「ねえ・・・記者会見の洋服なんだけど、青と黄色とどっちがいいと思う?」
ヒサシが帰ると、家の中は華やかな洋服であふれかえり、女達が騒いでいる。
「やっぱり皇室に入るんだから上品にしないと」
「お姉様は色黒だからはっきりした色の方がいいわよ」
「何て事をいうの。レイちゃん。お姉ちゃまは色黒じゃないわよ」
「あらお母様。今更ねえ」
疲れて帰って来ているのに、「お帰りなさい」でもなく、いきなり「どっちがいい?」
と聞かれたヒサシは不機嫌な様子で「黄色がいい」と言ってしまった。
「まあ、黄色!」
ユミコは大きく頷いた。
「私もそれがいいと思っていたの。まあちゃんには黄色がよく似合うって。これって
金色に近い黄色ですものね。ほんと、素敵だわ。帽子も似合ってるし。そうそう
手袋。これを忘れちゃだめよ。ミチコ妃は手袋で文句を言われたんだから」
「キコさんの時は紺のワンピースだったじゃない?あれは貧乏ったらしかったわね。
お祝い事なのに色が暗くて。おまけにひどく地味だったし」
レイコがはしゃいでいった。
「あの時は喪中だったからよ。レイコ。我が家でも喪中なら黄色は着ないわ」
とセツコが冷静に言う。
「もう、何でセッちゃんはそうやって水を差すの。お姉様の結婚は私達にとっても
目出度いことなのよ。これで私達だってそんじょそこらの男と結婚するわけには
いかないんだから」
「とりあえず着てみればいい」
ヒサシは自らも普段着に着替えて椅子に座った。
黄色・・・中国皇帝の色だ。マサコは皇帝と並ぶのか。
黙っていても笑いがこみ上げてくる。よくぞここまでやってきたものだ。
根回しに根回しを重ねて・・・・でも、あと半年もすれば娘は未来の皇后。
そして自分はその父だ。
ヒサシはすでに次の一手を考えていた。
国連大使への道を。皇太子妃の父親なら政治的な活動は控えよとか
皇后の実家にならって地味にひっそりと暮らせとか言われているのは知っている。
でも自分はその心情がわからない。
一族の誰かが出世したら、その恩恵を家族が受けて何がいけないのだ?
プリンセスの父として一層華やかに生きる事はむしろ当然ではないか。
散々、「頭がいいだけの貧乏人」だの「チッソの家族」だのと悪口を言われて
きたが、やっと・・・やっと恨みを晴らせるのだ。
「どう?」
黄色のワンピースを着たマサコは光り輝いていた。
「皇室外交するのにふさわしい服よね?」
ああ・・・この娘はまだ「結婚」というものをわかっていない。
「外務省も皇室も同じ外交をする場所」と皇太子は言った・・・らしい。
確かにそうかもしれないが、皇太子妃の務めは外交じゃなくて世継ぎを生むこと。
ヒサシの夢は皇太子妃・皇后の父というだけでなく
「未来の天皇の祖父」にならねば完成したとはいえない。
そのあたり、本当はわかっていないのでは?
「私、国家と結婚するのよねーー」
「そうよ。まあちゃん、大したものだわ」
マサコとユミコの弾ける笑顔。
後になって「あの時が一番楽しかった」と思えた出来事だった。
「反対である」
皇室会議が開かれている室内に緊張が走った。
皇太子とオワダマサコ嬢の結婚は、天皇・皇后が許した段階ですでに
決まっている。しかし、形式上「皇室会議」を経ないと成立しない。
そして皇室会議は「満場一致」が普通で、今回もまた「満場一致で賛成」に
なる筈だった。
しかし、ただ一人、ミカサノミヤだけは「反対」の立場を表明したのである。
「殿下・・・・」
誰かが口を挟もうとしたが、ミカサノミヤは許さなかった。
「オワダマサコとの結婚は皇室の歴史を軽視するもの。伝統やしきたりを
破るもの。そもそもオワダマサコの素性がわからない。皇太子の結婚は
本人のみではなく、天皇家、皇室全体の問題である。なのに我々宮家に
一切の報告なし勧めている案件に対して賛成の意を表することは出来ない」
ミカサノミヤの意見は、ほぼ全ての皇族、旧皇族の意見を代弁したものだった。
根回しの一切がなく、唐突に出た「内定」
それをマスコミ報道で知った宮家達の衝撃は大きかったのだ。
「しかし殿下」
宮内庁長官がとりなすように言った。
「すでに両陛下からご内定があり、それを覆すことは・・・」
「それなら勝手に結婚でも何でもするがいい。こんな意味のない会議、やっても
仕方がない。ただ、ミカサノミヤ家としての立場は表明した」
それだけ言うと、ミカサノミヤはユリ君と一緒にあっさりと退出してしまった。
「なにやら不吉な・・・・」
誰もがそう思った瞬間だった。
本来、全ての国民はもとより皇室内においても祝福されるべき結婚。
それはただ一人の皇族によってここまで反対されるとは。
事情を知っている宮内庁の面々らは「ああ、やはり」と思ったが、政治家や
たまたまそこに選出されている人には、なにゆえに長老殿下が反対したのか
さっぱりわからなかった。
金持ちの外交官の娘、ハーバード大出で外務省勤務の超エリート官僚。
これこそ次代の皇后にふさわしいではないか。
しかもマサコさんは見た目も派手で外人ウケしそうだ。
キコ妃のようなおっとり型は次男の嫁にこそふさわしいのだ。
「開かれた皇室」には派手で行動力のあるエリートがふさわしい・・・・・と
誰もがそう思っていたのだった。
ミカサノミヤが強硬に反対しようが一応、形は「満場一致」の採決が下り
1月19日。正式に皇室会議で可決され、オワダマサコは皇太子妃に内定した。
ヒサシは有頂天だった。
早速参内する。ユミコはど真ん中に「福」と書いてある銀色の帯を締めて参内した。
まさに「福福万来」の気分だった。
しかし、それを迎え入れる側の千代田では、終始、憂鬱な雰囲気が漂っていた。
1月19日・・・・この日を持って、天皇家と宮家の間に亀裂が走ったのだ。
「仕方がない」と天皇は思った。
自分達の結婚ですらあれほど反対された。でも今はうまくいっている。
アキシノノミヤが結婚する時だって、カワシマ家では身分が低すぎるという反対
意見があった・・・でもうまくいっている。
皇太子だって、今はあれこれ言われても結婚したら変わるだろう。
オワダマサコは優秀な外務省の職員なのだから、きっと立派な皇太子妃になって
くれる。今はそう信じるしかなかった。
しかし、その「信頼」が数時間後に見事に崩れ、天皇は激しく後悔する事になる。