枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

深夜の出来事

2020年06月30日 | Weblog
 朝、カーテンを開けようとして、居間の異常に仰天する。何という事だろう!出窓に置いていた鉢がひっくり返って、中味が畳に散乱しているではないか。茎が折れているのや、曲がったのがあるが、挿し芽で復活するかと鉢を元に戻す。昨夜、台風並みの風が吹いていたのを、窓をそのままにして眠っていたのだ。涼しいのを油断していた。惨憺たる有様に呆然自失。

 昨日の弁当の容器回収を、と連絡する。足湯に来るらしく持って行くらしいとのこと。雨が降っていることもあり、弁当は休みなので迷っていた。本屋に注文の文庫があり、青空市にも寄ってみると杏が出ていた。食用なのかな?1袋だけ求めて帰宅とした。程なくして連絡が来ての迎え。足湯を済ませ、足の脹脛と手首のマッサージも何回かしておく。元気になり送。

 メールが開かないのだと話していたら、小文字の入力に間違いがあったのを見つけて、訂正してくれて直してくれた。やれやれだぜ。OCNから見れないことはないが、結構面倒なのである。何度見ても、何処が拙いのかが分からなかっただけで有り難い。視力の衰えも、気力も体力も、年齢と共に失くしてしまうと気づく。パソコンは、ブログの更新だけで好いのだわさ。

 本日は流石に洗濯物は乾かず、冷房も点けていないので天気回復を待つしかない。自然に任せるのも好いかと干している。すばるは、自分の居場所を奪回して眠っている。指定席もその日の気分で変わるが、飼い主の態度では動じずだ。枇杷葉茶を喉を鳴らせて飲む。病院へは手術では連れて行ったが、一晩見知らぬ場所で過ごしたのと、注射にびっくりして大泣きした。

 以来、飼い主の状況で連れて行くことにはならないので、安心して暮らしている。枇杷葉茶を飲めばこそで、体の調子も好いようだ。人間でも、大薬王樹であり無憂扇と謂われるが所以、猫にも効果がある。これは薬よりも効くのと、普段からの養生で元気に過ごせる。何よりも、枇杷葉の効能を正しく知って用いることにある。飼い主は頑固であるが、猫には大甘なのだ。

 昨夜、ワインを飲んで眠ればと軽くやったが、これが逆効果で目はばっちりだった。何故眠れなかったのかは分からないが、兎に角雨音と風が凄まじかった。明け方、つるっとしたのは良かったが、鉢がひっくり返って散々。然しまあ、久しく掃除をしていなかったので、ため息を吐きつつかけた。偶には掃除もしておかなくてはいけない。普段は雑巾掛けだけで済ませて。

 梔子の花にキリギリスを見つけて捕獲しようとしたが、奴の方が素早かった。何をしていたんだろう?蜜を吸っていたのか?夜半には演奏してはいるが、コロナの影響もあって収入が少ないのかな。閣僚にだけ臨時で即渡すくらいなら、責めて3ヶ月は支給してくれ。身内びいきばかりではなく、庶民の生活の保障を願いたい。コロナのせいだけではない。政権に大いにある。

 薔薇の蔓が一気に伸びて、フェンスに巻き付いて咲いたが、翌年には枯れてしまった。挿し芽をしたのが生き延びた。
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旧暦での暮らしをして・・・

2020年06月29日 | Weblog
 気忙しい。星座の観測には旧暦は無くてはならないもので、時候を知っていないと、観測不能になったり反対に好条件に恵まれることも有。昨夜は、と言っても既に日付は変わっていて、草木も眠る丑三つ時になっている。湿気が充満していたのが急に冷え込んで来た。ひょっとするとと外に出てみれば、満天の星空である。デジカメを手に天の川や昴と撮りまくる。

 夏への扉が、映画化されるようだが止めてくれ。今までにも挑戦した監督はいたが、俳優の演技力と言うか拙さで失敗している。ちょっとばかり売れてきたからと起用したり、SFを齧った程度の知識で演じるのはいけない。原作に忠実にとは思わないが、ファンの想いには達するまいとも。無理なのである。砂の器でも、加藤剛や丹波哲郎が演じたから良かったのだ。

 無論、観る者の視点からでも異なるのは否めない。原作とは違っているのも仕方ない。それでも、俳優の技量の素晴らしさにも、監督の描かんとする想いにも依る。観る者の心を揺さぶる何かが無ければ白ける。そういう作品は、時を超えても残るし、何度観ても観厭きないものだ。そこには日本人の心が在り、世代を人種を繋げる役割もあるのだ。胸に迫る想いが。

 さて。夜勤者への弁当を届ける予定で、昨日から干瓢を戻しておいたのを、酢と砂糖とで味付ける。高野豆腐も水に曝す。胡瓜を切って塩をしておこう。これは巻きずしの具にするためだが、夏なので腐らない工夫と、口当たりが爽やかな感じで巻こう。おおっ青紫蘇も撮って来よう。水の汲み置きをペットボトルにしながら、洗濯していた夏蒲団を風に曝そうと干す。

 梔子の匂いに圧倒されるが、自然の風が運ぶので気分は佳い。これが人工的な臭いだと気分は悪くなり、倒れそうになるくなりのに閉口する。皆、人工的な香料をわざわざ買って室内に置くが、その香りには平気なのか?香害とも言うが、苦手な者も居るのです。ちゃんと日本語が喋れないのも困るが、本を読まない者が増えているので、付き合わなければ好いだけ。

 西日本が豪雨という天気だが、ここ三日ばかりは一滴も降っていない。降れば水遣りが助かるのだが、毎朝と夕方とに気を付けている。その際、蓬を摘んだのをバケツに入れておいて遣ったり、カルキを抜いてからしたりである。通草が、見落としていて何と7つ実がぶら下がっている。大きさが違うのは種類が異なるのだろう。早生や旬、晩生であろうか。愉しみ。

 カーネーションが、咲き終わったと思っていたら蕾を覗ける。これは夏の花なんだ?山桜桃に実が熟れていたのが、綺麗に消えて終った。ブルーベリーも同じである。早朝の出来事であり、安眠中のこと故仕方がない。人間の所有物ではないので分けることも大切。農薬をかけないので、美味いのであろうとは思うが、これも早い者勝ちらしい。ヒヨドリが蹴散らす。

 ジャックと豆の木を、元の場所に還す。何だか元気が無くなってくるし、葉が枯れて息絶えそうにしているので、これは如何と移動させた。木や花は、出来れば買って来て置いた場所から、動かさないのがいいらしいと聞く。人間も移動する度に新しい環境になるから、身体も心も付いて行けないことに陥る。誰しもではないが感情も左右される。何故かは不明だが。

 節分、立春ときて庭の様子も徐々に変わる。梅の樹にも蕾が綻んでき始める。清々しい香りに源氏物語を想う。

 
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日本の四季を愛でる、上弦・小潮

2020年06月28日 | Weblog
 旧歴で言えば皐月。即ち、梅雨の真っ最中となり、天気も不安定な日が続く。冷房を設置したのは留守中のことを思い、網戸にしていれば危険が増える。加えて点けたり切ったりすれば電気代が重なるので、設定温度で我慢してきた。然し、ここでは衣類での調整に気をつけ、夏であることの環境に合わせている。年金暮らしでは払えないもので、無い袖は振れない。

 自然に即した暮らしが身体に良く、食事の仕方にも依るが、経済的な面を補うのは自分しかない。流石にストーブは使えないので、煮炊きは焜炉でしている。電子レンジでの簡単さも好いが、それだけでは不味い。市販品も便利であるが、そこには必ず落とし穴も待っている。食材も青空市に行けば安くて大量に揃っており、一人分も調達可能である。沢山は要らない。

 リエさんの足の調子を気にして訊ねてみたら、椅子に座りっぱなしが悪いそうだ。仕事中は基本、立ち仕事でもあるので、良くは分らなかったが、自宅に居るようになってきて納得した。庭を巡回したりはするが、然したる距離ではないし、図書館に行くのも弁当の序でであるから歩かない。運動が苦手ときているし、浮腫みが生じるのかも。しっかりとドクダミを飲。

 今年収穫して干したのが乾いて来ている。段ボールに詰めて置くばかりではなく、自分でも飲まねばならないのだ。十の臓器の働きを援けるので、枇杷葉茶と共にお茶にしよう。否、自宅に居ると水分も余り摂らないし、汗も出て来ないからおざなりになっている。これは高齢になれば伴うことでもあり、心しておかねば命に拘るかも。未だ終活が終わってないのに…。

 昨日、切った梔子の蕾が夜半から咲き出して、今朝はその匂いに酔ってしまう。1枝でも強烈なのに洗面台や台所にも挿している。無論窓は網戸にしているが、台所の外には植えたのが見える。清楚な姿には違いないが、意思の強さには独特の想いがある。そういう女性に合う花でも。花が終われば彩色に用いられる。古代から布を染めるのに、工夫されたようである。

 ブログの更新を日々していて想うのは、此処に来て下さる方があり、或いは常連となってくださる方もおいでだ。書き込みはしませんが、こちらも覗きには行っております。興味を持つ方も何人か見かけますが、趣味の域を脱せない者で、了見が狭さに躊躇することが多い。読書が一日の大半を占め、そのためのDVD鑑賞やら、資料の検索に勤しんでいる。不器用でも。

 昨夜は、ネットが途中で切断されたので、トリスタンとイゾルデを観た。主役の二人が好いし、脇役の動きも素晴らしい。サムソンとデリラも序でに観ておく。映画は、監督の裁量にも依るのだろうが主役の役は重い。その時代に往くことが重要でもある。演じるのは現代の人間なので、役者の技量にも依るかも知れない。単なる俳優の好みかもね。面食いなのです。

 小説と映画での筋書きが異なるのは仕方がない。然し、それらをぶち壊すのではなく、根本を崩さずにいるのが好い。スターウォーズが7.8.9と失敗したのは監督が代わったから。個人的には嫌いな俳優が多かったのも有。ルーカスは凄い!凄かった。それだけにディズニーは、全く反対の要素でかかればよかった。無理矢理にこじつけた感が否めない。惜しいなぁ。

 秋から初冬にかけて、大気も澄んでくるので夜空が観渡せる。梅雨時の宇宙にも、晴れ間が覗くこともあるので。

 

 

 
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五月雨・・・

2020年06月27日 | Weblog
 曇り空である。昨日、宅配が届いてびっくりする。大きな箱に一杯のシメジである。どうしよう…、こんなには食べ切れないし、保存をしようにも冷蔵庫に入らない。冷凍庫に至っては枇杷葉茶で隙も無いので、思案した結果近所回りに配ることにした。送り主には申し訳ないが、何しろ独りであれば無理なこと。枇杷の実のお礼とはいえ、今後は無用に願いたいもの。

 子ども等にはそれなりに、来れば持って帰らすが送ることまではしない。母の日にも何が好いかとメールが来たが、自分で好きな時に思うように出来る金券を願った。娘は腹を立てたようだが考えてもみてくれ。我が家に集まっての祝いなら、プレゼントもうれしいが、品物だけを送ってそのままであれば、他人への建前だけと同じだ。親への感謝なら封書にしよう。

 リエさんにはくれぐれもと念を押し、こちらが言わぬ限りはとお願いしている。一人用の分量であったり、必要に応じての物であれば有難いが、暮らしの中で遣り繰りしているので、何等心配することは無い。上京した折でいいのです。それも無理にではなく、遭える時には自然と集えるもの。そういう関係であるのがこちらはたすかる。同じ地球であれば遇える。

 今朝は、足の甲の腫れが引き、歩行にも支障が無くなった。梔子が咲き始めた。在宅で予防に気をつけていたので、蕾も多く見えるのがうれしい。薔薇の白も、次々に蕾を覗けている。雨の中でも見回りを行い、天気になればアブラムシを捕る。ユキノシタを天麩羅にと取る。青紫蘇も彩目にしよう。弁当の菜に工夫を凝らしつつ塩で味付けをした。衣は卵と片栗粉。

 弁当を届けて帰宅。本日の予定はこれだけなので、午後からはゆっくりしよう。本屋で御宿かわせみの文庫を買ったのを夜半に読んだ。これまでは楽しみに読んで来たが、何だか文字が味気ない。作家の手抜きに思えて仕方がない。もったいぶった書き方でもある。外では野鳥が姦しい、四十雀・烏・ヒヨドリと羽音まで聴こえる。雀は身の危険を感じるのか早朝に。

 県立図書館に登録したら、フェイスブックと自動的に繋がってしまった。リエさんとの通信が途切れて困っていたので、これに乗っかったのだが、未だに使い方がよく分からなくて困る。加えて、個人情報が出てしまうので些細なことに驚く。こちらが望まなくても情報が来るので、友達容認に躊躇するのだ。うんざりする多勢に無勢でもある。何か方法がないものか。

 リエさんと暁子さんの枇杷葉の間にある。買った当時には、ピンク猫柳であったのが、数年経って普通のに転じた。
 

 
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やせ我慢か?

2020年06月26日 | Weblog
 蒸せるが梅雨時である。こういう不穏な天気と気温であろうと、日本人の端くれとして覚悟である。風が室内を通らなかったり、溜まってしまうから暑いのだ。我が家は枇杷葉のお陰であり、風が行き渡ることに感謝。凡そ涼しいとは言い難いが、季節的には有難い環境でもあるな。昨日の夕方にフェンスの草取りを、雨が止んだことで済ませた。草に雨粒が光っていた。

 今朝に持ち込むと体力が続かない。足の痛みが残っていて辛く、左だけかと思ったが右にも出ている。両足の甲が腫れているのだ。左が酷く腫れが引かない。それでも枇杷葉の焼酎漬けを貼って眠ると、多少は改善の兆しが見える。治るには1週間はかかるかと見立てる。イタドリも飲んでおく。今朝の体温は36.6℃で、普通の具合から言えば危ない。低体温であるのよ。

 ネットでの買い物の支払いがあり、本屋にも頼んでいた本があり寄る。図書館には返却に行く。葉室麟 嵯峨野花譜は読んでいて目頭が篤くなった。水野忠邦は非情な人物で、どちらかと言えば嫌いでもあるが、何となくこの時代の背景に照らし、経緯が分かってきて却って情愛が知られた。書き手の質にも因るんだろうとは思うが、一輪の花に寄せる心根が新鮮だ。

 古今和歌集や万葉集等、其処迄の想いで理解できていないから、教養の深さにも惹きこまれる。惜しい作家を亡くした。赤穂浪士の視点にも驚くばかりで、まるで謎解きをするように読めるのも愉しい。毎日新聞に連載された津軽双花が出会いだったが、惜しむらく暫くして亡くなられた。作品はどれも丁寧であり、渾身の想いで書かれている。甲乙つけ難く読んだ。

 時雨であったのか。強い日差しに立ち眩みが起きそうだ。水遣りをしなくてはならず、鉢の乾き具合が気になる。暑さに萎れては困るので、夕方になると小まめにしてはいるが、うっかりすることも多い。苗は水が多過ぎても枯れる。ズッキーニの苗は腐った。花がたくさん付いて期待していただけに。ちゃんと麦も敷いたのにな。野菜は青空市に行くことにする。

 ギリシャ神話のプレアデス・ヒアデス星団は、姉妹星団です。水野英子さんの星のたて琴にはヒロインとして、リンダと言う名前で地上に生まれてきます。日本名は昴です。清少納言も星はすばる、と讃えている程その輝きは素晴しい。我が家のすばるは、♀だと思ったから付けたのだが、♂だと判って慌てた。慣れてきていたので、そのまま呼んでいるが難しい。

 銀河は、そのままであった。我が家に来る猫には、宇宙の名前が付けたく、加えて、♀であることを優先していたが、色々思え♂の方がいいかも知れないと考えた。今では、自分の名前と記憶しているし、それなりに納得もしている。そろそろ3年が経過して、随分と大人しくなったもの。然し、地震の予兆には部屋中を駆ける。危険予知能力が優れているのだ。

 長崎茂木は、早ければ10月下旬にはこの状態になる。まさかこれが枇杷葉の花に、とは到底思えない。この後徐々に膨らむ。
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皐月、雨の休日

2020年06月25日 | Weblog
 余りにも晴天が続き、暑さも増しての日々に怪しむ。今朝は一転して雨になってきた。本日は弁当の配達も無く、足湯にも来ないと踏んでの穏やかな一日。免許の書き換えが気にはなるが、左足の横はぎが腫れているのがだるい。網戸にしていると、何処からか百足が侵入したか?靴下を履き、枇杷葉の焼酎漬けを入れて安静にすることとした。痛みは無いが熱がある。

 枇杷葉の焼酎漬けは、虫刺されにも効く。蜂にやられた時にもタオルに浸して当てていたら、腫れも痛みや痒みも消えた。独りだと、運転をして行く気力もないから、枇杷葉のエキスは大いに助かるのだ。加えて医者に行っても然したる治療法がある訳でなく、痛痒さは無くならない。刺された者にしか分からなく、これが実に堪らない。然し、このエキスは良く効くの。

 百足も蜂も死活問題が生じるから、必死となってくるのである。蝮は止めておこう。相手にならぬがいいが、捕獲しなければ咬まれる。血清を打っても三度は効かないし肝炎にもなってしまう。体長は寸詰りだが攻撃されれば守れない。何回か捕ったが運が良かったからで、長い物を傍に置くことにしたい。散歩にもそういう類の物が重要。夜道を歩く時には気をつけて。

 蛇は水が好きであり、夏の日には思いもかけない溜まりに居ることがある。油断すると襲い掛かる。眼を離すとあっという間に移動する。絶対に眼を離さずに仕留める。然しそれだけでは駄目で、気絶しているだけだから、川に等捨ててはいけない。この時期には仔を孕んでおり、新聞紙に包んで焼いてしまう。塵にして出そうとして咬まれる危険性も伴うので注意して。

 個人的には、姿を見せるなと云い置く。荒神さまに出向くのも、お砂が効くからであり、難を避けたい想いがある。何も殺生をしたい訳ではないのだ。人間の勝手なことには違いないが、自分を守る意味からも出て来てほしくない。枇杷葉で対処できる位なら心配はない。エルフギフトの下巻あと少しで、きたきた捕り物帖は読破。江戸物は興味が多く、一気に読んだ。

 相変わらずメールが開かない。他の箇所からのクリックで見られるので支障はないが、何とも使い勝手が悪い。仕事を辞めていてよかったと思う。気長にできるのもいいなぁ。枇杷葉の実が未だ一盛りはある。無農薬なので、萎びてはいるが腐らない。味もそのままで美味しい。リエさん始めとして、想う処には送ったので安堵している。特にお礼は困る。独りなので。

 すばるが飼い主が居なくなると居座る。パソコンをしている時にはチェアーに、DVDを鑑賞する時には、乗って来るか椅子に移る。要は、その日の気温に依って換わる。飼い主が横着な物で、せがむ度に餌をやるため肥っている。ずっしりと重くなって、腕枕をした日には痺れる。すばるもこの生活に慣れて来たのか、地震警報を発令する以外は、静かな居住まいだ。

 朝から、ジュリー祭りを何度も観ている。聴きながら読書という構図だが、途中で転寝をするほどで、沢田研二さんの声に癒される。個人的には、やはり若い時よりも今が好いなぁ…と聞き惚れる。タイガース時代のも持っているし、解散してからのも買ったが、ずっとのファンでもなかったから、そこは無理をしないことに。夢の中ではジュリーには遇えるのだがなあ。

 枇杷葉も、夏分には葉を繁らせて風を渡らす。実を採った時には、思い切り手折る。こうしておけば秋口には苞を見せる。
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暑さに慣れて・・・

2020年06月24日 | Weblog
 此処二・三日、右目の際が痛痒い。疲れが出て来たのか、風邪を引きそうであったからか、枇杷葉茶に刀豆を容れて飲んでおく。身体が免疫や抗体を創ろうとしたりする時には、何処かしらが不調を訴えてくる。自宅に居るのにも慣れてきて、回復の兆しもみられるが、歩数が極端に違ってきてある意味肥った。運動ウンチなので、何かをしようとは思わないのだ。

 子どもの頃には何をさせても不器用で、突指はする、顔面受けと小さな痣が堪えなかった。然し、山を走り回ったり高い所に上るのは得意で、長距離では何時も入賞していた。要は、チームを組んだり連携が苦手で、独り黙々とするのが好い。だからといって困っている人は見過ごせない。自分のことは後回しで手を貸す。結果的には良いように使われて騙される。

 年齢を重ねて来てからは、その手には乗らないとしている。人間の信じていられる価値の大小にも、一人か二人居ればいい。おべんちゃらには厭きたし、相手を想いやられる人も解かって来た。深い付き合いにはならず、距離を保っておれば支障はない。金銭的なことも絡めば後々ややこしい。今後は疲れないようにしての暮しでいこう。年金生活になったもので。

 天気が続いており、ドクダミがよく乾く。蒲団も干して、毛布や羽毛蒲団も洗った。一冬の使用でも可なりな汚れがある。ボディソープに漬け込んで置いて洗う。野鳥がブルーベリーに集っている。熟れた端から啄んでいる。今年は人間の口には無理だな。枇杷葉の実は収穫も終えたが、袋を掛けていなかったのは、知らぬ間に飛鳥したらしく消えた。それも好し。

 すばるが涼しい場所を探している。最終的には箪笥の上らしい。飼い主が居るようになってから、冷房を点けないので、毛皮をつけている分暑いのだろう。こちらは、半袖てあったり、タンクトップを着たりで、汗の出て来ることも有るが、未だ凌げるので。弁当を作る時には換気扇を回している。配達時にもそのままにして、少しなのだが網戸は閉めて行ってる。

 寝床にしている箱には、冷却対応の敷物をしているが、これには入らない。冷え過ぎると身体に悪いのを知っており、綿毛布や羽毛に横たわる。甘やかしてしまったのか、贅沢にさせたかで我儘を言う。アイスクリームもバニラは食べるが、チョコレートや抹茶は顔を叛ける。ロールパンは好むが、どれでもという訳でなく、メーカーが決まっている。飼い主が原因。

 クリスマスローズの花は、必ず白から咲き始める。もう何年も咲いてくれ、それを心待ちにして愉しんでいる。
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心に留めおく・・・

2020年06月23日 | Weblog
 沖縄慰霊の日。戦争は終わったのだから、既に済んだことだことと、忘れてしまうことはできない。戦後も酷い扱いを、今尚辺野古でも。沖縄の其処に住む人等の土地を、理解できない書類で騙し、基地にして追い出したアメリカと政府。人の物を盗れば泥棒です。加えて騙しているのです。これはペテンであり、詐欺でもあるのを、どれだけ強いて虐めれば気が済むのだろう。

 リエさんが枇杷葉の実のお礼にと、本を贈ってくれた。コロナに関するもので、子供向けではあるが要点を無理なくまとめていて読み易い。眼に見えないことが、人間の心理に影響することの怖さもあり、冷静に判断をしなければならない時、とても役立つ本である。マスクの事には触れていないが、唾液からや飛沫が飛ぶのを防ぐのは、大人の心得でもある。児童書なのです。

 福島の原発事故も、放射能の影響が眼に映らないから怖い。そのことを簡単にコントロールされていると嘯くことも恐い。オリンピックは即刻中止です。そもそもそういうことに大金を投じる前に、復興への支援をするべきでしょう!辺野古の問題にも、真剣に取り組んでくれ。なまじ上っ面ばかりで実がない。自分達への特別給付金は直ぐに出し、然も、金額は半端ないとは。

 庶民を舐め切っておる。マスク一枚の金額が幾らか知ってます?丸投げ状態ですから二万円となります。マスク要らないし返すからそのお金頂戴!!普通だったらそう思いません?雨の降る野外で炊き出しをしろですよ。釈明も説明もないだろう。これが現政権の落とし穴なのだ。コロナで自粛した分を、ネットから学べて非常に良かったです。新聞には載せ切れない事実もある。

 昨日の夕方から急に暑さが戻って来た。寒いくらいであったのが、汗が出る始末である。気温の変化についていけない。仕事を辞めているので、冷房に怯えることがないのは有難い。そういうこともあって、先月で辞めた。毎年、冷房の効き過ぎには閉口していたから、自宅と勤務先との温度差に、身体が堪えられないでいた。冷房は28℃で充分なのです。後は衣類の調整をして。

 先日取り込んでもらった画像の整理をする。大きさを縮小する手順にも慣れ、眠い目を何とか開けてしていたが、本日は弁当のこともあり中断して眠った。今朝は、すばるのトイレも換え、蒲団も干しての大忙しだ。家事の多さもあるが、しんどくなると止めることにしている。無理はしない。欲も持たない。あるが儘の暮しで満足しようと日々感謝。それにしても税率10%痛。

 枇杷葉の実も、贈った残りを口にしているが甘い。今年は市販品を食べずであるが、我が家の出来は上出来の優秀。粒が小さいのは仕方がなく、品種の違いにもあること。果汁はたっぷりだし甘さが半端ない。夏の風物詩でもあり、自慢の枇杷葉でもある。今年は裏年で少なかったが、剪定やお礼肥えもやっておこう。秋には花芽も見え出す。自然からの贈り物に祈りと感謝を。

 数年前の栴檀。道路脇に見事な枝ぶりです。木に雲が乗っかっている様で、おうちと入力すれば樗と変換されます。
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自然は不思議が・・・

2020年06月22日 | Weblog
 以前、日高敏隆著・蝶はなぜ飛ぶか、の題に惹かれて図書館に借りに行ったが、通草が繁り始めてから、蛹が消えてしまった。揚羽蝶は飛んでくるのだが、卵が孵らないのか?蜜柑の樹はあちこちにあり、実は生らないものの、孵化するのを楽しみにしていたが、昨年辺りからさっぱりだ。昨日の夕方には、部分日蝕があって、お誂え向きに曇っていたのでデジカメに撮る。

 それにしても、気温の低さに戸惑うばかりだ。これじゃ、冷房を点けているようで寒くて、夏の気分ではないな。風邪を引きそうになる。沢田研二さんの歌声を聴きながら、転寝をしていたのだ。危うく日蝕を見逃すところであった。ブログ用に写真を取り込んでいるのを、縮小して移動させる。この手間がなければいいが、そのままだとでか過ぎるので、文字が少なくなる。

 既に何年も続けており、写真も可能な限り入れている。難しいことは出来ないので基本だが、接続不能などにならぬ限りは更新している。書くことは日々あるし、日記なので衒いも気負いも無い。要は自分の呟きでもある。然し、良くも悪くも続いているなと、我ながら感心もする。誰かに読んでもらおうとか言う気も少なくて、自分勝手で我儘でもあるのです。なんだよぉ。

 ブログの設定を勧めてくれた方は、イタリアにお住まいで、ワインを製造販売されている。とても素敵な方であり、ブログを通じての繋がりでもある。わたくしの場合は、枇杷葉からの縁が深く、そこからの拘わりも多大にある。暁子さんがそうで、子ども等を引き連れてご自宅まで行かせてもらい、お隣のとは知らず枇杷葉にびっくりした。佐藤さとるさんは同人誌繋がり。

 リエさんとも、同人誌の印象で話しかけて友達に。しーちゃんやサンタさんもである。まあ、世間は広くて狭いものであるとは思うが。フェイスブックでの新規事は、偶然の繋がりになる。余りに増えて多くなると、それだけに時間を取られるのでしない。普段でも人付き合いが苦手で、コロナになっての自粛でなくても出て行かない。痩せている故の出不精であるのも要因。

 書籍はジャンルを問わないで読む。物理も解からないまでも目を通す。天文にも強い関心があり、そこから広がるギリシャ神話等の話には通じている。SFの世界は、当時から言うと変わらない。天地明察も、分野的に興味があって読んだ。歴史物にも心が惹かれる。史実と事実の狭間も好む。だが如何せん、書き手は生身の人間である。亡くなった方の何と少なくないことか。

 昨日に続き青天・五月晴れである。地面は多少乾いているので蒲団を広げ、洗濯物を干す。枇杷葉の収穫も終え、庭の状態に注意する。酢を散布しておく。ドクダミは未だ残っているが、採るのは止めにする。保管場所に困る。本日は夕方に弁当を持って行く予定があり、それまでは読書に集中できる。エルフギフトも下巻を読まなくては。ハリーポッターよりも面白い内容。

 入梅が近づくと、白い愕が見え出す。その薬効は広く知られているが、臭いが酷いことから嫌われる。肌荒れにも好い。

 

 
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皐月、朔・大潮

2020年06月21日 | Weblog
 二十四節気 夏至 太陽が、黄道の北端を通る日なので、北半球では一年中で、最も昼の長い日でもあり、暑気も厳しくなる。毎年、六月二十一日頃である。今年の不安定な気温に追い打ちをかける、コロナだが、そこで自宅待機となって、今まで蔑ろにしたり、眼を向けてこなかったり、じっくり考えてこなかった事柄が、輪郭をはっきりさせてきた。それでも未だ30%は支持。

 自分に都合の悪い事は消去し、議事録は書かずで残さず、国会を延長すれば修正が利かなくなるので、閉会を強引にしてのずらかり。でも隠れようがないし、逃げたところで事実は変わらない。逮捕された夫婦を応援演説してます。堂々と支援する姿を見て、嘘とかの問題ではない。検察は、徹底的に責任を問うてくれ。こんな奴らが群がる政権では、辺野古への基地建設は中止。

 地面が半乾きでもあるのだが、マッサージチェアにも換気が必要で、少しの時間を干すことにした。そろそろ仕舞うかな?梅雨時である。空模様は次第に怪しくなって来た。五月晴れになっても、五月雨に転じることが多く、余り蒲団は干さないようにはしている。今年は冷房を点けていないことから気分もあって。自然からの気温も、ここ数日は寒いくらいになり冬物を引き出。

 天気の日には洗濯である。足拭きマットや水零れ防止の大判タオル、夏蒲団を洗っておく。一夏済めば、汗の汚れを綺麗にして終うのだが、今は、臭いが気になるので洗った。庭の花も咲き終わったのを切っておく。かすみそうが咲き出した。白い紫陽花ともらったのが、今年もあるか無きかの淡い桃色である。銀梅花と紫陽花を切って花筒に活ける。薔薇のエキスも沢山溜まる。

 悠々自適と往きたいのだが、実際には何故にこんなに用事があるのか?という位に、あれもこれもと出て来る。如何に今まで横着であったか。実際物を置けばそのままにしているし、置いた上には埃が積もる。床の拭き掃除はしているが、大雑把に片付けてしまう。掃除機も数ヶ月に一度で、後はコロコロで済ます。夏ですばるの抜けた毛が飛び交う。分かったから走るなぁ!

 本日の予定は塩換え。早々と段取りが終了して安堵する。玄関も掃き清めておく。田舎のこと故、土のある個所がおおいので、雨が降ると泥だらけになる。その度に掃いてはいるが、雨が続けば怠けてしまう。根性なしになっていくのは、仕事を辞めたからでもなく歳かなぁ?とうそぶくが何時でも出来ると思うから。これが命の時間を思っていたら、何事にも謙虚で向かう。

 藪蚊が、庭に出た途端に来る。これには蓬を擦り込んでおくと好いらしい。バケツには入れているが、皮膚に塗りつけておけば、奴らは嫌うらしい。あっという間に貴重な血を吸われた。血液型にも依るらしい。藪蚊にも枇杷葉エキスは痒み止めに。4杯目の洗濯で、本日は終了とする。すばるが遊んでくれと催促をするが、ブログ更新が先です。飼い主の態度におかんむりだ。

 秋口になって、枇杷葉の花が咲き出すと、寒いじゃんと訴える。毛布だけでは我慢できないらしい。暖房を待っている。
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