ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2014.11.29 抗がん剤との付き合い方

2014-11-29 21:03:50 | 日記
 新聞記事からの話題が続いてしまうが、また良い記事を見つけたので、長文ではあるが、以下転載させて頂く。

 ※   ※   ※(転載開始)

どうすれば安全安心:抗がん剤とどうつき合うか 今の生活の維持に重点
(毎日新聞 2014年11月27日 東京夕刊)

◇優れた制吐薬が登場/9割以上が外来治療可/1剤を継続する方法も
 手術、放射線と並ぶがん治療の3大選択肢の一つ、抗がん剤。以前は「副作用が強くつらい」とのイメージがあったが、近年はそれを抑える優れた薬が続々と開発され、苦痛を軽減しながら治療を受けられるようになっている。抗がん剤と、どのようにつき合っていけばよいのだろうか。【庄司哲也】

 40代の男性会社員、Aさんは急に激しくせき込むようになり、その後は息苦しさも感じるようになった。「念のために」と受けた検査で予想もしない診断が出た。肺がんだった。がん細胞が胸の中全体に散り、胸に水がたまっていた。最も進行した「ステージ4」の状態。既に手術や放射線照射ができる状態ではなかったため、医師から抗がん剤による治療が勧められた。「本当に効くのだろうか」。抗がん剤と聞いて、Aさんは不安を抑えられなかった−−。

 「抗がん剤単独で完治させるような薬はまだ少なく、他臓器に転移した進行再発がんを治すのも難しいのが現状ですが、その一方で、がん治療の状況はこの10年ほどでがらりと変わりました。抗がん剤といえば『効く』『効かない』で考えがちですが、二分して考えてしまうと誤解を招きます」と話すのは、日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授の勝俣範之さんだ。どういうことか。

 固形がん(血液がん以外のがん)に抗がん剤治療をする目的は、大別して二つある。一つは、手術や放射線治療の後、目に見えない転移の可能性がある患者に投与し、再発を防いで完治の率を高めるためで「術後補助療法」という。もう一つが、転移や再発をした患者の延命のためだ。後者は治癒する可能性は高くはないが、がんとできるだけ長く付き合っていくことを目指す。「確かにがんは強敵で、つらい治療をしなければ闘えない面はあります。ですが、それを支える薬も進化している。がん細胞が消える完治にこだわる必要はなく、薬をうまく使っていくことで、がんと共存していける時代になってきたと言えます」と勝俣さんは力説する。

 投与される抗がん剤が決まり、入院したAさん。がん治療に幅広く使われる、白金を含む金属化合物のシスプラチンという薬など複数の抗がん剤を組み合わせて点滴を受ける予定だ。副作用で思い浮かぶのは激しい嘔吐(おうと)や吐き気。がんをテーマにしたドラマでも、そんな場面を見た気がするが−−。

 しかし、それはもう過去の話。嘔吐や吐き気を抑える優れた制吐薬が登場している。
 日本では1995年に消化管の吐き気を催すセロトニンという物質の作用を妨げる「5HT3受容体拮抗(きっこう)薬」が承認され、抗がん剤による吐き気はかなり抑えられるようになった。さらに2009年には「アプレピタント」(製品名イメンド)が承認された。抗がん剤の投与後、一定の時間が経過した後に起こる遅発性の吐き気も抑制できるようになっている。

 「シスプラチンは数多くのがんの治療に用いられてきた一方で、吐き気・嘔吐などの副作用が強く表れ、かなり以前は抗がん剤の悪いイメージを代表するような薬でした。しかし、吐き気を抑える優れた薬がある現在では、シスプラチンを使った治療も入院の必要はなく、外来通院でできるようになっています」(勝俣さん)
 がんに伴う症状や、治療の副作用を予防したり、軽減させたりするための治療は「支持療法」と呼ばれる。勝俣さんによると、今は9割以上の抗がん剤が外来通院での治療が可能という。言い換えればそれだけ副作用対策が進んだということだ。「抗がん剤治療は必ず入院して行うという時代では、もうなくなっているのです」

 複数の抗がん剤で治療を受けたAさんはがんが縮小し、病状も安定。悪性胸膜中皮腫の治療にも使われるペメトレキセド(製品名アリムタ)という1剤(点滴)で、外来通院治療を続けることになった。ペメトレキセドのように副作用が比較的少ない薬を使い、現状維持や悪化予防のため継続的に行う治療は「維持療法(メンテナンス)」と呼ばれる。
 以前はシスプラチンなどを併用した治療を4〜6クール行い、がんが縮むなど病勢が収まるといったん投薬を休んでいたが、維持療法では休薬期間を設けずに1剤または2剤をそのまま使い続ける。

 「維持療法は副作用が少なく、生活の質を保ちながら長期間続けられるメリットがあります。肺がんに栄養を供給するための新たな血管づくりを阻害する『ベバシズマブ(製品名アバスチン)』や乳がん治療用の『トラスツズマブ(製品名ハーセプチン)』も、維持療法に使われる抗がん剤です」。国立がん研究センター東病院呼吸器外科科長の坪井正博さんはそう説明する。
 肺がんの場合、特定の分子をターゲットにした分子標的薬のゲフィチニブ(製品名イレッサ)やエルロチニブ(製品名タルセバ)の登場が治療に影響を及ぼした。

 イレッサ、タルセバは、がん細胞が増殖するためのスイッチのような役割を果たす「EGFR」という遺伝子に変異がある人に使われる。坪井さんによると、これらの分子標的薬の導入で、以前は10カ月前後だったステージ4の生存期間中央値(患者の半数が死亡するまでの期間)が、EGFRに変異がある人では3年近くに延びているという。いずれも飲み薬で、患者が自分で服用できる。

 新たな抗がん剤の開発、医療技術の進歩により、治癒する人、延命する人は増えている。坪井さんはこうアドバイスする。「がんになったことを受け止め、今何がしたいか、何ができるかを考えるようにしてください。抗がん剤治療には確かに副作用もありますが、『髪の毛が抜けない薬の方が生活しやすい』という人には抜けない薬、抜けにくい薬もあり、選択の幅は広がっています。『効く』『効かない』で思い悩むよりも、まずは今の生活を楽しもうと前向きに考えていくことが重要です」

 がん細胞といえども自分の体の一部ということを認識し、共存を図っていくという考え方を持つことも大切なようだ。

(転載終了)※   ※   ※

 こうした啓発記事があちこちで書かれているのにもかかわらず、世間の認知度はやっぱりまだまだだな、と思う。そこで出てくるのが、がん→抗がん剤→酷い副作用、出来れば勘弁(その結果、近藤先生のがん放置理論が取り沙汰される?)、といった単純な図式である。

 先日もそんなテレビドラマがあった。見つかった時には既に肝転移がある乳がんを患った30代の主人公、その夫も進行肺がんというブログを基にした今季のドラマである。(残念ながら実際の彼女の更新は昨年5月で途絶え、その後1年足らずの闘病を経て昨秋亡くなっていたことが先月のご主人の更新にあった。)

 赤い点滴を初回入院で投与される主人公の映像―見る人が見れば判る、いわゆるアンスラサイクリン系のエピルビシンの抗がん剤だと思うのだが、その後、彼女の嘔吐のシーンが凄まじかった。がんと闘うことがいかに大変で苦痛を伴うことか、を描かないとドラマとしての迫力が欠けるとでもいうのか、あるいは、こういう場面を取り入れることで視聴率アップを目論むのか、いずれにしろ大変なシーンではあった。
 ところが、ドラマ設定は今年2014年1月のよう。だとすれば、吐き気が強いこの療法に対しては2009年承認済みのイメンド(投与後、遅れて発生する吐き気も強力にブロックすることの出来る制吐剤)を処方することが可能な筈だ。

 一昨年、この薬をEC療法で(エピルビシンとシクロホスファミド併用)を4クール投与した私だが、既にその前に使っていたナベルビン(吐き気はあまり出ないとされる)でも長い期間続けるうちに吐き気が酷くなってきていたこともあり、吐き気対策は万全を期して点滴のアロキシ(半減期が長い5-HT3受容体拮抗薬)とデキサート(ステロイド)に加え、経口薬イメンド、デカドロン(ステロイド)、ナウゼリンまで総動員して処方して頂いた。その結果、もちろん吐き気、気持ち悪さはそれなりにあったけれど、あんなに吐き続けるどころか、結果的には一度も嘔吐することはなかった。
 私は抗がん剤の副作用が出ないタイプではない。逆に、数パーセントの人にしか出ないというほど稀なものであっても、それらの多くを引き受けるほど、抗がん剤の感受性が極めて強い(自慢ではないけれど)のである。そんな私がそれで済んだのだから、ちょっと不思議といえば不思議なのだけれど。

 再発進行がんの治療の目的は、術後補助療法で再発防止・完治を目指すための抗がん剤治療とは全く異なる。完治しなくとも、がん細胞をひとつ残らず死滅させることは出来なくとも、いかに長く自分の中のがん細胞とうまく共存しながら日々を送っていくか、これこそがその目的である。まずはこのことをしっかり理解したい。

 されば、自分が病を抱えながらどういう日々を送りたいか、である。薬の組み合わせや使う順番は百人百様のパターンがあろう。脱毛は出来るだけ後回しにして、今は・・・という選択肢も十分考えられる。(実際私もそうして、タキソテール開始迄はホルモン剤とハーセプチンで粘ったし、タキソテール後、ようやくかつらを外したばかりで薬チェンジを言われた時、すぐにEC(再度の脱毛)は勘弁してください、とナベルビンを使い、ホルモン剤で凌いで2年を過ごせた。) 

 主治医とよく話し合って納得した上での選択ならば、それこそ病と向き合う患者ごとのオリジナルヴァージョンがあっていい。
 そう、24時間365日闘い続けなくて良いのである。うまくオン(積極的療法)とオフ(支持療法・維持療法)を組み合わせながら、なるべく体力を温存して、出来るだけ心穏やかに病と共存する幸せな日々を送りたいものである。
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2014.11.28 これぞ再発進行がん治療の真髄なり!

2014-11-28 21:38:07 | 日記
 何度もこのブログでご紹介させて頂いている、読売新聞医療サイトyomiDr.の大津秀一先生のコラム。最新号を読んで“進行再発がん治療”とはまさにこういうことだったんだ!と膝を打った。
 ここ数回は、あの近藤誠さんがこれほど取り沙汰されていることについての考察が続いている。
 4回目の今回はそれよりも何よりも、がん治療の何たるかが実にうまく表現されていると思う。先の見えないいわゆるエンドレスの治療中の方々には、うんと腑に落ちるものなのではないか。
 長文だが、以下、転載させて頂く。

※   ※   ※(転載開始)

専門家に訊きたい!終末期と緩和ケアの本当の話
近藤誠さんがはやる深層(4)不信をもたれやすいがん治療(2014.11.27)

 さて、単にメディアの力だけでは、近藤さんの論はあれほど広まらなかったでしょう。
 やはり医療に対する懐疑がそこにはあるのだと思います。
 近藤さんが批判を加えている医療にはある特徴があります。それは時に懐疑を抱かれやすい性質のものであります。では、それらの医療のどんな特徴が、懐疑を増幅させやすいのでしょうか? 皆さんと考えていきましょう。
 残念ながら、がん医療も懐疑を持たれやすくもあります。
 例えば高度に進行したがんの多くは、完全に治すことは不可能です。
 中には病勢をコントロールするだけでも精いっぱいという場合もあります。

 例えば根治不能ながんの化学療法(抗がん剤治療)においては
※ 患者さんが思う「治る」(完全に治る)ことと、治療によって実際に期待し得る効果「良くなる」(「生活の質(QOL)」を確保し延命する)ことの間の開き……期待される効果と現実の効果の差がある。「良くなりますよ」と言われると患者さんは「完全に治ること」を思う。そうではないことを何度か伝えられても、情報としてはわかっていてもなかなか気持ちが付いていかない。
※ 治療の効果(腫瘍の縮小などによる症状の改善)を実感できるより「早い時期から」副作用が出現し得ること……長くバランスの取れた延命と生活の質を保持するために、今の生活の質を下げる可能性がある治療を行うこと。

 など、わかりにくく、誤解が頻繁に生じる可能性があります。説明しても忘れてしまわれたり、事実としては知っていても気持ちが追い付かないので「この治療で完全に治します!」と否認したり、そのようなことはしばしば起こるものです。これは無理もないことで、当たり前だと思いますし、がん医療を専門とする医師はそれを前提で診療しています。
 人の気持ちが相手なので容易なことではありません。治療の目的を明確化させるために何度も「この治療は完全に治ることを目的とはしていません」と伝えられると、中には「もう疲れてしまった」「もしかすると『治るかも』という気持ちがあるからこそ、頑張れるのに……」と精神的なつらさを増してしまうこともあります。確かに「治るかも」という気持ちは、ある時期までは大きな支えになるのも事実です。ゆえに、医師は患者さんによっては「良くなるからね」としか言えずに、患者さんの願う「完全に良くなる」との差がずっと埋めづらいままに最後が来てしまうことがあります。
 このように、がん医療はわかりやすいものではなく、患者さんは、程度の差こそあれ「この治療で良いのだろうか」「この選択で良いのだろうか」という疑問は多くの方が持っているものと言えるでしょう。ゆえに、不安や疑問に対処し、思いや目標のすれ違いやずれを修正するためのコミュニケーションが非常に必要とされています
 なお、近藤さんが批判されている医療の特徴、皆さんはおわかりになりましたか?
 検診、早期がんの手術、進行がんの化学療法。
 これらはすべて、症状がないか乏しい状態で、「根治のために、あるいは長くバランスの取れた延命と生活の質を保持するために、今の生活の質を下げる可能性がある治療」を行う医療です。
 今は大きな問題を自覚していないが、未来のために、今を一定レベル捧げる、という医療なのです。がんの症状が今はなくても、将来のために、今苦痛を伴う処置を受ける、ということです。
 これは「急な症状が出て、それが苦しく、治療で完全に治る」という医療と比較してわかりづらいため、治療の目的や意味を理解していないと、しばしば懐疑の気持ちが生じます。「完全に治り得る」検診後の治療、早期がんの手術と比較して、治り得ない進行がんの化学療法の場合はとりわけそうだと思います。近藤さんはこれらの医療を否定することで、その理解しがたさから生じる疑念を、支援者には払拭させ、一方で平均的な患者さんには深めていると言えましょう。
 まず、このように根治困難な進行がんの医療はわかりづらい、というところが背景としてあるわけですが、翻って現場はどうでしょうか?
 次回に続きます。

(転載終了)※   ※   ※

 症状がない、もしくはそれほどでもない状態で、将来的により長い期間、QOLを落とさないようにするために、今しばらくの間のQOLを犠牲にする、ということ・・・進行再発がん治療とは、まさしくこのことに尽きるのであると思う。

 もちろん頭では判ってはいても、実際に何もしないでいるとそれほど具合が悪くないのに、抗がん剤治療等をすることによって明らかに副作用のために体調が悪くなる、という経験を何度もすると、その部分だけしか見ることが出来なくなることがある。
 そうすると、なんで完治しないのにこんな辛い治療をするんだろう、もう止めたい・・・という気持ちも湧いてくる。実際に、私は何度も何度もそう思いながらこれまでやってきた。
 逆に、もしかしたら完治とはいかなくても、薬の力で寛解に持っていけるかもしれない・・・という一筋の希望を持っていられるからこそ、辛い治療が続けられる、ということにもなる。

 けれど、自分の身体は1つしかないから、何もしないでいたらその後どうなっていくのか、治療をしたからこそ今があるのか、同時に比べることが出来ない。何もしないでいたら・・・の部分がどこかに飛んで行ってしまい、辛い治療などしなくても実際は変わらなかったのではないか、なのにこんなに辛い治療をして・・・もうしたくない、ということになる。
 私も正直なところ、例えばあのタキソテールに始まり、ナベルビン、EC、ゼローダ等の抗がん剤治療をしていなかったら、今の状態がキープ出来ているのかどうか、全くわからない。都合のいい解釈をすれば、もしかしたら治療をしなくとも副作用の少ないマイルドな分子標的薬治療だけ続けてさえいれば、がん細胞はことの外大人しくしていてくれて、今もそれほど酷い事になっていない可能性もゼロではないのかもしれない。

 それでも、少しでもいい状態を続けるために、辛い症状が出ることなく仕事も家庭も趣味も、出来ることならなるべく長く欲張りたいという私らしい普通の生活を続けさせて頂く為に、完治しないことは重々承知で、治療を続ける。
 再発進行がん患者としては、やはりこれ以外の選択肢はないのだと思っている。あくまで完治ではなく、不変までもっていってもらえれば、今の生活が続けられるわけだから。

 とはいえ、だんだん負けが込んで来た時に、穏やかな気持ちで同じことを言い切れるかどうか、情けなくも自信はない。その時にはもう十分闘い切った、共存し切ったと、願わくば笑顔で言えると良いのだろうけれど・・・。
 けれど、だからといって現に今、明らかに効くことが判っている薬があるなら、その恩恵を被ることなく無治療でそのまま・・・という選択肢は私にとってはやはりないな、と強く思うのである。
 

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2014.11.27 不幸せな人の習慣を幸せな人の習慣に変えるために

2014-11-27 20:58:06 | 日記
 ハフィントン・ポスト日本版の記事で気になるものがあったので、以下、かいつまんで転載させて頂く。
 私は今、自分が幸せ者であると感謝している。もちろん、人生思うに任せないことも少なくないけれど、それでも決して自分が不幸せだとは思わないし、不幸せだと感じる時間よりも幸せだと感じる時間の方が断然長い。これは自信をもって言い切る事が出来る。
 さて、単純に考えれば、以下に記載されている不幸せな人の7つの習慣と反対のことを意識的に目指すことが出来るならば、いつも幸せな人に近付けるのではないだろうか。誰だって不幸せな人でい続けたい、とは思わないだろうから。

※  ※  ※(転載開始)

「いつも不幸せな人の7つの習慣」(2014年11月24日)Tamara Star(タマラ・スター:女性をリブートさせる40日間プログラム」創設者、講師、作家 )

 私は、幸福についてしばしば教えているのですが、その中で実にはっきりしてきたことがあります。それは、いつも不幸せな人々は7つの特徴を持っているということです。
(中略)
 長年にわたって、私はいつも不幸せでいる人々が、ある特徴と習慣を持っていることを学びました。しかし、そのことについてあなたと考えてみる前に、次のことはあらかじめ申し上げておかなければいけません。私たちすべてがこの7つにあてはまり、ひどい日も、さらには数週間にわたるひどい時期も経験することがあるのです。
 幸福な人生と不幸せな人生との間にある違いは、どれほどの頻度で、そして、どれぐらい長く、その状態にいるかどうかなのです。ここに、いつも不幸せな人々の7つの習慣をご紹介します。

1.人生は厳しいものだと信じている。
2.ほとんどの人間を信用できないと思っている。
3.世の中の正しいことより間違っていることの方ばかり考えている。
4.自分を他人と比べて嫉妬心を持っている。
5.自分の人生を支配しようと奮闘する。
6.未来は不安と恐怖に満ちていると考えている。
7.噂話や悪口ばかり話している。

 前進し、つまずき、もう一度立ち上がる。その繰り返しです。もう一度立ち上がるということにこそ、違いがあるのです。

(転載終了)※   ※   ※

 それぞれの項目に続く長い解説文を勝手ながら大胆にピックアップして、幸せな人の7つの習慣をまとめさせて頂くと、以下のようになる。

1.人生は厳しいが、その状況から抜け出す道筋を見つけるために意識を集中させ、被害者意識を持って生きることなく、ワクワクしながら生きる。混乱した状態でも自分を見失わず、環境に不満を言うのではなく、忍耐強く問題を解決出来る。

2.周りの人を信用し、人々の中の善なる部分を信じ、出会う人々に対して常にオープンで親しみやすい態度で接し、自分を取り巻くコミュニティーを育む気持ちを持ち、新しい出会いに心を開くことが出来る。

3.地球規模の問題に目を向ける一方で、何が正しいのかをきちんと判断し、バランスを取ろうとする。

4.人の幸運や、良い状況は、自らもまた大きな希望を達成出来るという兆しであることを知る。無限の可能性を信じ、誰かの幸運が自分たちの人生の可能性を阻害するなどという考えにとらわれることがない。

5.目標を達成するために、日々階段を上り、自分の人生を自らコントロールできる部分など本当に少ししかないと最後に気づく。人生が変化球を投げて向かってきたとしても、集中を保ち、流れとともに生きる(別の目標となるプランBを持つ)能力を持ち続け、気持ちが萎えてしまうことがない。目標志向で、集中し、ひどい出来事が起きても気持ちを打ち砕かれたりしないだけのゆとりを持つ。

6.恐ろしいことや不安な出来事を経験するが、それを感じることと、実際に経験することとの違いをはっきりさせ、そうした恐怖や不安が現実に起きるのを防ぐために自分ができる手立てはないかと自分自身に問いかけ、行動する。

7.今と、未来への夢の中で生きる。自分たちが取り組み、感謝し、自分たちが持つ人生の可能性について夢見ていることにいつもワクワクしながら生活する。

 誰しもが一度はつらく悲しい状況にどっぷりと浸かってしまう。が、問題はどのくらいの間そこにとどまってしまうか、どれだけ早くそこから抜け出すために頑張れるかであるという。日々前向きに行動する習慣は、幸せな人々と、不幸せな人々とを隔てるものであり、全てを完璧に行うということではない、とまとめられている。

 そう考えると、再発がん患者を長年やっていると、前向きに進みながらも何度となく躓き、立ち止まり、また仕切り直して再び立ち上がる、という行動を余儀なくされる。
 つまり、これこそ他でもない幸せになるための訓練をさせてもらっているのではないか、と思えてくる。だからこそ、これまで以上に幸せをより有難く感じるようになったのかもしれない。
 まあ、ここで挙げられている7つ全てがクリア出来ればこんなに凄いことはない。けれど、たとえば4、5,7くらいなら、ちょっと気にかければ出来そうだし、少しは生き辛さから逃れることが出来るのではないかと思うが、どうだろう。


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2014.11.26 その気概を是非・・・

2014-11-26 20:24:38 | 日記
 久しぶりに鉄男の息子のこと。
 年末の帰省に合わせ、夫と2人、豪華鉄道旅行を計画中である。まもなく運行終了になる夜行寝台列車に乗る大阪から北海道までの旅、である。
 さすがに人気が高いのだそうで、1か月前の発売日に予約が取れるかどうか非常に難しいとのこと。

 本人は、部活の帰途下宿に戻らず、駅前のカラオケスタジオに泊まり込み、夜明かしをして4時半に駅窓口に待機、5時半の窓口オープンとともに整理券1番をゲット。“10時打ち”の権利(1駅1人らしい。発売日の朝、早く来た人から順番に受付を行い、予め予約情報を駅の係員がマルス{コンピュータ端末}に入れておき、10時の時報と同時にエンターキーを押してくれる。申込者は10時に駅にいる必要はなく、後で窓口を訪れて確保できた指定券を購入することが出来るという、非公式かつPRなしの“知る人ぞ知る”のサービス。曰く、全国の端末から一斉にエンターキーが押されるわけで、コンマ一秒が勝負、5秒経ったら間違いなく全席完売の世界なのだそう。)を手に入れた、と興奮して電話をかけてきた。

 夫は旅行会社にも予約を入れ、保険を掛けてあるようだが、人気路線なので確保はかなり難しいのでは、と言われていたという(こちらでもお得意様相手には“10時打ち”サービスがあるようだ。しかし、何と1か月間にわたり連日予約を入れても取れなかった人もいるとのこと。)。

 本人曰く、今、自分が出来る最大限の努力はしたので、後は運に身を委ねる、とのこと。あれだけ朝が苦手な彼が・・・である。
 下宿には事前に外泊届を出し、バスも地下鉄も運行前の早朝、小雨そぼ降る寒さにもめげず、定期演奏会前に風邪をひくわけにはいかないと、防寒インナーもしっかり着込んで駅の窓口に並ぶ、というまさに好きなことだからこそ頑張れる、以外の何物でもない。それにしても、満を持してのこの力の入れようには圧倒される。
 これまでちょっと寒くても羽織れず、暑くても脱げずに汗をかいたままで、衣類の調整が出来なかった彼が、それだけでも成長したのだなあ、と思う。と同時に、是非とも、この気概をご自身の本業の分野にも使って頂きたいと願う母である。

 と、ここまではナイスファイト!だったのだが、発売時間が3分ほど過ぎたところで、「ダメだった、3秒くらいもたついていた、担当者が悪かった・・・」との連絡が入った。そして保険を掛けた筈の旅行会社からも予約OKの連絡はなしである。
 それでも彼は、諦めない、また翌朝も別の駅に行ってみる、とのこと。
 いよいよ、その気概、他にも是非・・・!と思ってしまうのである。
コメント (2)
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2014.11.25 綺麗なお母さんは好きですか

2014-11-25 21:30:26 | 日記
 いつの頃だったか、テレビCMで「綺麗なお姉さんは好きですか?」というフレーズがあった。そりゃ、訊かれるまでもなく綺麗な方がいいでしょう?という思い込みが言外に感じられたので、突っ込みどころ満載のように感じたものだ。

 さて、今日の毎日新聞のネット記事で目にとまったものがあったので、以下転載させて頂く。

※   ※   ※(転載開始)

母親: 自分の母親は美しい? 調査で日本、突出して低く(2014年11月25日 毎日新聞)

化粧品メーカー「アテニア」が、日米など4カ国で「母親の美しさ」について尋ねた結果、日本は自分の母親を美しいと感じている女性が最も少なく、母親の美しさを評価する点数も最低だったことが分かった。同社は「日本では『母親』が『女性』として評価されにくいのではないか」と分析している。
 調査は日本、アメリカ、フランス、南アフリカの4カ国で、インターネットを通して10〜20代の女性415人に実施(各国103〜105人)。母親を「とても美しい」「美しい」と感じている割合と、その点数は、米96.1%、86.2点▽南ア94.2%、87.2点▽仏91.3%、79.2点▽日69.5%、66.5点−−で、日本は突出して低かった。また、母親を美しいと思う要素として、日本では「性格・知性」(24.7%)がトップだったのに対し、他の3カ国は「顔立ち」を最も重視していた。同社のウェブサイト(http://www.Attenir.jp)では、小学生の女児が自分の母親の美しさについて語る姿などを撮ったドキュメンタリー映像を公開している。【鈴木敦子】

(転載終了)※   ※   ※

 日本人女性の母親に対する評価は厳しい、と思うと同時に、欧米諸国に比べて、日本では母が1人の女性として見られる(特に同性である娘から)ことはいまだ一般的ではないのだろう、とも思う。
 思えば私も20代の頃まで、母は母であり、あえて一人の女性として客観的に見るということはしなかったように思う。母は結婚以来一度も外で働いたことのない専業主婦だった。そのためか、私をおいて一人で出かける姿を見ることも殆どなかった。そうはいっても、授業参観等にやって来る時には、多くの子どもたちと同じように、やっぱりちょっとお洒落をしてきてほしいな、と願ったものだ。まあ、徒歩5分の学校にそんなよそ行きの出で立ちで出てこいという方が無理と言えば、無理なのだけれど。

 母は身長が150cmそこそこ(今は縮んで145cmちょっとだという)で、両親(私の祖父母)ともに日本人なのだけれど、彼女が子どもの頃(要するに戦時中)「あいの子、あいの子」と言って苛められていた、と聞いたことがある。そう、顔立ちだけ言えば、彫が深くて茶色の目である。だから、若い頃の写真を見ると娘の私から見ても結構いい線行っている。けれど、全く構わない(お化粧は口紅をチョイと塗るだけ、お洒落も殆どしないごくごく地味な)人だったから、うんと歳の離れた従姉の結婚式に出た時だったか、プロからフルメイクしてもらった姿を見た時には一体どこの誰か、と子ども心に仰天した記憶がある。

 もちろん、顔立ちだけでなく性格も知性も、どんな子どもにとっても母は自分を産み、育ててくれた唯一無二の存在で、誰にも代えがたいスペシャルな存在だ。けれど、大手を振って自分のお母さんは美しい!とはなかなか言えない日本人ならではの謙虚さというか、手前味噌を嫌う部分が出ているように思う。

 かくいう私は子どもの頃、どちらかと言えば父親似であった。母に似れば鼻筋が通っていたのに鼻ペチャで、母に似れば卵型の輪郭なのに丸顔のしもぶくれ・・・と、両親の悪い所ばかりとりまくった可哀想な女の子と言われ、容姿についてコンプレックス一杯で育った。だが、歳を重ね、今、写真を見ると、自分でも驚くほど母に似てきたと思う。

 残念ながら、今の母の年齢まで元気で生き長らえているとは思えないのだけれど、体型や個々のパーツは違っても、おばあさんになった自分の顔がなんとなく想像出来るのが不思議な気分である。

 今日は朝から冷たい雨がそぼ降る1日だった。天気予報の助言に従い、暖かく重ね着し、レインコートとレインブーツの重装備で出勤した。昨日は少ない出勤人数の所為もあり、事務室がうんと寒かったのに懲りたのだが、今日はまだ暖房も入っていない割にはフル出勤の人の熱で結構暖かかったのが何よりである。
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