ふぶきの部屋

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祝!ご成婚30周年 雅子様語録  33

2023-07-21 07:00:00 | 日本一運のいい女 雅子皇后の肖像

 2005年 長野スペシャルオリンピックドタキャン

雅子様の行動は次第に気まぐれ度を増していきました。

周囲としては、早く公務に復帰して通常の活動を行って欲しいと願っていました。

もはや皇太子ご夫妻に第二子の希望は持てないと判断し、それならせめて、決められた公務や祭祀などをきちんと行って欲しいと願っていたのです。

しかし、雅子様にとって公務は今や大事なものではありませんでした。

出なくてはならないものでもなくなりました。

「この儀には出る」と言っておいて「やっぱり気が乗らない」という事が多々出て来たのです。

皇太子様も側近も驚いて「どうなさったのですか」「時間がございます」と申すのですが、雅子様からみたら「体調が悪いんだから」と怒鳴って終わりです。あとは自室にひきこもり、ずっと眠っているような感じです。

女官達の間に動揺が広がりました。

雅子様は昼夜逆転状態になって、昼はいつまでも起きてこないで、夜中にごそごそ動き出すようになって来たのです。

部屋の掃除をすれば「勝手に部屋に入った」と言って𠮟りつけ、掃除をしなければ「怠慢だ」と叱られ。しかし、女官達は通いでシフトも決められているので、雅子様に都合のいいようには動けません。

雅子様の「私室を護る」という意識の強さに本当に困り果てました。

そんな中で皇太子様は誕生日を迎えたのですが、

 2005年 皇太子誕生日

雅子の病気については,国民の皆さんにもご心配を頂き,また,お励ましを頂いていることに心から感謝をしております。

また,天皇皇后両陛下にも,お心を寄せていただいていることを有り難く思っております。

雅子の様子については,病状は回復傾向にあって,前向きの気持ちが出てきているように見受けられます。

また,私的な外出を少しずつ重ねることなど,心身のエネルギーを高めていこうと積極的に努力しています。乗馬やスキーでの静養なども良い影響を及ぼしていると思えます。

しかし,体調には依然として波がありますし,1年以上ほとんど外出していなかったこともあって,体調が回復するまでにはまだ時間が必要であるとお医者様は認識しているようです。

昨年は雅子の祖母の江頭寿々子も他界し,幼少のころからの思い出もいろいろあり,力を落とした時期もありました。

公務の復帰に関しては,体調を見ながらお医者様とも十分に相談して,徐々に活動の範囲を広げていきたいと考えております。

公務の内容に関しては,今は特に決まった方向性を決められる状況にはなく,これも体調を勘案しながら決定していくことになると思います

なお,お医者様は,雅子はどうしても無理をして頑張ろうとし過ぎるところがありますので,「できるだけゆっくりと公務に復帰していただきたい」と考えているようです。

周囲の環境に関しては,東宮職内のコミュニケーションを今まで以上に密にしたり,日常の生活の中でできるだけ公私の区別をつけるようにしたりするなど,様々な工夫をし,改善しつつあると認識しています。

また,宮内記者会を始め,関係の方々のご協力もあって,私的な外出がこれまで以上に自由にできるようになっていることも,良い方向に働いていると思います。お医者様方の努力にも感謝したいと思います

多くの方々のこうしたご協力に関しては,雅子も有り難く思っています。

ただ,こうした環境は,短期間で大きく変えられるものではないので,これからも関係の方々の協力を得ながらゆっくりと時間をかけてさらに良い形に変えていければ良いと思っております。

昨年の私の発言は,雅子の状況を国民の皆さんに知っていただきたいと思ってしたことです。しかしながら発言をめぐっては,天皇皇后両陛下にご迷惑をおかけしましたことを申し訳なく思っております。

また,国民の皆さんにもご心配をおかけしました。

今後は天皇陛下の私たちへのお励ましといたわりのお心を十分に体し,また,宮内庁の協力を得ながら,自分で考えながら,皇太子としての務めに邁(まい)進していきたいと思います。

人それぞれに考え方は異なりますし,また,どこの家庭でも同じように,世代間に考え方の相違はあると思います。

しかし,そういったことは話し合いを続けることによって,おのずと理解が深まるものと考えます。

公務については後でもお話することになるかと思いますが,国民の幸せを願って,国民のために何ができるかを考え,それを実践していこうとすることにおいては,陛下のお考えも,秋篠宮の考えも,私の考えも同じだと思います。

なお,今回の記者会見に当たって,陛下からは,率直に私自身の考えを述べるようにとのお言葉があったことも一言付け加えさせていただきます。

また,私と愛子の養育方針ですが,愛子にはどのような立場に将来なるにせよ,一人の人間として立派に育ってほしいと願っております。

3歳という年齢は今後の成長過程でも大切な時期に差し掛かってきていると思います。

愛子の名前のとおり,人を愛し,そして人からも愛される人間に育ってほしいと思います。それには,私たちが愛情を込めて育ててあげることが大切です。つい最近,ある詩に出会いました。

それは,ドロシー・ロー・ノルトというアメリカの家庭教育学者の作った「子ども」という詩で,スウェーデンの中学校の社会科の教科書に収録されております。

『批判ばかりされた 子どもは
非難することを おぼえる

殴られて大きくなった 子どもは
力にたよることを おぼえる

笑いものにされた 子どもは
ものを言わずにいることを おぼえる

皮肉にさらされた 子どもは
鈍い良心の もちぬしとなる

しかし,激励をうけた 子どもは
自信を おぼえる

寛容にであった 子どもは
忍耐を おぼえる

賞賛をうけた 子どもは
評価することを おぼえる

フェアプレーを経験した 子どもは
公正を おぼえる

友情を知る 子どもは
親切を おぼえる

安心を経験した 子どもは
信頼を おぼえる

可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
世界中の愛情を 感じとることを おぼえる』(注釈1

子どもを持ってつくづく感じますが,この詩は,人と人の結び付きの大切さ,人を愛することの大切さ,人への思いやりなど今の社会でともすれば忘れられがちな,しかし,子どもの成長過程でとても大切な要素を見事に表現していると思います。

非常にこの詩には,私は感銘を受けました。

家族というコミュニティーの最小の単位の中にあって,このようなことを自然に学んでいけると良いと思っております。

また,愛子にはいろいろな経験をさせたいと思います。

私自身,幼少のころから両親である今の両陛下にいろいろな場所に連れて行っていただき,そのなさりようを見ていたことが,今日でもとても良かったと思っております。

その意味でも,愛子が公務を始めるというのではなく,私たちがやっている姿を見せることも大切と考えます。

3歳になりましたので,いろいろな意味で社会性を身に付けていくことも大切と思っています。

言葉もかなり自由に出ますので,日常生活でのあいさつや,これはもう前からしておりますが,食事のときの「いただきます」,「ごちそうさま」など,また,何かしてもらったときの「ありがとう」という言葉などは大切と思っています。

幸い,年齢の異なるお友達にも恵まれて,リトミックの先生方のご指導を得て,生活における簡単なルール,例えば列を作って順番を守ることなど少しずつ身に付いてきていると思います。

昨年の暮れから今年の正月にかけては,お餅(もち)つきや凧(たこ)揚げ,独楽(こま)回し,羽根突き,カルタ,そして雅子がしている書き初めのわきで,遊びで習字なども一緒にいたしましたが,これは,私たちが愛子に日本の古くからの習慣や文化にも触れてほしいと思ったからです。

私自身,幼少のころから両陛下の下で百人一首に親しんでいましたし,雅子も外国生活が長い中で,両親が日本文化を忘れないようにと正月にはよく百人一首をしたといいます。愛子には七五調の使われている童謡などを通して自然にこのリズムが身に付き,簡単な七五調の言葉遊びが楽しめるようにと思っています。あわせて,このような日本の良い習慣が現在少しずつ失われつつあることを残念に思い,是非,今後も永く子どもたちの間で親しまれることを心から願っております。

 

皇太子様の雅子様への愛情はあふれる程に深いものがありましたが、一方で、女官や侍従からみると「何でそこまで」と思う事も多々ありました。

また愛子様の「どんな立場に将来なるにせよ」は女帝容認の言葉として受け入れられました。

しかし、自画自賛のような詩の朗読は、今後東宮家に返ってくるようなものでした。

 2005年3月15日 紀宮納采の儀

 

 2005年愛知万博ナショナルデー欠席

愛知万博は国をあげてちからを入れた行事でしたが、雅子様は全く興味を示しませんでした。ですから、東宮御所に各国の王族が来ても雅子様は出迎えをしませんでした。

なぜなら、人と会うのがそもそも嫌いなご性格だったからです。

気の利いた事を言えないので、すぐに会話につまり、結果的に飲み物を飲んだりして誤魔化すしか出来ない雅子様にとって玄関までのお出迎えは負担。

それ以来「負担」という言葉でありとあらゆる事から免罪符を貰いました。

 2005年4月18日 デンマークのフレデリック皇太子夫妻・オランダの王太子夫妻を出迎え

 2005年5月1日 日本ユニセフ協会設立50周年記念行事「ユニセフこどもおの祭典」出席

けれど、例えば日本ユニセフなどの行事には出ざるを得ません。

「日本ユニセフ」には大鳳会も関わっており、小和田の父君からも、それだけはちゃんと出席するように言われていたからです。

 

一つの行事に出たり出なかったり、身体は元気で乗馬をやったりするのに、その間の公務は出ない・・・こういう精神障害があるのだろうか。

雅子様に共感する一部の人達は別にして、「何だかおかしい」と感じる人も多かったですし、それを取り上げる雑誌などもありました。

けれど、雅子様にとって今一番大事なのは「自分の気持ち」でした。

出たいか出たくないか、どうしても出ないといけない時は、何とかご褒美を貰う。そういう子供のような心境になっていたのです。

 

コメント (6)
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