ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

【2009年7月】

2009-10-27 18:08:49 | 2009年7月
2009.7.7 ハーセプチン50回目
 月初めの採血。今日でちょうどハーセプチン開始から1周年。「七夕の日、願いはかないますよ。」と言ってくださった先生の言葉を今も思い出す。
 日曜日にあけぼの会の「初夏のお集まり」で患者会デビューをしたせいか、気分はとても前向きで、看護師さんにも冗談などを言ってしまう。
 手先、足先の痺れと痛みのために服用中の芍薬甘草湯はもうしばらく続行。一時は妊婦のときと同じまでになった体重は、ほぼ元通りになったものの、夕方の足のむくみを考えると、利尿剤(ラシックス)もまだやめられないでしょう、ということになる。やはりむくみから開放されるのもぺらぺらに薄くて浮き上がってしまった爪が元通りになるのと同じくらいの時間がかかるということだ。半年から1年の我慢だ。
 採血結果は白血球が低めで2900、ずっと低めだったアルブミン、カリウムについては正常下限値になったとのこと。腫瘍マーカーは来週のお楽しみ。
 点滴の時間、毎週1冊ないしは2冊の文庫本が読み終わる。今日は重松清さんの「あの歌が聞こえる」、吉本ばななさんの「ハードボイルド・ハードラック」。お2人とも同世代なので、時代背景が懐かしくとても読みやすい。
 1ヶ月分のアロマシン、ラシックス、芍薬甘草湯、ビタメジンを薬局で受け取る。手さげ袋いっぱいの結構な量になった。

2009.7.14 ハーセプチン51回目
 胸の鈍痛、足や手の痺れは相変わらず。手指の先に水泡ができて皮がむけてきている。手袋をはずしてお見せすると先生いわく「脱皮ですかね・・・。」「・・・脱皮ですか。」って・・・先生お茶目でしょう?!ぶつけると痛いしぺらぺらになった爪が折れそうなので手袋はまだとれない。
 先週の腫瘍マーカーCA15-3値は4.1。低く安定しているので、欠かさず治療を頑張りましょう、とのこと。レントゲンやCTは当分不要。症状とマーカー値で判断していくが、何もなくても秋には撮る予定、とのこと。
 看護師さんがおっしゃるには、ハーセプチンを長く使うと皮膚が弱くなるそうだ。確かに以前は採血の後にテープを貼ってもなんともなかったのに、今ではどうも跡が残ったり赤くかぶれたりする。昨年11月のポート埋め込み手術のときにぐるぐるに貼り付けられた跡はいまだに残っている。今も点滴の時、ポートを固定するテープにかぶれて真っ赤になる。それで脱皮?困ったものだ。
 点滴中の今日の1冊は、安保徹先生の「病気は自分で治す―免疫学101の処方箋―」。先生いわく人間はぎりぎりのところで生きている。がんばりすぎてもだめ、だらけすぎてもだめ・・・本当にそうなのだ。

2009.7.21 ハーセプチン52回目、ゾメタ22回目
 今日は予約の30分前に病院に到着。なんと、ほとんど待たずに診察室から呼んでいただく。「どんな1週間でしたか。」といういつもの質問にお答えする。アロマシンの副作用の手指のこわばりが強くなったこと、いよいよというか遅ればせながら手指に続いて足の親指の爪がとれそうになってきたこと、胸骨の鈍痛は相変わらず、などをお話して点滴室に入る。
 点滴中、ホットフラッシュでかっと暑くなって上着を脱ぐと、今度は冷房で寒くなって、脱いだり着たり・・・忙しい。それでもポートにしてからは、両腕が自由になっているので本当にありがたい。これが腕からの点滴だったら脱いだり着たり、はとてもできないのだから。ゾメタが入ると胸全体がぎしぎしして鈍痛がひどくなる。効いている、ということなのだろうと思うのだが。
 点滴の間の今日の1冊は、NHKがん特別取材班による「日本のがん医療を問う」。文庫は去年の4月に出たもの。今や日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなっている時代だという。
 私は公務員なので民間に勤めている方たちよりとても恵まれた職場環境なのだと思うが、それでも今回休職したことで、今後1年間は同じ病気では病気休暇がとれない。そんなわけで世は夏休み、の今、夏季休暇も小出しにすべてこの通院休暇に使っている。制度は元気な人たちが作るものだから、休職してまで治療に専念したわけだし、1年も経過しないうちに復職後も引き続き週1回の通院が必要、などということは「想定外」なのだろう。同じ病気では、というところがミソで初発乳がん、再発乳がんと再々発乳がんは違う病気なのか、まだ確認できていない。いずれにせよ、基本的には休職すれば完治する病気が対象で、完治しなくとも経過観察が必要でも、月1回程度の通院ならわざわざ病気休暇等取得しなくとも有給休暇で足りるだろう、ということ。慢性疾患で週1回の通院が必要な病気まではやっぱり「想定外」なのだ。そのため、職場からは平日5日間しっかり働いて土日に通院できないのかとか、午前中の休みだけで間に合わないのか、という質問もされた。確かに個人のクリニックなら土日も開いていて診ていただけるかもしれない、それに通院している病院が職場からドアツードアで30分くらいで、1回30分程度の点滴なら半日休暇でも間に合うのかもしれない。でも、そうではないのだ、ということがやはりなかなか理解してもらえない。こうなってくると「働く意欲と能力があれば・・・」という能力が、自分にはすでになくなっているのか・・・と少々いじけてしまったりもする。
 それでもこうして書くことにより、私たち患者が通院と仕事を続けていくことがどんなことなのか、1人でも理解してくれる人ができれば嬉しいし、先に書いたように2人に1人がこの病気になるとしたら、今のままの制度では決して企業も役所も立ちゆかなくなるのではないか、と思う。
 初発の時に執刀してくれた病院の先生から言われた言葉を思い出した。「抗がん剤を始めたら、あまりそのことを考えすぎてはだめ。精神的にきつくなるので、治療を生活に組み込んでいかなくては。」・・・今こうして週に1回の通院を1年あまり続けてきて、治療が私の生活の中心(とまで言っては職場に申し訳ないけれど)というか軸になっているのは確かだ。治療を軸にして今の私の生活が回っている。
これからも命をつなぐためにきちんと治療に通います。

2009.7.28 ハーセプチン53回目
 今日は4週間に1度になって初めての皮膚科診察の日。2月の最初、タキソテールの副作用から頬の皮膚がむけ、目の周りがただれ、顔全体の色素沈着、爪の痛み等々で診ていただくことになって以来、毎週、2週に1度、3週に1度、と間隔があき、ようやく今回の4週に1度になった。今日は両足の親指の爪を見ていただく。「はがれるのは時間の問題」とのことで、なるべくやわらかく自然に取れるようにとサリチル酸ワセリンを処方していただいた。これからはお風呂あがりに塗布してラップでくるんで寝ることになる。今まで手の爪もワセリン塗布+ラップをしてきたが、おかげさまでずいぶんよくなってきた。
 2週間前「脱皮」のお話をしたが、確かに医学用語ではないけれど「脱皮」に間違いないのだそうで、(医学的には表皮剥離)、新しい皮がちゃんと出てきて入れ替わっている、ということはよいことなのだそうだ。一皮むけていい女、になれればよいのだが・・・。
 その後内科へ。皮膚科での受診情報はすでに先生のパソコンにも入っていて足爪の話題から。先週は心配だった頭痛もなく胸の鈍痛・圧痛と足の痺れ、だるさ以外は特に変わったことがないとご報告。予定通り今日はハーセプチンの点滴。次回は月初めの採血後、診察になる。
 点滴中の今日の一冊は、小川洋子さんの「犬のしっぽを撫でながら」。集英社文庫・夏の一冊(ナツイチ)のエッセイ集。「博士の愛した公式」をめぐる数学の美しさ、「アンネ・フランクへの旅」等、自分も少女の頃一生懸命読んだ「アンネの日記」をもう一度読もうかと思わせられる彼女の素敵な作品が生まれるまでのお話等。一気に読み終わる。
 その後ちょっと眠いかなと眼をつぶると「終わりですよ。」と看護師さんの声。ハーセプチンを生理食塩水に換えていただいたことも知らないほど初めて点滴椅子で爆睡した。「よく寝ていましたね、声かけるのためらったわ~」と言われ、思わずびっくり。ずいぶんずうずうしくなったものだ。最初の頃はとても緊張して、経過時間と点滴の残量を比べてはちゃんと落ちているか暗算していたりしたのに・・・。
あまりに暑く頭が蒸れるので、先週から家でもかぶっていたバンダナや帽子をとることにした。息子が(私のはげ頭は)「見たくない」と涙ぐんだのでずっと我慢していたのだけれど、夫が「ママの頭があせもになってイライラされるよりいいじゃないか、うちには一休さんが一人いると思って」って、・・・一休さんですか?!難しいお年頃の息子だけれど、1週間して私のクリ坊頭にも慣れてくれたので、外出以外はかつらの暑苦しさから開放されている。
 これからどんどん抜けていくのではなくて、今は芝生のようだけれど、どんどん生えてくるのだからいいじゃない、とようやく自分でも言えるようになったのだ。
明日は職場の健康診断。去年は肺の影について連絡してもらったけれど、最初に連絡があったときは、今度は胃も・・・と勘違いして慌てふためいた記憶がある。検診は大切だけれど、結果が出るまでやっぱり不安だ。
 早いもので次週は8月。東京とはいっても田舎の自宅。窓の外から聞こえる蝉の声がとても大きい。短い夏の命の燃焼を感じる。

コメント
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