夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

作家・井伏鱒二さんの遺(の)された名言、再読して、改めて感銘させられて・・。

2020-05-31 13:17:19 | ささやかな古稀からの思い

私は東京の調布市に住む年金生活の75歳の身であるが、
ここ数日、購読してきた雑誌などを整理している。

こうした中で、5年前に発売されたビジネス週刊誌のひとつの『ダイヤモンド』があり、
どうして保存していたのかしらと思いながら、手に取ったりしていると、
栞(しおり)が挟んであったりした。

そして、小説家・料理人の樋口直哉さんの『長寿の食卓~あの人は何を食べてきたか』連載寄稿文で、
第13回として亡き作家・井伏鱒二さんの名言を記載されていて、
5年前に読んでいたが、殆ど忘れてしまい、やがて煎茶を飲みながら再読した・・。

          

《・・思い煩(わずら)うことなくうことなく酒を飲み、長生きした井伏鱒二

井伏鱒二【1898年(明治31年)~1993年(平成5年)】の小説は、教科書で初めて触れたという人も多い。
教科書に多く掲載されている短編『山椒魚』は井伏の代表作だが、個人的にも奇妙な味わいが記憶に残っている。

太宰治【1909年(明治42年)~1948年(昭和23年)】の師匠としても知られる井伏鱒二は、
戦前から戦後にかけて長い間、活躍した作家だ。
戦前には『ジョン萬次郎漂流記』(この作品で直木賞を受賞)、戦後の作品として『黒い雨』などがある。
            
          

「文士が通った店」という縁が語られる店は数多いが、作家では井伏鱒二の逸話が最も多いのではないだろうか。
神田のうなぎ店、大久保や中野の居酒屋、早稲田のそば屋、阿佐谷の中華料理店、西荻窪フランス料理店・・
さまざまな店に通い、請われれば店の命名もしている。

井伏鱒二の自宅は、東京の西側、荻窪にあった。

井伏鱒二が『荻窪風土記』に書き記したような自然は少なくなったが、
荻窪には今も井伏鱒二が書いた「昼間にどてらを着て歩いていても、
後ろ指を指されるようなことはない」という雰囲気は残っており、
商店街には「井伏さんはよく来たよ」という店がまだいくつもある。

作家は亡くなるまで、庶民の街で過ごし、その人柄は誰からも愛された。

          

昔、NHKのテレビ番組で見た僕の好きなエピソードがある。
ある日、小説家の開高健【1930年(昭和5年)~1989年(平成元年)】が、井伏鱒二の自宅を訪ねた。

50歳を過ぎ、小説が書けずにいた開高健は
「時代がデリケートで、モノを書く野蛮さが湧かない。
ホンマに言うんですが、書けないんです。先生、どうすればいいでしょう」と尋ねた。

井伏鱒二は酒を片手に、悠然とした態度でこう言った。
「書けない時は、何でも書くことですな。
書くことがなければ、いろはにほへと、と書けばよろしい」

その言葉を聞いた開高健は、参りましたとばかり、笑うしかなかった。
悩みがちなこの小説家は、井伏鱒二よりも先に逝ったが、
井伏鱒二の長寿の理由は、こんなところにあったのかもしれない。

ひょうひょうとして動じず、悩みもユーモアで、包み込む。
好きなものを食べ、酒を飲む。井伏鱒二は特にウイスキーを愛した。

                      

「飲んだ時は酔った方がいい。飲んで酔わないと体に悪い」とうそぶき、
二日酔いの解消法は、ぬるめの風呂に入り、ゆっくりと沸かしていくという体に悪そうな方法だった。

それで酔いが冷めたら、また飲みはじめる。
それでも95歳まで、作家は生きたのだ。

井伏鱒二が訳した「于武陵の勧酒」という詩は、特に知られる。
「この杯を受けてくれ、どうぞなみなみと、注がせておくれ、
花に嵐のたとえもあるぞ、さよならだけが人生だ」

人生は思い煩(わずら)うことなく過ごすべきだ。
誰かと酒を酌み交わす時間、今、この瞬間、瞬間を大事にしなければいけない。
そう、誰もがいつか別れるのだから。・・》

注)記事の原文にあえて改行を多くし、それぞれの作家の年表を補記した。

            

私は若き20代の前半期に文学青年の真似事をしていたので、
もとより井伏鱒二さんの作品は、殆ど拝読していた・・。

私は55年ぶりに《・・さよならだけが人生だ・・》に接したり、
そして《・・人生は思い煩(わずら)うことなく過ごすべきだ。・・
今、この瞬間、瞬間を大事にしなければいけない。》
とこのような秘められた思いを改めて読んだりした・・。

そして若き青年時代は、深みある人生教訓も知らず、うわべの文だけ読み、通り過ぎてきた。

今回、改めて作家・井伏鱒二さんの遺(の)された名言を再読して、かみしめながら、
やがて9月に76歳になる私は、確かにそうですよね、と深く教示されている。

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