残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《旅立ち》第八回
市之進は箱膳を持つと勝手口へ行き、食後の椀や皿の類(たぐい)を流し近くへ置く。そうして、箱膳だけを水屋の中へ収納する。勿論、その置く位置も定まっていた。誰が決めたという訳ではないその位置関係が、妙に家族の絆を彷彿とさせた。源五郎は父と常松が席に着く迄の間、じっと正座のまま待っていた。ということは、父と弟、そして母の蕗が席に着くまで、兄が食事をする姿を、じっと何もせず見続けていた、ということになる。
「待たせたな、源五郎!」
父がそう放って席へと着く。先程まで市之進が座っていた場には常松が座る。遅れて蕗が席へと着き、四人の朝の食事が始まる。
「父上、母上! それでは行って参ります」
市之進は、いつもこの時分(じぶん)に家を出ていた。
部屋の襖を少うし開け、清志郎と蕗に座して軽く会釈をする。皆、それを知っているから、軽く頷くのみで、敢えて語りかけようとはしない。市之進の方も、取り分けて言葉を貰おうなどとは思っていない。逆に声を掛けられれば、またそれに返答せねばならなくなるから、結果、家を出る刻限が遅れる。それが返って迷惑なのだ。また、そのことを、残った家族四人も分かっている。特に清志郎と蕗は、親の情として、早く家を出させたい故に、充分過ぎるほど分かっていた。要は五人が、家族という眼に見えぬ絆で結ばれていたのである。