるような香りは、青紫のが強くうっとりします。
 
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多難な年ではあったが

2008年12月29日 | Weblog
 今年は春から、上の孫が1年生になり、夏休みは我が家で世話をした。午前中は宿題を済ませ、お昼ご飯を食べると、プールに行ったり、昼寝をしたりが週末以外は続いた。

 たかが8時間とはいえ、初めてのことで(お互いが)失敗の連続であった。土曜日には、妹と二人で泊まったりもした。夏なので風邪はひかなかったけれども、虫に刺されたり、汗疹が出はしないかと心配もした。

 花火を浴衣を着て見に行ったね。夜店をのぞいて、かき氷を食べたよ。絵の具でたくさん絵を描いたり、いろんなところに見学にも連れて行った。

 中でも、こいのぼり工場への見学は、びっくりすることばかりだったよ。絵日記に描いてたね。東京からのお客さんには、心からのおもてなしに一役かってくれた孫。

 ちょうど仕事がなかったから、ちょっときつかったけど、Aさんやみんなに助けてもらってできたんだよ。とてもありがたかった。一息つくとき、千葉の友人の送ってくれていた珈琲に、心から癒されたよ。

 東京のMさんは、自然農法をされている方で、本も出されていられるんです。福島正信さんのこともご存知で、木村秋則さんのリンゴも、食べたことがあるそうです。

 最近は有名になられて、手に入らなくなったわ、と事もなげに言われて驚きました。そんなすばらしい方でしたが、イタリアに移住されました。

 秋には運動会でしたが、突然の雨が二日続きでありましたね。就職難でしたがなんとか仕事が決まってほっとした時期でもありました。

 千葉のRさんの父上さまの様子も落ち着き、枇杷酒も飲んでもらえているのがうれしかったよ。Rさんは、肩凝りに悩まされたんだよね。みんな、それぞれにいろんなことがあったよ。

 でも心のどこかでつながっていれたよ。お互いに励ましたり、助けてもらえたりしたよ。どんなに小さなことも、感謝したね。みんなにお礼を言わなくちゃね。Rさん、サンタさん。Mさん、Aさん・・・。

 自分が独りではないってうれしいねぇ。今日は、午後からの出勤だったの。駐車場から歩いていたら、独身時代にお世話になった先輩に会ったよ。当時と変わらぬ態度で、とても懐かしかった。

 こんな出会いもあるんだね。ほんとうにいろんなことがあった1年でしたが、遠くの友人から、身近な知人まで、たくさんの方にお世話になりました。心からありがとう!!みなさま、よいお年をお迎えください。

 我が家の枇杷の木の全景です。これ以上は高くならないように、次の苗を育てています。枝も途中から出るようにしています。淡路枇杷が次々と大きくなっていくのでたのしみですぅ。
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年の瀬に

2008年12月28日 | Weblog
 午前中、墓参りに行き、祖父母や戦死した叔父。病死した伯母や、小さい頃に亡くなった母の弟妹、曾祖父母に枇杷茶をあげてきました。家の裏の山の上がりかけに、藪と斜め向かいにあるのですが、アスファルトの道でなく、土のちょっとした坂道を上がる。その坂道には、あちこちぼこぼこの穴だらけの有様。猪ですね。

 母が畑を作らなくなって僅かの間ですが、山に餌がないのでしょう。ミミズを探してむちゃくちゃ掘っています。藪の端には、父が植えてくれている枇杷の木が、花をつけていて咲いていました。日当たりはそんなによくないのに、蕾ではなく、全部咲いています。鋏を持っていたので、手折れるところを切り、5枝ほど採りました。

 これは淡路島に枇杷狩りツアーに行き、土産で買って帰った、枇杷の種を植えているのですから、正真正銘の淡路田中です。葉の大きさは見事で50cmはあります。青く硬く艶やかな輝きをさせています。木の丈は6mかな。藪で陽にあたらないように思うのですが、4年で花がついて咲いていたのにびっくりです。

 今年の寒中に糠を入れたのがよかったのかな?それとも、祖母がお墓から見守っていてくれているのかな?2mくらいまでは、手が届いたのですが、上の方は幹が細いので、登ることもできません。

 帰宅して直ぐ、千葉のRさんに宛てて、封書にして花芽を入れて送りました。息子の帰る道すがら、郵便局があるので、切手を貼って投函してくれるよう頼みました。

 Rさん。今度はブランデーで、やってみてよ。どんな味になるか楽しみだね。無農薬のインスタントコーヒー。我が家ですごく好評だよ。娘の婿が凝ってしまいました。枇杷茶で淹れてもおいしかったよ。研修に持って行くのが楽しみだよぅ。

 後ね、道端にたくさん枇杷があるんだ。河と道の境に、野鳥が啄ばんで、落とした種が発芽したのかな?ちょっと危険な箇所なので、救命具が要るかしらん。落ちると河だから、水死か凍死するかも。止めておいた方がいいかな?年が変わったら、幾らかはもらえる予定なんだけども、未定なのではっきりしないよ。

 勤務先で、水仕事があるのですが、洗剤が合わなくて、しもやけになってしまった。我が家の食器洗いではならなかったのに。洗剤が手荒れを引き起こし、ペーパータオルというのも、完全に水気が拭取れないのでしょうか?何十年振りのしもやけかな?

 パソコンするのに、手袋をはめてやっています。右手だけで、しかも中指と小指だけです。春先になるとむちゃくちゃ痒くなるよ。柚子の焼酎漬けが早くできないかなぁ。と冷蔵庫の上のジャムの瓶を見ています。

 お昼にぜんざいをして食べ、午後からは洗車とワックスかけでした。軽なので2時間ほどで完了です。昨日今日穏やかで風もなく、少し力を入れると汗ばんできました。ドアを開けて、隅々までワックスをかけました。窓もていねいに磨いておきました。

 車内に吊るしてあるお飾りが、落下してる!!な、なんてことだろう。ふ・・不吉だよぉ。来年は運気が、落っこちてしまうのかぁ・・・!最悪の設定をしておこう。立ち直れるかな?
 

 銀河の獏睡中の姿です。ちゃんと人間の格好で寝てます。猫って円くなって寝るのだって、ずっと思っていたし、見てきていたのですが、銀河に限っては違う。

 膝に上がっている時には、落ちないように爪を立てて寝ています。って、痛いだろうがぁ・・・!時々寝言を言います。聴いていて思わず笑えますが、それがわかると甚く本人は傷つきます。
 









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冬の宇宙

2008年12月27日 | Weblog
 このところ、宇宙が曇っていて、金星くらいしか観えなかった。日中も曇り空であった。というか、晴れたり曇ったり、雪、というパターンに、窓の外を見やって星の観えないことにがっかりしていたのだ。

 天文台まで行けばいいのだが、勤務時間が不規則で、外野での観望は、風邪でもひいたらえらいことになる仕事なのです。せいぜい家の周りでの、スターウオッチング。めぼしいのは、かなり観えますから贅沢は言えません。

 しかし、街灯が邪魔ですな。美星町みたいに明かりは点いていても、宇宙を向かない工夫でもあればいいのですが、ここは残念ながらありません。職場でも変わった趣味を持っているので、他の方には、びっくりされます。

 クリスマスの電飾が、決していけない、というのではありませんが、自然にまたたく、無料の輝きを観ない、というもったいなさには、絶句。二の句がつげれません。

 電気代をこちらが払う訳ではないので、大きな声では言えませんが、やはり無駄な気がするのです。明かりは小さく、望みは大きく、といいたいのですよ。あはははは・・・なんか違うかしら? 

 先日、事務所にこもって仕事されていたMさんに、持ち場を離れなければならなくなって、留守にする由伝えた。「しゃあないな。天の岩戸から出るか」と言われる。

 すかさず、「舞を舞わなくてすみませんね」に爆笑されました。うん。このジョークは使える。次は踊りながら言ってみよう!って、こんな莫迦なことばっかりやってます。

 今日は、午前中拭き掃除に掃除機をかけ、布団干しにお飾り付け。玄関と車庫に塩を撒き、お守りと結界を清めた。すっきりしましたねぇ。掃除機は埃がたつので、もっぱら拭き掃除なのですが、隙間が溜まってました。

 昨日は風呂掃除をしたので、明日は実家の墓参りから帰って、洗車をしようかな。ワックスもかけるぞ。千葉のRさんに、花芽を送っていたのが届いたらしく、新年用のコーヒーをいただきました。

 研修が始まるので、枇杷茶で飲めるのがいいです。研修施設に車で行こうと、道順を下調べして来ました。嫁がナビをしてくれて、孫達が賑やかしに同乗してくれました。40分弱でいけますが、余裕を持って行けるよう、嫁がアドバイスしてくれ、ほっとしました。

 方向オンチのことで、道を間違えないよう、ていねいに教えてくれました。車中ではしゃいでいた孫達ですが、いつの間にか寝てしまい、帰宅するまでぐっすりでした。

 花芽は、焼酎でもいいし、ブランデーでもいいのですよ。但し、アルコール度がきついのでご注意ください。少量でも酒乱か酔っ払うと思います。味は滑らかというか、旨みはあると思えますが、作ったことがないのでわかりませんが・・・。

 毎年、8月の末か9月の初めに、種を蒔いて芽を出させるパンジーです。わりとうまく発芽してくれ、師走の庭を彩ってくれます。

 糠と塩と鶏糞をよく混ぜて、プランターに入れてやりました。野菜屑もできるだけ入れてやります。夏場にはちょっとできませんが、寒い時期なら腐葉土と混ざって堆肥になります。
 
 塩加減に注意しましょう。  
 
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寒い朝

2008年12月26日 | Weblog
 吉永小百合と浜田光夫主演の邦映画の主題歌。♪北風吹き抜く寒い朝も、心一つで暖かくなる。って、ならないよぉ!ジャンパーを羽織り、カシミアのマフラーをして、手袋をはめてはいるが、やっぱり寒い。ああ、歌のもんくのようにはいきませんよ。霜焼けお手てがもう痒い。です。

今朝は、昨夜に冷え込んだので、うっすらと雪化粧で、勤務先までちらほら・・・。仕事中も帰宅する時も、雪花が散っていました。クリスマスに降らないところが憎いです。

 自然の現象的には、これが普通の気温でしょう。コートも要らない気温は、なんとなく不気味です。明日は、玄関と車にお飾りをつけよう。水と塩も換えておこう。

 夏場に大掃除をやっていてよかったよ。雑巾で簡単に拭くだけで済む。床は枇杷茶で、たえず小まめにしているので、ピカピカですが、もう1回、ていねいに拭いて、掃除機をかけておこう。

 車は、中は掃除機をかけているが、洗車とワックスをしなくちゃ。31日には、散らし寿司をして、手巻きや温く寿司に応用できるようにしておこう。この日、仕事なので、行く前か、帰宅してからかが問題です。

 以前、枇杷茶を飲んだり、枇杷湯をすることで、意外な発見があったことを書いたと思うが、昨日の新聞に興味深い記事があった。『カビ、シロアリ操る』とあって、(シロアリの卵に擬態するカビ『ターマイトボール』が、フェロモンを使いシロアリをだましていることを岡山大の研究グループが突き止めた。とある。

 社会生物学のM准教授で、世界初の判明とあった。我が家の近辺の家が、軒並みシロアリに被害を受けたのだが、我が家はきれいなものであった。また、枇杷の木が植えてある家の近辺は、何故かシロアリがいなかったのだと思われる。他の家は排水周りが特にひどかった、というのも、我が家での枇杷湯をする関係で、隣と向かい側とが助かったらしい。

 枇杷茶くらいで、と侮ってはいけません。あの花芽の香り、というか独特の匂いが、もしかしたらば、そういうことをしているのかもしれない。研究の価値はあるように思います。研究費用が莫迦にならないのも、自分でできない理由ですが、枇杷の持つパワーの、並々ならないことはわかっています。

 こんな風にいろんなところで、目立たないよう役立ってくれているのが、枇杷葉なのです。枇杷にあやかって生きたいものですね。高齢者の知っておられる知恵は、ずっと受け継がれてきたものです。

 青空市で活用するといいのにな、といつも思いますよ。枇杷は、知っていけばいくほど、奥が深く謎が多い植物ですね。不思議な気持ちにさせられます。新聞の切り抜きも増えていき、廃品回収にはドーナツ新聞が出されます。

 春から夏にかけて咲いた、白いバラです。花弁の清らかな色と、光りの中に輝いているさまが、とてもきれい。
まるで生まれたての嬰児のようでした。
 
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苦手へのチャレンジ

2008年12月25日 | Weblog
 得意なことより、苦手なことの方が多い。学科で言えば、全科目に匹敵する。特に英語や数学、物理がさっぱりわからない。数学も、中1の時の先生は、教え方がうまかった。

 ところが、2年になって先生が変わった途端に、!!詰まった。ややこしいだけで、さっぱりわからない。英語にしても教えてくれる先生との相性云々で、頭が拒否してしまうのだ。

 高校時代には、古典の若く美しい先生に憧れて、努力しましたよ。数学は中学時代が尾をひき、散々な成績であった。

 卒業し、自分なりの道を歩んできた。必ずしも、自分に納得した生き方が、できた訳ではない。それでも、途中で止めることは尚さらできなかった。

 親に月謝を払ってもらった時にはしなかったことを、その後にしているのは、知らないことで恥をかいたからでもある。

 学ぶという事は、終生完了しない。一つを学べば、一つがわからず、また新たに紐解いていく始まりがある。最近はできるだけ苦手な分野を学んでいこうと、気をつけているが、ややもすると好きな方に、舵を向けていて、反省しきりである。

 親になるのも、孫ができて祖母になるのも初めてのことだった。あの緊張感を忘れているのだ。なんだか自分の器量が貧しいことを再認識してしまう。

 何処の職場でも同じだと思うが、自分をよくみてもらうのに、他人を中傷して平気な人が居るものですね。人間の心の中に、住んで居る良心、という感情は、自分サイドで発信することが多いなぁ。

 以前はそういうのがわかり過ぎていたり、知りたくもなかったのだが、これも取り方、思いようですね。心が貧しい、という証拠のような気がします。

 職場の規律も、言われて実行するのでも、上司が居るときだけしていくことでもないものね。裏表なく、誰にでもしていける自分でありたいと思う。

 挨拶も返してもらうのが目的ではない。言いたいから、するのです。そんな風に考えていけば、腹も立たないよ。風に微笑み、木々に語りかけ、集まってくるものに、応えていこう。

 決して独りではないのだから。生き方や、考え方や、往く方向等が違っているだけでしょう。あちらこちらがよく視えて、却って人間がわかるというもの。

 自分のためにも、学べることはすばらしいことです。なんだかちっぽけな存在なのに、えらぶったところでしれている、というものです。

 ああ、こんな基本が今までわからなかったなんて、莫迦もいいところです。自分の呟きを書いていけることで、1つづつでも気がつけばいいのですね。

 なんだか、肩の力が抜けて軽くなったようです。無駄な時間は1秒もなく、大切な時が存在しているのですね。なんて感心していますよ。ありがたいなぁ・・・。

 枇杷の枝の、一番早く咲いた花です。今日も、小雨模様ですが、とても佳い匂いをさせています。
 
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恵むという気持ち・・・

2008年12月24日 | Weblog
 ディケンズの『クリスマス・キャロル』、『若草物語』の登場人物達の行いは、信心の無い者には、理解できないことでもある。恵む、施すと言うのは、一体何処から生じてくるのだろう?

 サンタクロースに、プレゼントがもらえるから、クリスマスがあるのではないと思うよ。聖母マリアが受胎告知されて、神の子イエスを生みたもうた聖夜。

 イエスは、様々な迫害にめげず教えを広めて、最後には弟子の裏切りで十字架にかかる。けれども何故か、シナリオが出来すぎている感もある。イエスは殺されることを知りながら、生まれてきたのか?

 死ぬということが怖くはなかったのかしら?それとも自分は死して尚、人間の心に甦ってこれることがわかっていたのだろうか?疑問は膨らむ一方ですな。

 人が人を裁くことなどできないように、人間が神の子を殺せたのだろうか?まるで手品、マジックのようです。

 光瀬龍の作品には、イエスや、シッダッター(出家前のお釈迦さま)、ユダやプラトンが出てきて、神とは何ぞや?という問いを繰り返す。

 阿修羅が最後に呟く。我々は何処から来て、何処に往くのだろう・・・。神は宇宙であり、宇宙即ち、神である。人間とは、神が何のために、この世に使わせたもうたのか。

 阿修羅王の顔が正に三面六臂に変わっていく件も印象深い。『百億の夜と、千億の昼と』これは、コミックでもあって、萩尾望都の描く阿修羅王が憂いを讃えていて、胸が疼く。奈良の興福寺には、何度足を運んだろうか?

 興福寺は、藤原不比等の妻。橘の三千代の建てた寺ですが、ここで御薪能が催される、南大門、猿沢の池、五重の塔など、冬景色がいいのです。(脱線してますな)

 入江泰吉の写真集で見て、わざわざ冬に出かけましたね。雪が降ったまではよかったのですが、新幹線が大幅に遅れて難儀をしました。

 で、イエスの話です。聖書の中に、いざりの人にイエスが触れ、起て!と一言。見守る大勢の前で、いざりは起って歩いた。とあります。

 詳しいことは書かれていませんが、イエスの行いには、1本の杖があったとされています。これが枇杷の木を使って作ったものではないかしら?と教会の方にお尋ねしたことがあります。

 また何かの葉を肌に付けたり、水で浸したりした、ともあります。イエスが神の子であったが故に、治したことには違いがないのですが、あの辺りにも、枇杷の原種のような果物の生る木が、あったことは確かです。

 普通の人間にはできないことも、未知能力を秘めていたり、誰かのために使うのは許されているとしたら、可能なのではないのでしょうか?と思ってしまいます。

 今年の、12月現在の白枇杷です。中心が膨らんでいるようなのですが、花芽ではないようです。同じ所に、赤枇杷もありますが、朝日が当たったら、影ってしまいます。

 昨年は1枝の花芽と1個の実でした。静岡のように、温暖な環境ではないので、じっと耐えている白枇杷に、頭が下がります。

 その白枇杷に、実が生ってくれるよう願っているのは酷なことでしょうかね。
 
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幸せの違い

2008年12月23日 | Weblog
 地球の上に住む生き物の、幸せの程度の違いが異なるのは当たり前だと、思えるのよ。地位や名誉、お金に固執する者も居れば、野に住んだり、山に住んでそれを佳しとする者も居るであろう。貧しいことをなんとも思わず、命のあることを、感謝している者も居よう。そんな様々な生き物が、地上に居るからこそ、煩わしいことだってあるんだと思うよ。

 でも、猫は猫なりに、犬にも蟻にも猿や猪、果ては象にだって、生きている以上は何かとあるものです。日本にはないけれども、地雷が埋めてある国では、なんら罪のない者等が被害に遭い、命を落としたり体の一部を失ったりしている事実に、呆然としました。人間も、動物もなく、生きている限りは、背負っていかざるを得ない運命なのでしょうか?

 なんだか人間のしていることって、ひどく残酷極まる所業に思えました。

 枇杷の枝を先週に、実家から持ち帰ったのを、花瓶に挿していますが、剪定して1週間ばかり経過しているくらいでは、どうもないようです。なんと蕾だったのが、ひっそりと開き始めて、香りの佳さに驚きました。薄茶色の苞の蕾を破って、白い可憐な花弁をのぞけています。生命力の強さに、しばらくはぽかんとしました。

 花芽だけを焼酎に漬け、枇杷葉も何十枚かは、湿布用に漬けました。腰痛やら切り傷、擦り傷、水虫にも効果があるようです。殺菌作用があるからでしょうか?この1ヶ月くらいは、寝しなに枇杷酒を猪口に三分の一程度、頂いております。風邪の予防には役立っているようですね。

 帰宅すると、手洗いとうがいは必ずしますし、喉を冷やさないようにも気をつけています。風邪をひく原因に、睡眠不足と予防を怠らないことが、多少はあるのかもしれません。病院、医者嫌いとしては、待ち時間の長さや、診察時間の短さが反比例というのも頷けない。医者になったからには、頭はいいのだと思うけれども、頭の回転の悪い者にもわかるように説明してもらいたい。

 噛んで含めるように言っていただければ、納得、安心して、治ってしまうのではないのかしら?病は気から、と言われますが、病院に行ってよけいに悪化することもあるのです。隣に座った人が最悪な場合、診察受けずに帰りたくなります。まあ、そういう時にはシールドを張って、避難していますが、やはり危険を顧みず近寄らないのが鉄則でしょう。

 明日はイブですね。朝、忘れないように、枇杷の花芽をお守り袋に詰めておこうかしらん。お守りというか匂い袋というか、縮緬の端切れで作った物で、携帯のストラップにしておこう。風邪の予防の一つに塩を焼いて、(炒って)手ぬぐいに包んで、喉に巻くのもいいようです。

 枇杷葉でする場合には、色が付いてもかまわない物に焼酎を浸して患部に当て、タオル大の物で解けない程度に巻くのがいいです。枇杷茶の熱いのを巻くのもお薦めです。要は冷やさず、炎症を防ぐことが大切です。

 お風呂は、シャワーよりも、半身浴をされるのがいいようですね。肩の凝りや、冷えにはなんといっても、体を温めるのがいいのです。無理に遠くの温泉に出掛けなくても、家で枇杷湯をなさってください。

 柚子風呂やみかん風呂、林檎や柿の皮を乾燥させたのを入れてもいいのです。自然の香りのすばらしさには、何をおいても勝てやしません。使用後は、庭に撒いて土に還せばいいのです。

 野良猫の家宅侵入防止にも、柑橘類がもってこいです。ネットに入れて吊るしておいたり、土の中に掘って埋めておけば、一石二鳥で、肥料にもなります。玉葱や、葱の皮にも同じ効果がありますよ。

 先日、偶然にも観ることのできた、雲の様ですが、光りの具合で、幾通りにも視えました。太陽光線の加減で、お釈迦さまの手に視えたこともあります。

 宇宙にも様々な表情があるのですね。発光ダイオードの研究で、電飾からのイルミネーションでなく、節電と寿命からも経済的だそうです。

 然しながら、自然に輝く星や、季節によって創り出される、いろんな空の模様には、謎があるようで見惚れます。金星の輝きと、冬の大三角に、プレアデス、ヒアデス星団。

 清少納言に、星は昴といわしめた燦然とした光りには、時代を超えて存在する、未知の想いが秘められているようですね。
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頭寒足熱

2008年12月22日 | Weblog
 寒太郎の襲来と共に、重装備の冬支度になりましたが、毛糸の帽子、というか帽子というものが、全般的に嫌いです。

 それは何故?理由は簡単。頭と帽子のサイズが合いません。つまりここでも、普通サイズを頭に被れば、ずぼっと入って、銀行強盗スタイルになるのです。

 ズボンもそうです。ウエストを合わせれば、サブリナパンツですわ。普通がいいなどは言えない憤怒の訳なのです。デザインとか、価格とかで、やっすいじゃん!と飛びついて買おう、と試着すると、まずめげます。

 帽子も同じで、被っているといつしか大きすぎて脱げています。子どもの頃には帽子を被る授業がだいっきらいでした。

 夏もどんなに暑くても平気でした。祖母が見兼ねて、麦わらで帽子を編んでくれた。頭のサイズを測ってだから、とても被りよかったよ。

 最近は、必要上手ぬぐいを頭にのせてから、被っています。足は炬燵がいいですね。仕事をしている時は、使い捨てのカイロを、貼っています。

 テレビの前で、ぼんやりとしていることがないですが、ストーブや、エアコンよりもいいです。子どもが小さかった時は、編み機を出して、炬燵に守をしてもらいました。

 子育てが多忙なはずだった?のに毎日のようにいろんなことをしてました。子どもを背に、田んぼで稲刈りや、脱穀をしたものです。何事も夢中でしている時には、苦労とも思えないのです。

 また考え方にもよりますが、振り返ってみればそうだったのか、とわかるくらいです。他人の生き方を批判する前に、自分のしていることを反省する日々でした。

 枇杷の花も、暖かかったり急に寒くなったりで、蕾が多いです。我が家のも5分咲きにやっとなったところで、全開は年明けでしょうね。

 花は実になる訳ですから、何処のでもを採って来るのはできません。心ばかりでもお礼も要ります。誰も見ていなければいい、とか。

 山に勝手にあるのだから、とかでは罰が当たると思います。実が生って、それを食べなければ、もらってもいいのですが、必ず持ち主に許可を得ましょう。

 くどいようですが、黙って採っては泥棒です。枇杷は、お釈迦さまの樹でもあるので、仏罰かもしれません。

 銀河が、寒くなると必ずする格好です。表紙絵のポーズではありません。動物の表情も、人間と同じようにあって、話ができます。わからないという方は、聴こうとしないからのように思えます。

 話せることを当たり前と思わずに、話せないことに思いを馳せてみませんか?心が共鳴すれば、きっと通じ合えると信じています。
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