第十回 贋小判 (10)
26. 吉原遊郭(一軒の廓内・客間)・夜
山根頼母、和田屋甚兵衛、瀬崎の音松、音松の配下の子分二名が遊
興三昧を繰り広げている。甚兵衛、女郎達に小判を投げ与えている。
我先にと拾う女郎達。花魁(おいらん)や太夫、禿(かむろ)は威厳を保
って動かず、時折り優雅に笑う。
山根 「太鼓持ちが嫌がっておるぞ、和田屋。ほどほどに致せ!」
云われて、甚兵衛、自席へと戻る。座が静まると、太鼓持ちが挨拶を
して、芸を披露し始める。甚兵衛、立つと山根の席の前へ座り酌をす
る。山根、扇子を半ば広げ、甚兵衛に小声で耳打ちする。
山根 「撒いた小判は大丈夫か?」
甚兵衛「へえ、それはもう。正真正銘の本物で御座居ます。(一段と声を
潜[ひそ]めて)足がつく恐れなど…」
山根 「さようか。ならばよい…」
前のめりになり、耳打ちしていた姿勢を元に戻す山根。扇子を閉じる
と、盃をふたたび持ち、甚兵衛の差し出す堤(ひさげ)の酌を受ける。
27. 吉原遊郭(同廓内・客間・天井裏)・夜
お蔦が、天井板の隙間から下の様子を窺う。
お蔦 「(微笑んで)随分と派手にやってくれるじゃないか。世間にゃ今
日、明日の命って者(もん)がいるのに、いい気なもんだよ。これ
以上は野放し出来ないねぇ…」
そう云い残し、お蔦、闇へと消え去る。
28. 蕎麦屋の屋台(外)・夜
小雪が時折り、屋台の暖簾にかかる。幾らか、風を伴っている小雪。
だが、地面には未だ積もってはいない。
29. 蕎麦屋の屋台(内)・夜
仙二郎が蕎麦を啜っている。
仙二郎「まだ春は遠そうだぜ…」
又吉 「そのようで…」
又吉、葱を刻みながら短く答える。
仙二郎「(後ろを振り返りながら)ふぅ~、足元が冷えらぁ」
又吉 「冷やでよけりゃ、一杯どうですかい?」
仙二郎「おっ、有り難(がて)ぇ。戴くともよ」
又吉、仙二郎の前へ茶碗を置き、下に隠していた一升瓶の酒を注ぎ
入れる。仙二郎、美味そうに半ばを一気に飲む。
仙二郎「くぅ~! 腹に沁(し)みらぁ(美味い! と、云いた気に)」