ロッキングチェアに揺られて

再発乳がんとともに、心穏やかに潔く、精一杯生きる

2014.10.3再発してもこれまで通り生きるために~イデアフォー通信第92号より~その1

2014-10-03 23:33:30 | イデアフォー
 乳がん患者会「あけぼの会」の春の大会で、パネルディスカッションに参加したご縁で、患者会「イデアフォー」から会報に原稿を書いてほしい、という依頼を頂戴した。
 パネルディスカッションでは「自立する患者たち」がテーマだったが、再発治療をしながら、働くことも諦めることなくごく普通の生活を送れることについて、日頃、私がこのブログで書いているようなことを述べた。今回の原稿でもそのあたりを・・・、ということだったので、私でお役にたてるならば、とお引き受けした次第である。

 会員登録はしていないけれど、初発時以来「イデアフォー」の書籍や講演録にはとても助けられてきた。残念ながら事務所が都内の東側であり、入会を検討した時、西端の自宅からではちょっと遠すぎる、今の体調で通うのは厳しいな、と諦めた経緯がある。

 さて、「イデアフォー通信」最新号の9月15日号に、全文が一気に掲載された。広報担当世話人をされているNさんのご承諾を得、このブログでも紹介させて頂くことにした。
 「自由に書きたいだけどうぞ」というお言葉を頂いたので、それに甘え、調子に乗って長々と書いてしまった。
 今日から5回に分けて、掲載させて頂きたいと思う。

 これまで書き続けてきたブログと重複するところも多々あるが、まずは病歴を含む第1回目である(カテゴリーに新しく「イデアフォー」を追加したので、こちらをクリックして頂ければ、原稿の部分だけお読み頂けます。)。

※  ※  ※(転載開始)

再発してもこれまで通り生きるために
          ○○○○(あけぼの会会員)

 イデアフォー会員の皆様、初めまして。○○○○と申します。
 この度、ご縁あって、世話人のNさんからこの場で発信させて頂く機会を得ましたことを、とても嬉しく思っております。
 アカデミックな“イデアフォー通信”に私の文章が果たして相応しいのか、甚だ不安ではありますが、Nさんからは、再発治療を続けながらフルタイムの仕事も続けている私が、日頃思うことを自由に書いてよいという有難いお言葉を頂戴いたしました。
 イデアフォーの出版物や講演録には、これまで大変お世話になったこともあり、私でお役に立てるのならば、と喜んでお引き受けさせて頂く次第です。
 あくまでも私自身が経験してきたこと、選択してきたことしか記すことは出来ませんが、こんな患者もいるのだということで、気分転換として気楽にお読み頂ければ幸いです。

Ⅰ はじめに-私の病歴-
(1)初発・手術まで
2004.11   年1回の職場検診の約2ヶ月前、自分で左胸のしこりを見つける。
2004.12   近所の婦人科クリニックで超音波、視触診
      その場で2駅離れた多摩南部地域病院・外科を紹介され、予約
2005.1.19  年内にMRI、CT、エコー等各種検査を経、日帰りで腫瘤摘出術
2005.2.4   病理検査により悪性が判明したため追加切除となる。(2.2~19入院)
      左乳房扇状部分切除(温存)手術、リンパ節郭清(0/8)
      病理結果:充実腺管がん、リンパ節転移なし。ステージ1早期、低リスク診断
      ER、PGRとも中程度の陽性、HER2は3+

(2)術後治療から再発・転移判明まで
2005.3~4  2グレイ×25回の放射線治療
       ホルモン治療5年間の予定でノルバデックス服用開始。
      当初、アレルギー反応により顔面に湿疹、腫れ出現。放射線治療終了迄休薬。
        その後、4週に1度~8週に1度のペースで診察、採血。
       半年に1度骨シンチ、CT、マンモグラフィ、超音波検査による経過観察
2007.4.3 ノルバデックス副作用により両側卵巣嚢腫発症。子宮筋腫も同時摘出術(開腹)
      その後、1か月に1度~2か月に1度、半年に1度のペースで婦人科経過観察
2007.4末  胸骨周辺が痛み始める
2007.9   腫瘍マーカーCA15-3 上昇開始
2007.12   骨シンチ、CT等の検査
2008.1   各種検査の結果、胸骨・鎖骨転移、両肺多発転移、縦隔リンパ節転移、局所再発判明
      即ちに入院して抗がん剤(FEC)治療開始を勧められる
2008.2.1   セカンドオピニオンを得るため横浜労災病院へ
2008.2.5  サードオピニオンを得るため都立駒込病院へ

(3)再発転移治療開始から現在まで
2008.2.21 セカンドオピニオンを得た横浜労災病院・腫瘍内科へ転院・治療開始
      胸骨周辺の痛みに加え空咳、息切れなどの症状が出始める
      骨シンチ、CT等の検査後、ホルモン治療から開始
      フェマーラ服用、ナサニール点鼻に加え、3週に1度のゾメタ点滴開始
2008.7    腫瘍マーカーCA15-3上昇により、週1ハーセプチン点滴開始(初回1泊入院)
      ホルモン治療剤をフェマーラからアロマシンに変更
2008.11  腫瘍マーカーCA15-3再上昇により、上乗せでタキソテール(100mg/㎡)開始。
      ホルモン治療休止、右鎖骨下静脈に中心静脈埋込型ポート設置(1泊入院)
2008.11末 タキソテール初回投与の副作用により、白血球1,100、好中球0.5%。
      感染症による高熱により緊急入院(10日間)
2009.3  タキソテール6クール終了、ホルモン治療再開(アロマシン)
      両手両足の爪落下、浮腫、痺れ等の副作用に悩まされ、皮膚科受診
      対症療法として漢方薬、利尿剤服用。週1ハーセプチン再開
2009.5   タキソテールの副作用が抜けきらない中、職場復帰。腫瘍マーカー正常範囲内
      ゾメタ、ハーセプチン、アロマシン継続     
2010.6   腫瘍マーカーCA15-3がまたも正常範囲を超え、両肺の影がはっきりしてくる。
       ハーセプチン、ゾメタに加え、ホルモン治療剤変更(アロマシン→ヒスロンH)
2010.9   ヒスロンHに変更後も腫瘍マーカーCA15-3上昇止まらず、肺の影が濃く大きくなり、胸痛が酷くなる
      ハーセプチン上乗せでナベルビン開始。
      ナベルビンがポート不具合により皮下漏出の疑い。
      ポート抜去、再設置手術(1泊入院)
      ナベルビン規定量投与により毎回発熱するため、ロキソニン事前内服で対応。
      規定量8割(38mg/㎡→30mg/㎡)に減量して継続
2012.6   CT検査による両肺の影の増大及び足の痺れ悪化によりナベルビン中止(31クール)。
      ハーセプチン、ゾメタに加えホルモン治療剤フェアストン開始。 
2012.9    腫瘍マーカーCA15-3上昇及びCT検査により両肺の影の増大が確認。
      フェアストン中止。  
      EC(エピルビシン、エンドキサン)開始に伴いハーセプチン一時休止。
2012.9末  EC初回投与の副作用により白血球1,300、好中球5%。
      発熱性好中球減少症により緊急入院(8日間)。
      免疫抑制による急性歯根膜炎発症。同時に口腔外科受診。ゾメタ一旦中止。
      EC規定量8割弱(エピルビシン130mg/㎡→100mg/㎡,エンドキサン900 mg/㎡→700mg/㎡)に減量して継続
2012.12   G-CSF(グラン)投与するも白血球・好中球ともに低迷。EC5クール目中止。
2013.1   EC一旦終了。ホルモン治療剤・フェソロデックス開始。ゾメタ再開。
2013.4   両肺の影が濃くなり、ハーセプチン再開。
2013.5   歯科検診により奥歯周辺不調判明。ゾメタ一時中止。
2013.8   両肺の影が再び濃くなり始め、腫瘍マーカー漸増を続ける。
      上顎口蓋隆起部分に顎骨壊死出現、ゾメタ完全に中止(82回目)。
2014.1   両肺腫瘍影の位置(心臓・肺動脈に近い)を加味し、フェソロデックス中止(15回目)、ハーセプチン一旦終了。
      ゼローダ(1日10錠3,000mg)、タイケルブ(1日5錠1,250mg)規定量開始。
2014.2  下痢(服用10日で3kg減)や手足症候群の副作用が酷いため、ゼローダ中止。
      タイケルブのみ規定量の2割(1錠250mg)から再スタート、4割(2錠 500mg)のまま現在まで内服継続中
2014.3   タイケルブの副作用により両足親指に爪囲炎発症。皮膚科受診、経過観察中
2014.8   骨転移増悪により、ランマーク開始

(転載終了)※  ※  ※

(次回以降に続きます。)
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