枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

春雨じゃ・・・

2012年03月31日 | Weblog

 今日日の雨では、風情がないから、春雨と言えば酢の物か。徒歩での道行だからこそ、春雨も濡れて行ける。これが今風だと車になったり、下手すれば雨などのない、地下街へと通じる。地震や津波の時には、地下街は危険極まりないが、傘のいらない便利さ。

 今夜は上弦の月。金星も木星も、雨上がりで大気の汚れが取れ、冴え冴えとしている。月の下にはオリオン座があって、その姿は月光に霞んでいる。金星は光度を最大級に上げながら、プレアデス星団の辺りに輝きます。

 東南の宇宙には火星と土星があり、特に土星は、環も望遠鏡や双眼鏡で観測できる。夜空を観られる幸せを想い、この地球を守り棲めることに感謝する。身近なことへの感動や、興味を持てることは、とても有り難いこと。

 春休みの一日を、孫たちと一緒に花見に行く。と、言っても電車に限りで、日帰りが条件だ。隅田川の桜を見たいのだが、そうなるとかなりハードな計画になる。くたびれ損になりそうで、思案中です。牧野富太郎記念館もいいなぁ。

 友人とのお遍路も区切りつつ、行って来なければ。祖母は1度出掛けてはいるが、途中までであったか、或いは断念したか。その想いが急かすようにも思える。苦しみや哀しみの向うには、彼岸浄土があるのだろうか。

 祖母や父母の分まで、歩いて来たいとは思うが、何分いい加減であるから、頓挫しないとは限らない。四国巡礼は、宗派には拘りはないのであろうか。信心気があまりない故である。甚だ危なっかしいものである。

 サンタさんの枇杷葉。一昨年の状態で、家の庇には及んでいない。青く硬い葉も、たくさん付いている。おかげで涼しい。

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おおっ!蟻だ!!

2012年03月30日 | Weblog

 昨夜は、湯たんぽが壊れ、湯が漏れて大洪水。危うく浸水式をやらかすところだった。二つの内1つは金物で、もう1つはポリ容器。金物の底側に針の穴が開き、漏れたようだ。布団を敷いて置いたら、じっとりしているので慌てた。

 今日は帰宅したら、オレンジの皮に蟻んこがわんさか。アリィ!なんてこったい。黒山の人だかりである。あ・蟻だかりだ。そろそろ暖かくなって、厭な予感はしていたが、嗅覚の良いのには脱帽。自然での生き方には、学ぶ所が非常に多い。

 教訓。これからは、キッチンはきちんと片付けよう。特に、饅頭の類には気をつけよう。然し、まさか?というような食べ物にまで、群がっていることがあるが、最近は蟻の食生活も変化してきたものか。多少の疑問と、謎が残る。蟻の生態も、研究の価値があるかも。

 今夜は、朧月夜。菜の花も咲いている。三つ葉も大きくなった。ユキノシタがわやわや騒ぐ。この時期には種物の蒔き時で、茄子、南瓜、胡瓜、唐辛子、オクラにトマト等、夏野菜の苗を育てる。約1ヶ月後、苗の移植を行なう。

 西瓜の種の発芽には、水を脱脂綿に含ませ、そこに種を置いて、手拭に巻き、懐中で温めていた。祖母のしていることには無駄がなく、酷く感心したものだ。夏の日照に強かったし、甘い大きなのが取れた。まくわ瓜は黄金色に輝いていた。

 祖母の作っていたようにはできないが、そのことを覚えている。何かをしようとする時、思い出してできることがいい。野菜に限らず、多様な応用ができるのもいい。何よりも、宇宙のことや、旧暦に纏わる事柄が思い出されるのがいい。

 カラジューム、魔女の箒、枇杷苗。青々とした緑に囲まれて、深呼吸できるのは幸せ。

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星は廻る・・・

2012年03月29日 | Weblog

 3月14日には、金星と木星は最接近していたのに、今夜は木星は地平線に近い。水星と並んでいる。既に半月が経過していると妙に納得。それにしても、刻々と変わる様には、自然の畏怖を感じてしまう。宇宙の廻り合わせに、人間の想いだけでは生きられない、複雑さを感じる。

 宇宙の星座も、四季があるようで、時間をずらせて眺めれば、北半球の星座は観える。趣味であったり、仕事でする以外では、夜空を観ている訳ではない。1年を通じて、彗星は流れているし、惑星は軌道を廻っている。今日のように、穴場に殺到するのはいただけない。

 夜空は暗くないと観えない。大勢できゃぴきゃぴ騒がれたのでは、宇宙の星も陰る。ロマンもへったくれもない。星の美しさは一人か、数人で観るくらいがいい。千差一隅のチャンスだから、胸が躍るのだ。歓びも大きい。

 数年前のしし座流星群を観るのに、天文台に殺到した中に、透けすけの服にスカートで来て、寒いと喚いている女性がいたが、何をしに来たんだ。と、怒鳴りつけてやりたかった。山は、寒いのだよ。せめてズボンを穿いて来なさい。

 車に積んでいるセットに、毛布とタオル、バスタオル。何もない時にはいいが、地震が起きたり、緊急事態が起こった時には、役に立つであろう。その他にも多々ある。家まで帰れない場合もあるから、勤務先から車まで行けば、そこから避難できる。

 都会にいれば、そうは行かぬだろうが、田舎は何処かしらに食料はある。冬でも木の根を掘れば食べられる。何をどうすればいいかを知っておく。生き延びるためには、知恵と工夫が必要だ。かといって、資源を獲りつくすのはどうか。

 最近の花は、何年もは咲かない。チュウリップも球根は植えっぱなしではだめらしい。真夏も過ぎ、暑さの残る陽射しに。

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再生への道・・・

2012年03月28日 | Weblog

 今夜も月の輝きと、金星に木星が煌いて観える。美しい!!5:55分の形です。金星と木星の距離は開くばかりですが、夜空に浮かぶ姿は、素晴らしいものです。息を呑むというか、圧倒されてしまう。明日までは天気が持つようで、上弦の月には曇りか雨のようです。

 自然の営みには、はっきりとした影響はないかも知れないが、月と地球との関係が、もたらせる因果関係はあるかもしれない。今、地球は再生の領域に入ろうとしていて、月のエネルギーや、太陽の磁場を必要としているのかもしれぬ。

 原発で、放射能汚染された土壌を、呼吸困難な地球の再生を、如何にして息を吹き返させ、命を育むかを思考しているのだ。人類は誰も何も、自分勝手で卑怯である。地球が怒っているのは、当然と言えば当たり前。

 庭の球根が、暖かくなって一斉に芽を伸ばし始めた。慌てて広い場所に引っ越す。未だ寒い。海棠に枇杷エキスを撒布した。薔薇にも少々かける。風向きで顔や服にかかったが、何等心配はない。無農薬なので安心して使える。

 ロイズのチョコレートを買うと、つい食べ過ぎてしまう。美味しい・・・美味し過ぎるのだ。止められない。ああ・・・段々と太ってくるではないか。スカートのベルトがきつい。仕方ない、明日は蒟蒻を食べよう。ロイズのチョコレートが悪いのではないが・・・。

 毎朝、新聞を読みながら、珈琲を飲むこと。好きな作家の作品が読めること。元気で居られる幸せを想いつつ、庭の花木を愛で、語りかけられること。人間は、そういった自然に守られている。有り難きこと。感謝する。

 先月の皆既月食。始まったばかりの月の姿。向かって左に小さく観えるのが、木星です。

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庭の花を愛でる・・・

2012年03月27日 | Weblog

 友人と観梅に行く予定だったが、昨日の時雨にしょげて、布団干しを行なう。洗濯物も多い。今月でゴミの札が廃止になるので、整理整頓をする。この節はプラスチックや紙類等、瓶や缶の仕分けは元より、資源の活用別に分類するので、可燃物は少なき傾向にある。

 尤も、蜜柑等の柑橘類は、猫避けになるので庭に置く。卵の殻は鉢に入れる。捨てる物も、新聞紙に包んでの廃棄。これは水気を切って、堆肥にすればいいのだが、庭が狭く無理もある。寒中にはできるが、春先から秋口にかけてはできない。

 枇杷葉茶を飲んだ後は、庭に入れ込むが、それも完全に乾かせてしないと、怪しいことに不気味なことになる。中々容易ではない。寒中に糠と塩を入れ過ぎ、クリスマスローズの花が萎れた。来年は控えようと思う。できすぎる喜来があるようだ。

 電気は必要だが、冷暖房は要らない。電力の無駄である。人間の体を自然に慣らしていないと、いざと言う時には体がいうことを効かない。地震や津波は自然の齎すもの。そこに原発があるかどうかで、大きく変わる。絶対に再稼動は認めない。

 日本は、アメリカの押し付けてきた条件や、道具に依って、戦後の暮らしを支えてもらったように錯覚しているが、アメリカは自国の要らない物を、日本に押し付けてきただけ。原爆を投下しておいて、何等保障はしてくれていない。

 原発の不具合を隠して、日本に売りつけておいて、福島を救えなかったのは政府と言う。責任の一端はアメリカにもある。ウランを産出した国でさえ行為を恥じているのに。日本は、戦争には負けたが、アメリカに負けたのではない。

 梅の香りが心地よく、深呼吸をする。足元を見ると、ドクダミの芽が出ていた。ほんの2ヶ月前には、地中深くあったのが、いつの間にか覗いている。どんなに寒い日が続いても、春は遅くともやって来る。辛抱が肝心である。

 寒中に収穫した花芽。200袋作れた。リエさん、りささんに送る。サンタさんは、夏の間中花芽茶を飲むそうだ。口中が爽やかで、夏バテしないそう。

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旬を食べる・・・

2012年03月26日 | Weblog

 枇杷葉の木の根元に、蓬が生えて青々としている。食欲をそそられる。幸いにも、我が家の敷地内故、野良犬の糞も、野良猫の悪戯もない。孫たちと一緒に摘む。洗って湯がき、白玉粉を練って入れる。鍋に湯を沸かし、白玉に蓬を混ぜたのを浮かべた。

 餡子がなかったので、林檎ジャムにしたが、孫たちには不評だった。閃いたのが醤油。これは意外と受けた。おかわりをして食べ、枇杷茶を飲んでいた。旬の物は、保存が利かないので、たくさんはいらないが、こんな利用法もいいな。と、孫たちの食欲を見て思った。

 食材も、スーパーで購入しなければならない、というのでもないが、作っていない者としては、買わざるを得ない。そういった物には、税金を課さずに、贅沢品や、高額な物への購入への%を変えるなら賛成だ。格差が広がるばかりだ。命をかけるなら、復興に全力投球してくれ。

 蓬の天麩羅も美味しいが、これが続くと嫌気が指す。旬の物は、自然からのお裾分けだからいいのだ。お浸しにはどうか?灰汁抜きができればいけるかも。いやいや、山菜料理ですな。いろいろやってみよう。枇杷葉茶で乾杯!

 枇杷葉茶を飲もう。と、自分で決めてするのと、他人から薦められてするのとでは、気分的な差がある。知ってはいても続けられない。途中挫折する。病院があるから、という考えもある。然し、薬害は必ずついてくるのだ。

 そうなる前に、予防策として行うのが、漢方薬です。枇杷葉茶だけでなく、桑、柿、スギナ、オオバコ、鉈豆、ドクダミ等、体質的なこともあるので、反応が出る場合も。枇杷葉茶の場合には少ない。絶対に出ないというのでもない。

 枇杷葉茶を採るのは、年中構わないが、できれば寒中がいい。この時期のは、更に癖がなく飲み易い。春先の新芽の頃は、できれば採らないのがいい。これから芽を出して大きくなっていくのだ。秋の声を聴く頃まで待とう。

 庭の花を集めてアレンジした。春先から年末まで、花が絶えない。

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時を翔ける・・・

2012年03月25日 | Weblog

 夜空に、金星、木星、月が、時計の針で、5時を告げるように並んでいた。あまりの美しさに、思わず車を止めて携帯で撮る。民家の明かりよりも、美しく輝く金星に魅せられる。況して、月の洸は殊更に魂を奪う。

 知らずしらずに、体が浮かび上がっていき、夜空を翔けて往くような気持ちになる。自然への畏怖の念は、厳かなる瞬間への対峙にも似ている。或いは、過去に未来に向かう、その一瞬でもある。時を翔けることは、想い次第でもある。

 風が冷たく感じられる中を歩いていると、野鳥が囀っているのが耳に入る。雲の流れが速い。立ち止まって見あげるほどに、目が回りそうである。椿の花の蜜を吸いに来ているのか。賑やかなさえずりである。山鳩が梢から飛び立った。

 春なのに、この寒さには閉口する。花壇を見ると、ラッパ水仙が咲いていた。序曲はホルンの演奏だ。耳を傾けていると、その静かな調べが聴こえてくる。やがて大きく高らかに、力強く奏でられる。シンバルや太鼓も響き渡るのだ。

 春の下旬になると、今は未だ小さな枇杷の実も、青い色を大きくさせる。小指から親指程になる。5月の連休が明けてから、寒冷紗を外して袋かけをする。それまでは、どうなることやら見当もつかない。枇杷葉は寒さには弱いから、用心に越したことはない。

 高齢者の膝の痛みを見る都度に、枇杷葉と蒟蒻とで治療をしたくなる。冷暖房を切りたくなる。体は、冷やしたらいけない。暖房をかけての冷たい物も、できれば飲まぬのがいい。厠は近くなるし、歩けないから途中で失敗をする。悪循環の繰り返しである。

 独り暮らしでも、枇杷葉茶を飲んでいたり、温圧療法をしているならさして困ることもない。自分の逝き方への信念があるなら、もっといい。産まれたのが一人でなら、死ぬ時にも独りでいいようにも思うが。

 観葉植物の中でも、勢いがよく、とてもたくさんに増える。鉢で吊るしていたら、大きくなり過ぎるので、株分けをした。

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珍名、希名・・・

2012年03月24日 | Weblog

 勤務先で、四月一日を何と読む?と、問われて。はて、どう読むの?何と、わたぬきさんと言われるそう。何故、そう読むかは直ぐにわかった。旧暦に関係がある。この時期になると、流石に綿入れは着ないから、綿抜きなのである。然し、新暦では当て嵌まらない。

 新暦では、5月1日になる。今年は、閏弥生が入るから、余計に納得する。名前の由来に、旧暦が関わっていようとは、何だかうれしくなった。季節を先取る衣類も、旧暦を参考にするらしい。テレビドラマの方では、用いていないようだが、売上に大きく響くとか。

 1年を通じての行事を決めるのも、旧暦を参照するのがいい。ところが今の者は、若い者でなくても、暦を見ようとはしない。感覚の基準が違うのだ。何故に知ろうとしないのか?甚だ疑問に思う。明治は遠くなりにけり。と言うが、昭和も随分と遠くなった。

 農時期も、作物も、作り方は変わり、作る物は替わったが、大地は同じである。思う気持ちは決して変わらない。昔乍らのやり方を替えると、一時には良くできるが、やがて土が再生をしなくなる。或いは息をしないのだ。

 人間の命だけが大切なのでなく、命のある生き物が棲まう地球が大事なのだ。植物は、光合成をして、二酸化炭素を吸い、酸素を出す。人間は、酸素を吸い、二酸化炭素を吐く。その循環の掟を破らぬように、生きなければならないのだ。

 西の宇宙に、木星と金星が光っている。金星は、-4.3等星なので、間違うことなく見つけられるのが特長で、そこから下にいくと、木星があり、水星がある。月も出ていて撮影の瞬間です。5月には、金環食が観られます。

 ぐ~んと伸びをした銀河。お転婆な彼女は、通りかかった時、ひょいと手を出して、ひっかけます。次の瞬間、身構えてかぶっとやります。そんな仕草が懐かしい。

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雨がしとしと・・・

2012年03月23日 | Weblog

 雨である。クリスマスローズが、うれしそうに咲いている。梅の花は、安息日か?ネコヤナギは、そろそろ猫になりそう。ドクダミの新芽が覗いている。枇杷葉の新芽も頭を出している。球根は殆んどが殻を破っている。アネモネは気が早いので咲いている。

 庭のあちこちで春が顔を覗かせている。未だ、春の端っこだが、その内に春爛漫となるだろう。今年は、海棠の花が咲いてくれるかな?花にせよ、木々にせよ、命の不思議さを感じる。春夏秋冬の季節が巡るから、人間は歓びがある。

 自然の移ろいがあってこそ、命の尊さが身近に思える。或いは、冬の厳しさがあるから、春の陽射しに心が躍るのだ。日本に生まれた事を感謝する。太陽に月に祈る。命を育んでくれる地球に感謝する。宇宙に神秘さを思う。

 心が挫けそうな時にも、哀しみに立ちあがれそうにない時も、宇宙の存在は大きい。神さまは居ると信じる。努力をすること。耐えること。あらゆることへの共有がもたらす、生きるということ。答えは見つからずとも、手を携えることはできる。

 政府や、警察は嘘つきが多い。国民の苦しみを知っているから、自分たちはしないのだ。億単位の金が、数時間でもらえるのだから。本当に貧しい暮らしを、辛辣さを舐めていれば、国民の生活を第一に考えている。そんなことをしても、得にはならないからしない。

 枇杷葉をし始めて、その奥の深さにのめり込む。実に様々な効能がある。そのやり方も、民間療法で伝えられてきたこと。簡単で、効果も早い。だが、侮ってはならぬ。アミグダリンというのは、青酸カリにも匹敵する猛毒で、死に至ることがある。

 枇杷葉は、古くは中国三千年の歴史がある。静岡の白枇杷も、中国からもらい受けて来、土肥地方にしかない。長崎には、白茂木で出ている。味が微妙に違う。白枇杷は濃厚な味わいがあり、白茂木は淡白な感じがする。

 気候や土にも因るし、風や雨量にも関係があろう。広島や長崎に枇杷葉が多いのは、癌に効くということから、先人達が植えていったものか?医学的なことは知らずとも、癒される効果もあったように思うのだ。

 宅配の小父さんに、靴の中に生の枇杷葉を入れて履き、仕事をしてはどうか?と、教えたことがある。足が痛かったり、膝が笑うらしいのだ。小父さんはとても喜んでくれた。これは焼酎に漬けた物でもいい。痛みを和らげる。

 ミニバラだが、色がきれいなので買った。ミニバラなので、あまり大きくならぬ。

 

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旧暦・弥生

2012年03月22日 | Weblog

 ようやく弥生になり、梅の花が咲き揃う。我が家の梅も満開です。梅の香りは清々しい。枇杷葉の匂いは馥郁としており、銀木犀、金木犀、柊がこの時期には咲いている。秋口から初冬へかけては、厳しさに向かう名残を感じる。

 シキミの花は小さいともいえませんが、大きくもない。丁度お彼岸に咲いていて、一様に驚き眺めていると、沈丁花に似たにおいがした。色は生成りで中心に花が固まっていた。春の花は、見つけられ難いので、匂いが強いのでしょうか。

 夏の花には、夕顔やヘリオトロープのように、個性的な香りがある。薔薇は、種類に依っては官能的な香りもあるが、色彩の鮮やかなのが多いです。はっきりした色が、空の青とのコントラストで綺麗です。四季の季節の移り変わりも、折々の花が愉しませてくれるのがうれしい。

 何だか怪しい雲行き。山に霧がかかっていると雨です。反対に深として冷えてくると晴れる。或いは、風が出てくると晴れ。26日には晴れそうな気配。金星と木星、水星に月が並ぶ。これに土星も観える。東天には火星も輝く。

 木星と金星の位置が上下反対になり、並んでいたのも離れている。光度も木星は減っていき、金星は増している。さよならジュピター。ヴィーナスの光り輝く様子が圧倒的です。宇宙を視ていると厭きません。人工的な光は苦手ですね。

 寒水仙と南天です。今年は、ヒヨドリに食べられると、早めに活けた。

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