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日記(2.12)司馬「菜の花の沖」

2018-02-12 09:29:51 | 日常
2月12日   (月曜日)  振替休日 晴れ

列島各地から菜の花の開花の知らせが届くころだ。
兵庫県・淡路島ではすでに咲き誇り、
花の黄色が海の青に映える。

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江戸後期、この地の貧しい農家に生まれ、回船業で成功した末、
ロシアに捕らわれた豪商、高田屋嘉兵衛(たかだやかへえ)。
司馬遼太郎が「菜の花の沖」で波乱の人生を描いた。


▲嘉兵衛はロシアと渡り合い、友情を育んで日露の和解へ導く。

 記録に残る嘉兵衛の言葉は小説でこう表現されている。
 「愛国心を売りものにしたり、
  宣伝や扇動材料につかったりする国はろくな国ではない」


▲それを思い出すのは内向きな「日本ファースト」の声をよく聞くからだ。
 今年は明治改元から150年。
 記念事業が進む。

 それに絡めて憲法改正や戦前回帰のムードを盛り上げようとする動きが目立つ。

 きのうの建国記念の日にあった行事からもうかがえる。
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▲司馬はエッセーの中で、中国のある寓話を引いている。
 男が「壺の中」を理想郷と思い込み、そこへ入った。
 ごちそうにありついたが、やがて現実世界に引き戻される。
 外の世界が見えなくなる危うさ。


 司馬は戦争へ突き進んだ昭和を「壺の中」にあった時代と書いた。
「日本ファースト」に通じる。

▲「菜の花の沖」にこうある。菜の花は実を結べば人の手を経て油になり、
  諸国へと船で運ばれる。遠い北方の島の番屋で、
  夜なべ仕事の網繕いの手元を照らすこともある。
  世界はそんなふうにつながっている。

世界の中の日本を考えた嘉兵衛。
 かの人から学ぶことは多い。
 きょうは司馬の命日、菜の花忌
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★嘉兵衛のことはあまり知らないが
 その後の子孫の方の話が載っているが、大変だったらしい。

● 淡路島は就職した会社創業者の出身地であった。
  洲本にはエナジー事業部があって、業務の関係で
  何回か出張して行ってはいたが・・観光する時間などはなかった。
  確かに温暖な土地で花博なども開かれていたなあ~!
  この地は素晴らしい経営者が出ている!
コメント
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